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拾われた少年

 

「……あれ」


 街に着いてすぐ、人目を避けるように裏路地を歩いていると、随分と大きな物体が道に放置されていた。ボロ布の塊かと思ったが、よく見たら倒れている少年みたいだ。この子……この耳、もしかしなくても、エルフ族だ。

 痩せた体は汚れに塗れていて、鼻につく据えた臭いを放っている。人よりも少し尖った耳が、ほつれて薄汚れた金髪の間から覗いている。閉じられた睫毛も同じ金色で、陽の光に透けて輝いている。

 倒れた少年のすぐそばには、手のひらに収まる程度の奴隷(いん)の魔術具が投げ出されるように落ちていた。

 ――奴隷印とは、人間が開発した魔導具だ。

 強制的に他人を使役することができる、悪魔のような道具。数ある魔導具の中でもその使い道の残忍さは群を抜いている。

 ちなみにこの世界の人間が汎用している魔導具というものは、ごく一部の地域からしか産出されない魔石を原動力にした、まるで魔法のような力を具現化させることができる道具のことだ。

 その奴隷印を拾い上げると、人の気配を感じたのか、そのエルフの少年はうっすらとまぶたを開けた。そして少し離れたところからぼんやりと眺めている私に気づくと、まっすぐに睨みつけてきた。

 その瞳に不覚にも動揺する。こっちを見上げている瞳には、みすぼらしい風体には不釣り合いなほど、あまりにも薄暗い感情が渦巻いている。不思議に力強い瞳だった。


「……おい、こっちに逃げなかったか!」

「くそっ、あのエルフ、見つけたらタダじゃおかねぇからなっ……!」


 遠くから人間の話し声が聞こえてきて、それと同時にエルフの少年は身を強張らせた。そしてもごもごと藻掻きだす。なんとか四肢を動かして前に進もうとするが、それ以上は力が入らないようだ。唇を力なく噛み締めながら、それでもなんとか理不尽な支配から逃げようと、少年はわずかな力を振り絞ってこれでもかと足掻き続けていた。

 なんだか、奇妙な光景だった。

 奴隷から逃れようと必死に足掻く少年。意に反して使役され、死ぬよりも辛い目に遭ってきただろうに、それでも決して諦めずに生きようと藻掻き続けている少年。


「こっちか!?」


 段々と男たちの声が近づいてくる。この調子だときっと、少年はすぐに見つかって奴隷商人の元へと連れ戻されてしまうだろう。

 ――そして、人権なんか無視した非道な扱いをまた繰り返し、その身に浴びるんだ。

 今朝のあの夢が、刹那フラッシュバックした。


「いたか?」

「こっちにはいないぞ!」

「手間かけさせやがって……!」


 すぐ目の前を男たちが罵りながら足早に駆け去っていく。それを私は少年を抱えながら、身を震わせて遣り過ごしていた。

 男たちの姿が見えなくなって、声も充分に聞こえなくなってから、起き上がる。とっさにマントの色を変えて道端のゴミ山に擬態したが、運良くバレなかったみたいだ。あるいは頭に血が昇って周りがよく見えていなかったか。いずれにしてももう耐えられなくて、すぐに少年を突き放して地面へとえずく。

 この少年、いったいどれだけ水浴びさせてもらえていないのか、尋常じゃない悪臭がする。

 少年は地面に投げ出されたまま、えずいて地面に胃液を撒き散らしている私のことを見つめているようだった。

 明るいリーフグリーンの瞳は、しかしその色とは裏腹に、凍えるような寒さで私の言動を見守っている。


「おい、いたか!?」


 通り過ぎたと思ってたけど、後ろから新たに人間の声が聞こえてきて、とっさに体が反応してしまった。

 よりによって、人間の街で魔力を使ってしまった。心臓がバクバクしている。今すぐこの街から退避したい。早く逃げなきゃ……!

 私は真っ白になった頭のまま、動けない少年を乱暴に引き寄せて、素早く魔力を展開した。








 何度も何度も転移を繰り返して、執拗とも言えるほどに魔力の痕跡をかく乱して、それから私はやっと、あの森の中の小屋へと戻ってきた。

 魔力を絞り切る限界まで繰り返したおかげで、息も絶え絶えでもう立ち上がることもできない。――成り行きとはいえ街中で魔力を使ってしまったことに、まだ震えが収まらない。

 ブルブル震えながら地面にしゃがみ込んでいる私を尻目に、据えた臭いの少年は痙攣しながら力なくもどしている。胃の中にはなにも入っていなかったのか、少量ずつ何度か酸っぱい胃液を吐いて、それから少年は力なくうめき声を上げた。

 全速力で転移しまくったので、きっと酔ってしまったのだろう。私もすぐに動ける気力もなく、しばらく二人、そうやって地べたに這いつくばっていた。

 やがて、段々と落ち着いてきて息も整い、やっと体が起こせるようになったころ。少年のほうを伺うと、彼ものろのろと顔を上げてこっちを見上げるところだった。


「ごめんね」


 少年の明るい翠の目が、呆然と見開かれていく。


「本当は、うまくやり過ごすだけのつもりだったんだ」


 呆気にとられている彼の目には、私はどう写っているのだろう。

 魔力が枯渇したのに伴い、この世界でよく見かける茶髪に偽装していた髪の色が元へと戻ってしまっている。この調子なら、きっと瞳も同様だろう。


「でも、私は君をここに連れてきてしまった。その過程で、君は私に魔力があることを知ってしまった」


 有魔族は、鮮やかな髪色が特徴の種族だ。人間にはおおよそありえないような、奇抜な髪色の者も多い。わたしの両親も、元はそれはそれは見事な紅色の頭髪だった。おそらく、ほかの有魔族と比べても魔力量の多い人たちだったのではないかと思う。すでに比べられるような同族は周りにいなかったので、本当のところはわからないけど。

 そんな両親から生まれたわたしも、これまた随分と派手な頭をしていた。

 朱色の髪に、ところどころ混じる銀の房。その様が母さんの好きなキンギョソウが群生する様子に似ていたから。


「だから、ごめんけど君を解放してあげられない。これは返してあげられない」


 無情にも取り上げた奴隷印に、少年の顔がわずかに歪む。握られた拳が力なく地面に打ち付けられる。


「っ……」


 かすかにもらされた悪態は、声になっていなかった。


「ごめんね。私の勝手な行動で……君をここに縛りつけることになっちゃって」


 少年はなにも答えなかった。ただ彼は地面に顔をつけて項垂れたまま、動かなくなってしまった。







 絶望したように動かなくなってしまった少年を水場まで引きずっていき、そしてほとんどボロ布となってしまっていた服を剥ぐ。あまりの汚さに、思わず顔を顰める。これはとてもじゃないけど、洗えるような代物じゃない。焼却処分しなきゃ。

 気がつけば、少年はとうに気を失っていた。

 ともすればこっちも沈みそうになる意識を必死に叩き起こして、少年の体を丁度座らせるように凭れかけさせ、水をかぶせながら洗う。血も涙もないと言われたら反論できないけど、さすがにこのすえた臭いを放ったまま、家の中に入れるわけにはいかなかった。

 それから自分も軽く一浴び浴びると、少年を寝室へと運ぶ。

 少年といえども、体格はすでに私よりも大きい。力の抜けたその体を四苦八苦しながらベッドへと乗せると、ゼーゼーしながら一休みする。この家にはベッドは一つしかないから、残念ながら今日から私の寝床は居間の固い長イスということになる。

 目が覚めたらすぐに口に出来るように、水差しとパンをサイドテーブルへと置いておく。これで、この家にあるパンはすべてなくなってしまった。

 ――いい加減、私ももう限界だ。半ば意識を失うように長イスへと倒れ込んだ。








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