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運ばれる少年

 

 日が暮れるまでの手持ち無沙汰な時間、残された私たち三人は一転、とても気まずい雰囲気の中にあった。

 普段私の体調について話しているときは二人ともあれほど饒舌に会話しているのに、今は黙りこくって視線すら合わせようとしない。

 本当は色々と聞きたかったんだけどな。ステイとローレルが従兄弟同士だったこととか、ローレルがエルフ狩りに狙われていた事実とか……騎士さんたちがローレルのことを『ルィンランディア様』って呼ぶ理由も。

 でも今はとてもじゃないけどそんな雰囲気じゃない。私を挟んで両側に座り込んだ二人は、どっちも目を閉じてしまっていて、休んでいるのか動く様子もない。まるで、話したくないって言われているかのようで、妙に躊躇ってしまう。

 そうして待つこと、数時間。やっと日も暮れ、辺りは暗く染まってきた。

 完全に日が落ちて夜の帳が下りたころ、ステイがやっと目を開け、動き出した。


「さて、そろそろ行くとするか」


 ステイは短くそう言うと、バサリと翼を広げる。


「両手を塞がれるのが、ちょっと落ち着かないな。……なにかあったら頼むぞ、エルフの少年」


 ローレルは頷くことで返事を返した。

 ステイが私とローレルを小脇に抱えて、大きく翼をはためかせる。降り積もっていた落ち葉やらが一気に風で巻き起こり、思わず目を瞑る。

 ふわりと浮遊する感覚。ステイの力強い腕が支えてくれている。

 恐る恐る目を開くも、夜の闇に紛れて辺りはよく見えない。ただ頭上に広がった月と星だけが、唯一の目印だ。バサリバサリとそのままステイはしばらく無言で前に飛び続けていた。森の木々のすぐ上空を、まるで姿を隠すようにすれすれに飛んでいく。大きな翼がときおりはためき、そのたびに羽ばたく音がかすかに響いていく。

 やがて、外界とエルフの王国を断絶する、高く聳え立つ城郭部へと着いたようだった。

 ステイは空中で留まると、今度は上昇しようと体制を変えた。


「……待て」


 そのとき、隣のローレルが押し殺したような声で、早口で囁いてきた。


「あそこ、見えるか。……誰かがいる」


 その声にステイは少し躊躇ったのち、ゆっくりと高度を落として少しずつ近づいていった。

 私には真っ暗闇しか見えなくて、なにがなんだか全然わからなかったけど、ローレルとステイには、ぼんやりとだけどなにかが動いているのが見えるらしい。無言で息を潜めたまま、ステイはそろりと近づいていく。


「あれは……っ」


 次の瞬間、ローレルは思わずといったように声を荒げた。


「エルフ狩り……!」

「おい! ……クソっ!」


 舌打ちとともにステイが急上昇する。乱暴に態勢が入れ替わって、めまいのように視界が揺れる。次の瞬間、ヒュンとかすかな空気の揺れる音が、一瞬だけ耳元を通り過ぎていった。


「……っすまない!」

「ああ、本当にね!」


 ステイのそばを何度か放たれた矢が通り過ぎていった。緊張のあまり、口の中がカラカラで声も出せない。

 一体なにが起きているの? エルフ狩り? 見つかった? また命を狙われている? 今度は私だけじゃない。――全員の命が危ない。


「……ッチ、二人も抱えてりゃさすがにスピードも出ないかっ」


 ステイの声は少し焦っているようだった。


「っ右だ!」

「わかって、る!」


 小回りが効かないんだよ、と吐き捨てるように呟かれた言葉は、巻き起こった風に消えていく。

 このままじゃ危ない。わかってる。焦りだけがどんどん大きくなっていく。

 もしもこの矢に、あのときのように毒が塗られていたら?

 ここで誰かが射抜かれてしまったら?


「リナリア?」


 私がなにをしようとしているのか察したステイが、強く咎めてきた。


「お願いだから、それだけは止めてくれ!」

「ごめんっ……」


 縋るように、思いとどまらせるように、ステイがぎゅっと脇に回した手に力を込めてくる。

 振り絞るように魔力を押し出す。まだどこかで詰まってる。なかなか出てきてくれない。ギリリと歯噛みした私を、ステイは痛いくらいに抱きしめてくる。


「リナリア?」

「止めろ、リナリア!」


 バンとまた弾けるような音がして、急激に意識が遠のく。どっかに穴が空いて、そこから魔力がだだ漏れていく感じ。そのまま気を失ってしまいそうだけど、今はなにがなんでも踏ん張らなければ。

 ガリッと思いっきり唇を噛んでみる。あまりの痛さに少しだけ意識が戻ってきた。その隙にありったけの魔力を振り絞って――私はなんとか、激しい上昇気流を生み出すことに成功した。


「リナリア、――――!」


 ステイが風に煽られる中、態勢を整えながらなにかを言ってきている。ぼやけた視界の中に、かすかな灯りたちが眼下に広がっていく。

 ……よかった、あの壁を抜けたんだ。私たちは無事にガレン・オストの城郭内に入った。

 気が抜けると一気に目眩が襲ってきて、そのまま私は気を失うように眠りについた。








 誰かに名前を呼ばれた気がして、目を開ける。いつの間にかベッドに寝かせてもらっている。それもかなりふわふわの。


「きゃーっ……! とうとうリナリアちゃんが目を覚ました……!」


 興奮を隠しきれない上擦った甲高い声がして、その声のしたほうを向く。思った以上に近い距離に、知らないエルフのメガネ少女がいて、思わずギョッと顔を強張らせる。


「リ……リナリアちゃん、はじめまして……!」


 も、申し訳ないけど……いったいどなただろう。ここは? ステイとローレルはどうなったの? 無事にラズラルさんたちとは合流できたのかな。


「リナリア!」


 すぐに呼びかけられた声に焦点を合わせると、なんだか顔色の悪いローレルに顔を覗き込まれていた。


「目が覚めたか!」

「うん……」

「よかった、目が覚めて……一時はどうなるかと」


 なにやら、随分と弱っている様子だ。ローレルは私が目を覚ましたことを確かめるようにしばらく顔を覗き込んでいたけど、やがて私の手を両手で握り締めたまま、よろよろと俯いてしまった。


「本当に、すまなかった。あのとき私が動揺に声を上げなければ、こんなことにならなかったのに……」


 握られた手は力なく、かすかに震えている。


「あのね、リナリアちゃん」


 反対側から、先ほどの少女が話しかけてくる。


「リナリアちゃんの体内に入った毒はね、有魔族とはちょっと相性が悪くて。なんというか……魔力の流れを滞らせて、ドロドロにしちゃうんだよね」


 さっきの興奮した様子とは違い、急に冷静に話し始めた彼女は、まるで別人みたい。……そう、言うなれば、なにかの専門家のよう。


「それでドロドロになった魔力が傷口に引っかかって色んな流れを妨げてたんだけど、リナリアちゃん、無理して魔力を使ったでしょ? そのせいで、おそらく固まった魔力が弾け飛んで、魔力回路がズタズタに引き裂かれたんだと思う」


 自分の体のことなのに、なにを言われているのかよくわからなくて、頭にハテナがたくさん浮かぶ。


「……と、目を覚ましたばかりの人に言うことじゃなかったね。それに、自己紹介もまだだった……! あ、あの……わ、私、エフィって言います!」


 自己紹介の段になると、急に緊張してあわあわしだした彼女に、困惑する。

 ローレルがため息をつきながらも捕捉してくれた。


「……彼女はエフィ。()()有魔族研究家、らしい」


 ……有魔族研究家?


「有魔族好きが高じてそう名乗っているらしいが、詳しいことはよくわからない。ただ、この国の中枢の息がかかっていない者で、なおかつ有魔族に詳しい者、となると、彼女しか適任者がいなかったそうだ」


 目の前の少女は頬を染めながらも、さっきから好奇心を隠しきれていない瞳で、ちらちらと私を見つめてくる。

 ローレルよりもちょっと赤っぽいピンクブロンドに、春に咲く花のような透き通ったピンクの瞳。そんな色合いまで可愛らしい少女は、金の丸縁メガネの奥から瞳をキラキラさせながら、一心不乱に私を見ていた。


「私、ちっちゃなころから有魔族に憧れてて……! いつかこの目で魔法を見てみたいなって、それが夢だったんだ! でも、この国にいる限り、一生有魔族の方とは出会えないんだろうなって思ってたのに……まさか有魔族のほうから会いに来てくれただなんて……!」


 エフィと名乗った自称有魔族研究家の彼女は、感極まったようにそう呟くと、ものすごい勢いで今の私の体の状態をローレルに説明し始めた。ローレルはそれを嫌な顔一つせずに相槌を入れながら聞いている。

 まるで聞いてくれる人がいるのが嬉しくてたまらないとでもいうかのように、口が止まらない様子で説明しているエフィ。

 その柔らかな声をずっと聞いているとなんだか眠くなってきて、私は早口で捲し立てる彼女の説明を子守唄に、もう一眠りしようとまぶたを閉じた。








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