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すべてを失った少女

 

 町を発つ準備をしながらも、相変わらず時間の合間を見ては、私はステイとエマと過ごしていた。

 二人とも元気いっぱいで賑やかで、ときどきその体力についていけないときもあったけど、でも二人と一緒に過ごせる時間はもうわずかしかない。まるでこぼれ落ちていく砂を必死にかき集めるかのように、私は時間のある限り二人との思い出を作り続けた。

 魚釣りを教えてもらったり、傭兵団の船に乗せてもらったり、遠い海の上での話を聞かせてもらったり。

 ステイは言ったとおり、たくさん遊んでくれて、たくさんの楽しい思い出を残してくれた。







 今日も今日とてステイたちに配達を手伝ってもらって、家まで送ってもらう。配達を終えた私たちに、母さんに続いて父さんも顔を出した。


「ただいま」

「親父さん、お邪魔します」

「お邪魔しまーっす!」

「おかえり、リナリア。それにステイくんにエマちゃんも。いつも手伝ってもらって悪いね」

「いーえ、お気になさらず」


 鷹揚に笑うステイの隣で、エマが胸を張っている。


「リナリア一人に任せていたら、いつまで経っても終わらないからな! リナリアにはあたしがついててやらないと!」

「エマちゃん、お手伝いしてくれて偉いわね。いつもありがとう」


 母さんに優しく頭を撫でられて、エマは嬉しさに頬を染めた。


「おじさん、今日もいつものやつ、いい?」

「ああ、そう言われると思って用意していたよ」

「さっすが! やっぱりうちの親父が贔屓しているだけあるよな」


 ステイは満面の笑みで父さんから小包を受け取った。


「二人とも、今日もうちで食べて行く?」


 母さんのその言葉に、ステイとエマはパァッと破顔させた。


「いいの? やった! おばさんの料理、めちゃくちゃ美味いんだよね」

「それに、うちじゃ出ないような料理が出てくる!」

「そう言ってもらえると作り甲斐があるわね。じゃあ、できるまで裏庭で水浴びでもしてきなさいな」


 おっとりと笑った母さんにガッツポーズして、二人は後片付けをしていたわたしを忙しなく促した。








 いつも夕食の前に裏庭の井戸から水を汲み上げて、その水で身を清めるのが我が家のルールだった。

 ステイとそれぞれ背を向けて、エマと一緒に水浴びをする。お互いに拭き合いっこをして着替えていると、突然、エマが顔を上げた。


「どうしたの、エマ?」


 エマが身振りで声を出すなと示してくる。それにとっさに口を抑える。

 エマの様子がなんだかいつもと違う。真剣な顔で、なんだか耳を澄ませているようだ。


「エマ」


 いつの間にか、隣にステイが立っていた。


「ねぇ、どうしたの……?」

「親父さんたちに突然の来客があったようだ。なにか心当たりはあるか?」


 あくまでも冷静なステイにそう尋ねられて、サッと全身の血が引いていく。

 ――もしかして、もしかして……でもまさか、そんな、ありえない……こんなところでまさか、私たちが見つかるわけない。

 思わず戻ろうとした私を、エマが咄嗟に捕まえてくる。


「ダメだ……行くなよ!」


 それは、ほとんど聞こえないような小さな声での叱責だった。


「なにかあったらどうすんだよ……!」


 そのなにかが今、私の両親の身に降りかかろうとしている。

 必死で追い縋ってくるエマの小さな手を振りほどいて、両親のいる部屋のほうへと駆け寄る。


「一旦落ち着こう。リナリア、下がれ!」


 すぐに駆け寄ってきたステイに、引き剥がされるようにして抱きかかえられる。

 そのとき、扉からわずかに見えた光景。今でも忘れられない、信じられないほどの衝撃。

 父さんと母さんが後ろ手に縛られて、床に転がされている。その周りを囲むのは見知らぬ人間たち。彼らは様々な種類の魔導具をその手にしている。チカチカと不気味な赤色に点滅している魔導具。武器のような形の魔導具。

 そして高級そうな軍服を着た、高官だろう男が手にしている魔導具。

 男がその魔導具を持ち上げた途端、急に力が抜きとられたように脱力して、否応なくその場に崩折れた。


「リナリア……! 大丈夫か!」


 ステイは私を抱えると、すぐにその場から遠ざけようとした。なんとかステイの手を振り解こうと藻掻くけど、力が入らない。


「リナリアの様子がおかしい……エマ、来い!」


 ステイは弾かれたように立ち上がったエマを促して、私を肩に担ぐ。身を屈めたまま音もなく裏口から外に出ると、それから細い裏路地を縫うように走り出した。


「父さんが……母さんがっ……!」

「リナリア、大人しくしてろ!」

「いやっ……お願い、戻って……!」

「……っ」

「ステイっ! お願いだから!」


 ますます強く抱えてくるステイに、急速に不安が押し寄せてくる。

 絶対にあり得ないはずだった。こんなにたくさんの人が住んでいる街の中から、人間がわたしたちなんか見つけられるはずがなかった。


『近ごろまた新たな魔導具が開発されたらしい。魔力探知機だと』

『残り少ない()()を見つけるために、かなりの資金をつぎ込んで完成させたらしい』


 いつかの父さんの声が蘇る。私たち有魔族を捕まえるために開発されたという、魔導具。

 もしかして、私たちはその魔力探査機に引っかかってしまったのだろうか。さっさとここを出ていかなかったから、こうやって見つかってしまった?

 膨れ上がった不安をどうにか押しとどめたくて、どうにか藻掻いて家族のところに戻ろうとして。

 でも、ステイは絶対に私を離さなかった。まるで追ってくるなにかから私を隠すように、苦しいほど強い力で私を抱き締めながら、ステイとエマは薄暗い路地裏を音もなく疾走し続けた。








 ハッと目が覚めて、身を起こす。

 随分と懐かしい夢を見ていた。

 どれだけ前のことだろう。あの日、父さんと母さんが人間に捕まってしまった日。私だけが助かってしまった日。

 思い出したくもない、だけど決して忘れられない記憶を夢に見て、全身が凍りついたように竦んでいる。

 まだ日は昇り始めて間もなかったが、再び眠れる気もせず、水浴びをしようと起きることにした。

 あちこちガタが来ている古びた廊下を通り、立て付けの悪い扉を開けて、外に出る。

 川から直接水を引いた水場へと向かい、乱雑に服を脱ぎ捨てると頭から乱暴に水を浴びる。

 ここには誰もいない。私以外、誰もここには来ない。誰にも見つからない。

 たった一人きりの場所で、今の私は生きている。







 水浴びを終えると、またいつもの日常の繰り返しだ。

 朝は適当にそこら辺で採ってきた豆を煮て食べ、それから大雑把に部屋の中の掃除。

 汚れてどうしようもなくなった衣類があれば、外の川でおざなりに洗濯して、それからあとの時間のほとんどは、畑の世話や森で木の実やキノコ、豆などの収穫に当てている。

 これが今の私の、生活の全て。いつ終わるかもわからない私の生の、これが全部。

 住んでいる小屋はいつ建てられたものかわからないもので相当に古く、大概に手入れをしないと怪しい箇所もあちこち出てきているが、とにかく今の私には気力というものがなく、ただ毎日を最低限の生活をしながら、あてもなく惰性のように生きていた。


「……あ、そういえば、もうなにもないんだった」


 ただ、そうは言ってもやはり、完全に自給自足で生きていくのも難しい話で――時折、そう自分に言い訳をしながら町に買い物に下りていくこともあった。

 ふらふらと獣避けを施された食料庫に寄る。気づいたら買い溜めていた調味料も干し肉も、底をついている。あるのはテーブルに放置していたパンだけだ。

 深く長いため息をついて、私は買い出しに出かけるための準備に取り掛かった。

 古びたマントを羽織り、フードを深く被る。息をするように無意識に魔力を使って、自身の髪と瞳を茶色に染めあげる。それからストックしていた硬貨を一掴み乱雑に掴んで、懐へと押し込む。

 だるいという憂鬱な気持ちのまま足取り重く、私は古びた小屋をあとにした。








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