諭される少女
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次に目が覚めたときにはローレルはおらず、部屋の中では、有魔族研究家のエフィと名乗った少女とフィガロがなにやら真剣な様子で話し込んでおり、少し離れた場所でステイが壁に凭れて佇んでいた。
「ステイ」
私のほうを見ていたステイは、目覚めた私に気づくとこっちに近寄ってきてくれた。
「気分はどうだ?」
ステイの静止を聞かずに無理に魔力を使った手前、少し気まずくて苦笑いを浮かべる。
私に気づいた二人も振り返ってきた。
「リナリアさん!」
フィガロもエフィ同様、なんだか興奮しているみたいだ。
「ご気分はどうですか? 僕、さっそくリナリアさんのために色々と薬草を調達してきました! どれもこれも厳選に厳選を重ねた、超オススメの薬草たちですよ! エフィのアドバイス通りであれば、これで魔力栓の問題も解消されるはずです!」
「うげっ……」
思わず心の叫びが漏れる。あいにく、薬草についてはこの間ほろ苦い思いをしたばかりだ。
その事実を思い出した瞬間、室内に目を走らせる。ローレルはいないよね? こんな話を聞かれたら、飲めないだろうからってあの日の二の舞いになりそう。
「うげ?」
「い……いやなんでもないよ、フィガロくん。薬草を探してきてくれて、あ、アリガトウゴザイマス……」
フィガロは私の様子を不審に思ったようだけど、幸いにも深くは突っ込まないでいてくれた。
「リ、リナリアちゃん!」
勢い込んで近づいてきたエフィが、メガネがずれるのも構わずに、ずいと顔を近づけてきた。
「安心してね! 私、リナリアちゃんのために絶対に魔力栓の問題をどうにかしてみせるから! だから、元気になったらいっぱいお話聞かせてね! それと、もしよかったら……お、お友だちにもなってくれると嬉しいな……」
「あ、ありがとう……よろしくね」
「あぁ……有魔族の女の子にお礼を言われちゃった……! お友だちになっちゃった!」
こんなにも有魔族の存在自体を純粋に喜んでもらえることなんて今までなかったから、なんだか調子が狂う。
おずおずと微笑みかけると、エフィは奇妙に身を仰け反らせ、頭を抱えて悶え始めた。その様子をステイは胡散臭そうに眺めている。だが、ふと声音を変えた。
「それじゃあお二人さんとも、今度は俺の番だ。ちょっとリナリアを貸してくれないかな?」
その言葉に、身を強張らせる。これ、絶対に怒られるやつ!
「いや、でも……」
キャイキャイと話していた二人は、水をかけられたように静かになって、微妙な表情を浮かべた。
「ルィンランディア様からは、絶対に二人きりにしないようにと仰せつかってますし……」
「ちょっとでいいんだ。心配なら扉の外から見張ってくれていてもかまわない」
声音は穏やかだが、顔が笑えていない。そうなるとステイって案外と怖い顔つきになる。物騒な雰囲気を醸し出したステイに、エフィが少し怯えた表情を見せる。
フィガロはそんな彼女を気づいて退室を促すと、「不埒な真似をしないかどうかはちゃんと見張ってますからね」と念を押して、自分も扉の外へと出ていった。
その言葉通り、少し開かれた扉の外からこっちの様子は伺っているのだろう。扉の外のフィガロと目が合うと、軽くに手を振られ、それに振り返す。
ステイはしばらくそっちのほうを眺めていたけど、やがて静かになった部屋の中で、くるりと私のほうを向いた。
「リナリア」
ステイは近寄ってくると、身を屈めて私の顔を覗き込んだ。背中に垂らされていた長い黒髪が、ふわりと垂れてくる。
「……守れなくてすまなかった」
ステイの真剣な目が真っ直ぐに見つめてくる。マリンブルーの瞳は自分を責めているみたいに暗く沈んでいて、それは私が思っていたような表情とはちょっと違っていた。
「俺が不甲斐ないせいで、リナリアに余計な負担をかけた」
ステイが悔しそうに顔を歪める。
「これからは」
そのまま絞り出すように、彼は続けた。
「リナリアはもっと自分のことを大事にしろ。俺は荒事には慣れているし、獣人の血も入っている。だから矢の一本や二本刺さったところでどうということもない。俺のことは気にしなくていい。……だけどリナリアは違うだろう? ただでさえ体調が悪くて魔力を使ったらどうなるのかもわからないのに、あんな真似……」
「だからって、ステイが代わりに傷ついていい理由にはならないよ」
ステイがいつになく深刻そうだから、私も一生懸命に頭を働かせて考える。
「誰だって矢が刺さったら痛いし、怖いし、イヤなものはイヤだよ。それにもしも私のときみたいに毒が塗られていて、体が動かなくなったら?」
「毒には慣れている」
「たとえ慣れていたとしても、」
私はステイのように、戦いの中に身をおいてきたわけじゃない。だからこんなのは、きっと甘い考えなのだろう。
「私がイヤだっただけ。目の前で大切な人に傷ついてほしくない。命を奪われたらイヤだって、怖かっただけ」
ステイもローレルも、なにもない私に唯一残された、大切な人たちだから。もう二度と、私は大事な人たちを失いたくない。傷ついてほしくない。
「でも、あの……エルフ狩りに連れて行かれた人たちは……」
「残念ながら」
ステイは首を振った。
「ただ、あのときリナリアの風に煽られて速度を失った矢を、少年が掴み取っていたみたいでな。その矢を一つだけ持ち帰ってきている。――ここの鍛冶屋は特に弓矢にはこだわりが強いらしい。それぞれの鍛冶屋で矢尻の形状や矢羽の種類とか、微妙に違うって話だ。あの優男はこれから当たりをつけていくと言っていた」
それからステイは、やっと淡い笑みを浮かべてくれた。
「足がかりになるかもしれないとは言っていたよ。まぁ、不幸中の幸いではあったわけだ」
それを聞いて、ホッとしてはいけないんだろうけど。でもこれをきっかけに少しでもエルフ狩りの正体を暴くことに繋がればと、そう願わずにはいられなかった。
「よかった……それで、あの。ステイ?」
責められるかもしれないと構えていたが、どうやら怒られることはなさそうだ。これで話は終わったとばかり思っていたが、ステイが退く様子はない。それどころか、ステイはますます顔を近づけてきた。
「……このまま連れ去ってしまおうか」
囁かれた言葉がポツリと耳元へと落ちてくる。
「こんなきな臭い国に、リナリアをおいとくのが不安だ。あの自称有魔族研究家だっていう女さえいれば、あとはどうにでもなるだろう。このままここから……」
そう言われたときに、真っ先に思い浮かんだのがローレルだった。
ローレルに黙ったままこの国を去るなんてことは、できない。
たとえローレルがこの国に残るとしても、あの約束を反故にするのだとしても、でもそれならきちんとお別れをしないと、たぶん私はステイのときのように引きずってしまう。
ステイはしばらく、黙り込んだまま私の顔色を伺っていた。
「ちょっと! 困りますよ!」
躊躇うようにステイが口を開く前に、慌てたようにフィガロが乱入してきた。
「なんですかその距離は!? 離れて離れて! もうすぐルィンランディア様がいらっしゃっちゃうんですよ!」
追い払うようにフィガロに払われて、さっとステイは離れていく。先ほどまでの弱ったような表情はすでに消え失せて、今までのように飄々としながらステイは肩を竦めた。




