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憤る少年

 

 ある日、目が覚めるとそばにいたのはステイだった。


「あれ、ローレルは?」

「あのエルフの坊っちゃんなら、今はあいつらのところに行っているよ」


 どこか苦笑するように教えてくれたステイに、開口一番にローレルのことを尋ねたのはまずかったかなとおそるおそる見上げる。ステイは大人っぽい笑みを浮かべて、私の視線を受け止めた。


「体調はどうだ?」

「うーん……痺れが取れなくて、相変わらず眠いんだよね……」


 誤魔化すように笑ってみせる。ステイの大きな手が伸びてきて、そっと私の髪を撫でた。


「せっかく会えたってのに……こうなる前に助けられなくて、本当にすまなかった」


 どこか悔いるように噛み締めるステイに、首を振る。


「ううん、助けてくれてありがとう」


 ステイは眉尻を下げながらも、また笑ってくれた。


「……その髪に、その目の色、それがリナリアの本当の姿なんだな」


 そうだった。ステイたちは私が人間のふりをしていたときの姿しか知らなかった。

 ステイが手を伸ばして、ベッドに散っている私の髪をひとすくい掬いあげる。


「やっと、リナリアの本当の姿を見ることができた。朱に銀の束が混じって……すごく鮮やかできれいだ、リナリア」


 ステイの真っ青な海のような目が、今度は覗き込んでくる。


「それに、その瞳。まるで月と太陽が混じったような淡い色。あのときの明るい茶色の瞳も好きだったけど、本当の色も随分と神秘的で、まるで引き込まれるみたいだ……」


 そう囁いてくるステイは、今度は真剣な表情になる。


「ずっと後悔していた。あのとき無理やり攫ってでもリナリアを連れていけばよかったってな。まさかこんなに探し回ったって会えなくなるとは思わなかった」

「……あのとき、決めたんだ。これから先は私一人で生きていくって。ステイたちとはもうここでお別れって。だから、会えるはずもないって……」

「それでもまたリナリアに会いたくて、それこそ数え切れないくらい、あの砂浜に通ったよ」

「もしかして、あれからもずっと私のこと、探してくれていたの?」

「ああ」


 ステイの声音が変わる。


「もう一度会えたら、次こそ絶対に離さない、もう二度とリナリアにあんな顔はさせないって。でも……」


 ステイはわずかに自嘲するように顔を歪めた。


「一人で生きていくって言ったくせに、なんであんなエルフの坊ちゃんと一緒にいたんだ、リナリアは。そいつがいていいってんなら、俺だってそばにいてよかったはずだろ」


 それは……。

 成り行きとか、どう説明したらいいのかわからなくて口ごもる。


「ま、でもなんにしろ、リナリアが生きていてくれて、こうしてまた会えたんだ。本当によかったよ」


 ……にっこり笑ったステイのあまりのいい男っぷりに、目が潰れるかと思った。


「もう二度と後悔しないために、遠慮はしないことにした」


 ステイは意味深な笑顔を浮かべたまま、こっちに身を乗り出してきた。


「リナリア、これからはずっと一緒にいよう」


 薄暗いその奥から、光る青い瞳が私を見下ろしてくる。ステイの大きな手が枕元に置かれる。まるで囚われるように、長い暗闇の髪が私に落ちかかってくる。


「今度こそ絶対にその手を離さない。守りきってみせる。だから、」


 囁かれた低い声に、ぞくりと身を震わせて。


「あ〜に〜き〜っ!?」


 そのとき、ぐいっとその髪を引っ張られて、ステイが呻きながら仰け反った。

 その後ろには肩を怒らせたエマと、冷たーい目つきのローレル。


「ちょっと看病任せただけなのに、口説く奴がどこにいるんだよ!」

「……ったた……ひどいぞ、エマ……」


 冷たい顔のローレルがぞんざいな仕草でステイに退くよう指示すると、ステイは肩を竦めながらも退いた。


「だからここを離れたくなかったんだ」


 そうごちるローレルに、エマは「ごめんって」と肩を竦めている。その仕草が兄妹そっくりで、思わず笑ってしまった。


「ステイとエマだ……」


 ステイとエマがいる。

 まるであのときに戻ったかのような、陽気で明るい二人がいる。

 あのときと変わったことと言えば……私の両親がいない。私の居場所はもうどこにもない。ただそれだけだった。


「リナリア……」


 ローレルが手を伸ばしてくる。ひどくつらそうに歪められたその表情に、私はどうしたらいいのかわからなくなる。

 ローレルはこれからどうするの?

 ローレルはローレルの居場所に帰ってしまうの?

 確かめたくて言葉にしようとして、でも肯定されたらと思うと怖くて口に出せない。

 それに、さっきのステイの言葉。ステイは本気なのかな。本気で私に、一緒にいるって声をかけてくれたのかな。

 ぼんやりと眠気のもやのかかる頭では、難しいことは長くは考えられない。

 うつらうつらとまぶたを閉じ始めた私の手を、ローレルがそっと握り締める。


「……っ」


 夢うつつの中で聞いたローレルの言葉は、私に届かなかった。








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