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目が覚めた少年

 

 翌日、いつもよりも遅い時間に目を覚ますと、例のエルフの少年がまるで亡霊のように枕元に立っていた。暗い瞳は無感情に私を見下ろしている。


「あれ」


 棚から引っ張り出してきたのか、いつの間にか私の服を身につけている。


「目が覚めたかな? おはよう。もう大丈夫なの?」

「私はなにをすればいい」


 遮るかのように、目の前の少年は硬い声を出した。久しぶりに声を出したかのような、掠れて聞き取りにくい声だった。


「あなたは私の奴隷印を手に入れた。ということは、今度はあなたが私の所有者だ。私は、奴隷……あなたは私になにを望む」

「えーと、私、そんなつもりで君の奴隷印を取り上げたわけじゃないよ」

「……」

「ごめん。事情を説明するね」


 目の前の少年からは、反応はない。


「昨日、君も見た通り……私は有魔族なんだ。人間に見つからないように、今はここに一人ぼっちで隠れ住んでる。知ってるでしょう? 私たちが人間に狩りつくされてて、もはや絶滅寸前だってこと。だから君に存在がバレてしまった以上、君をここから帰すことはできない。君の奴隷印を奪ったのは、私がここにいることを、生きていることを誰にも知られないため。君をここに閉じ込めるためだよ」

「……」

「君の自由を奪ったことは本当に申し訳なく思ってる。けど、私も譲れないんだ。ごめんね」

「……なぜ謝る。私たち奴隷とはそういうものだろう」


 暗く沈み込んだ瞳は、無感情に私を見返してくるだけだ。


「奴隷印の持ち主の所有物、それが奴隷だ。好きに使えばいい」


 使うつもりはないと、そう声をかけようとして躊躇った。そういうつもりはないと言いながらも、実際に彼の奴隷印を取り上げてここに縛り付けるような真似をしているのは、ほかでもない自分だ。


「……ごめんね、ほんとに」


 私には、彼に謝ることしかできなかった。








 突っ立ったままの少年に席をすすめ、目の前に貧相な豆スープを出す。彼は戸惑ったようにわずかに身じろぎした。


「どうぞ」


 いつまで経っても手を付けないので、そう促してみる。ややあって、許可が下りたととったのか、彼は躊躇いがちにスープを啜りだした。

 買い出しに行ったつもりが思わぬ事態に遭遇してしまったおかげで、買おうと思っていた食材は当然なく、相変わらず食料庫にはなに一つ残っていない。もともとそんなにいいものも食べてはいないのだが、味付けの薄い豆スープはさぞや美味しくはないだろう。彼は浮かない顔をしながら、なんとかスプーンを口に運んでいる。


「君、名前はなんていうの?」

「……エヴァン、イヴォン、カイル、リチャード……どれでも好きに呼んだらいい」

「わぁー……いっぱい名前があるんだね」

「新しい持ち主ができるたびに、新しい名前がつけられる」

「そんなにたくさんの人のところにいたの?」


 彼は戸惑ったように、見返してきた。


「もしかして、君って見た目にそぐわず、結構年上だったりする?」

「あまり模範的な奴隷ではなかった。だから突き返されることも多かった。それだけだ」

「そうなんだ」


 ふとリーフグリーンの瞳が観察するように私に向けられた。


「私を柔順に手懐けて、この心まで意のままに操りたいと望む人間は数多くいたが、誰もそんなことは成し遂げられなかった。あなたもそう望むのなら、それは諦めることだ」

「うーん、別に手懐けるとか、飼い主になったつもりはないんだけど、でもうん、そっか」


 彼が大人しくここにいてくれるためには、どうしたらいいのだろう。困ったように頭をかく私を、彼はずっと、じっと観察するように眺めている。


「せっかく人手も増えたし、この際だから色々と頼みたいなー、なんて……」


 向けられた視線がますます鋭くなったのに、慌てて両手を振る。


「いやね、っていうのもこの家を見てもらったらわかると思うんだけど、ちょっと住むにはアレな感じなの、わかるでしょ? 今までろくに手入れもしてこなかったから、あちこち穴だらけですきま風もピューピューなのよ。雨が降ったらもうどこもかしこも雨漏りしちゃう。だから、どうせ君もここにいなきゃいけないのなら、修理の手伝いでもしてもらえないかなって」

「……」

「一人じゃめんどくさくて放置してたし、私はそれでよかったけど。でも君もここに住まなきゃいけないのなら、そういうわけにもいかないから。頼みたいなって、ね?」


 手を合わせて頼み込むと、少年はなにを想像していたのか、戸惑ったように視線を揺らす。


「今すぐにとは言わないから。体力が戻ったら考えてみて」

「奴隷印を使えばいいだろう」


 嗄れた声が、呻くように響いてくる。


「口八丁でうまく丸め込もうとしなくても、奴隷印を使えば手っ取り早く言うことを聞かせられる」

「それは……できれば避けたいな。奴隷印は極力使いたくない。君がここを逃げ出さない限りは」

「どうだか」


 そう呟くと、それきり少年は黙り込んでしまった。


「ねぇ、ずっと君って呼ぶのもなんだからさ、とりあえず、ローレルって呼んでもいい?」

「……好きに呼べばいい」


 翠の目になぞらえてそう呼ぶと、異論はなかったのか、それともどうでもよかったのか、再び視線がスープのほうへと沈む。それきり、彼は黙ってひたすら味の薄い豆スープを口にした。








 まだふらふらしている彼を、昨日は適当にしか汚れを落とせなかったからと、きちんと水浴びしてもらうために外にある水場へと案内する。近くに川が流れていて、そこから引く水が今の私の生命線だった。

 ローレルは水場に着くと振り返ってきて、もの言いたげに私を見下ろしてきた。


「その髪……」


 どうやら、長寿族の彼でも有魔族に会うのは初めてらしい。

 鮮やかな朱色に、ところどころ混じる銀の房、そんなまるで金魚みたいな派手な色の腰まで真っ直ぐな髪を、ローレルはわずかに物珍しそうに眺めている。

 瞳は父と母の色味を受け継いで、まるで太陽と月が混じったような、柔らかなフローライトの珍しい色。

 最初にこの派手な色味を見たときは、いかにも異世界転生って感じで、それはそれはテンションが上がった。今でも時折川面なんかに写った鮮やかな色味を見ると、自分だというのに思わず見惚れてしまったりする。人間に混じって暮らしていたときには、この派手な色を隠さなければならないことがちょっと残念だった。


「ああ、ド派手でしょ。目に眩しいよね」


 やつれた顔貌から覗く二つの目が、まじまじと私を見つめている。


「有魔族はみんなこんなふうに奇抜な色をしてるみたいだよ。私は両親のしか見たことがないけど、二人ともそれはそれは鮮やかな色だった」


 じゃああとはよろしくねと、水場の使い方を簡単に教えると、ほかのやることを終わらせるべく、その場を立ち去った。








 家の中を掃除をしていると、大分時間が経ってからローレルが水浴びから帰ってきた。その姿に今度は私が目を瞠る。

 緩く波打つハニーブロンドは柔らかくて甘そうで、それに縁取られた滑らかな白磁の美貌には、まるで芽吹くような明るいリーフグリーンの瞳。相変わらず顔色は悪いし隈は酷いし、ちょっと痩せすぎてて生気もないけど、群を抜いた美貌だということはそれでも充分伝わってきた。


「……そっかぁ、みんなが欲しがるわけだね」


 ついデリカシーのないことを口にしてしまって、慌てて口を噤む。


「エルフ族を見たことがないのか。皆似たような容姿なのに」


 その言葉に、目を瞬かせる。


「見たことは、あるけど……」


 たしかにみんな、とても綺麗な人ばかりだったけど。


「君ほど綺麗なエルフは、そうそう見たことがないかも」

「……だからなんだという」


 どうやら、容姿を褒めるのはあまり彼の気には召さないことらしい。


「こんな容姿に生まれついてしまったばっかりに、人とも思われぬ理不尽な目にばかり遭わなければならないと言いたいのなら、今ここで面の皮ぐらい剥いでやる」

「わぁー! ごめんごめん! 悪かったから、そんな恐ろしいこと言わないで!」


 慌てて謝ると、彼は視線を逸してそっぽを向いてしまった。


「……あなただって、有魔族に生まれてしまったばかりに、人間族から非道な仕打ちを受けてきたんだろう」


 逸らされた先から、ポツリと言葉が漂ってくる。


「そうだね。でも、私は別に有魔族であることを恨んだりしたことはないかなぁ」


 魔力を使えるって楽しいし、ラクだし。これぞ、ザ・異世界転生って感じ、だった。

 今はもう、あの頃のワクワクキラキラした気持ちはとっくに色褪せてしまった。


「ところで、さっきからそれでなにをしているんだ」


 ローレルはさっきから気になっていたのか、ちらりと振り返ってくると困惑の色を瞳に浮かべた。


「なにって、床を掃いて掃除してる」

「……」


 手に持っているのは手頃な長さの枯れ枝をただ束ねたものだ。そんなもので床をただ撫で回している私に、ローレルはなんともいえない微妙な顔をした。


「まぁ、あんまりきれいにならないのには目を瞑ってよ。長年ずっと一人でいたから、いろんなことがどうでもよくなっちゃってるだけだから。箒が壊れたときにさ、買うのも作るのも面倒だからって代わりに使ってみたら、石くらいは掃けたものだから」


 あまりのやる気のなさに、ローレルはどこか呆れた表情を浮かべている。


「そんな感じで、君も全然気負わなくていいから。まぁ、まだ昨日来たばかりだし、今日はもう休んでなよ」


 ニコリと微笑みかけてみたけど、ローレルは言質は得たとばかりになにも言わずに部屋を出ていってしまった。





 案外と疲れるものだなぁ。

 それが、予定外の同居人との第一日目の生活の感想だった。

 今まで何十年と一人で怠惰に過ごしてきたから、その一人きりのプライベートな空間だったところに赤の他人がいることに、なんとなーく気負ってしまって疲れている。おまけにその同居人は愛想もなにもないしなぁ。……無理やり連れてきた自分が悪いんだから、しょうがないんだけど。

 今までは食事だって掃除だって、毎日しなくてもよかったけど、これからはそういうわけにもいかなくなった。

 畑の世話や水場の管理だけはしておかないと後々取り返しのつかないことになるので、渋々やってはいたけれど。


「ああ……なんであのとき、余計なことをしちゃったんだろう……」


 思わず頭を抱え込んで、一人呻く。

 おかげで取り返しのつかないことになってしまった。もう誰とも関わるつもりなんてなかったのに。……それとも私は、もしかしたら心の奥底では誰かと関わることを渇望していた? なんだかんだ言いながら彼をここに連れてきてしまったのは、そんな私の身勝手な願望のせい?

 皿を洗いながら一人百面相をしていても、時間だけが無駄に経っていく。


「ハァ……せめて、普通に暮らせるようには環境を整えなきゃ」


 嘆いてばかりいても仕方がない。やることはほかにもあるし、待ってはくれない。

 重ねた皿を抱えて家へと戻る。ローレルが休んでいるだろう寝室へとちらりと視線を送る。静かなそこからはなんの答えも返ってこなかった。








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