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発見された少年

 

 後日、塩を作るために準備を整えて、またあの海へと向かう。

 転送ポイントを幾つか経由して、砂浜の端にある岩陰へと着く。砂浜に足を踏み入れて、ふと立ち止まったローレルに止められた。


「ローレル?」


 ローレルは、砂浜から続く森のほうを凝視している。私に身を屈めるよう手振りで示すと、そのまま岩陰に戻ろうとした。


「どうしたの?」

「今すぐに転送を!」


 促されたその瞬間、目の前の砂浜に立て続けにドスドスドスと矢が刺さる。


「ルィンランディア様!」


 革の軽装鎧を来たエルフの女性騎士が、森から躍り出るように飛び出てきた。それに続いて、同じように軽装鎧で武装したエルフの騎士がニ人。どちらも手には矢をつがえた弓を構えている。

 その人は、作り物かと疑うくらいに美しいエルフの女性だった。太陽の光を反射して眩しく輝く、長くまっすぐなシルバーアッシュの髪。毛先のほうは玉石のような髪留めで留められている。

 そんな完璧な美貌のエルフの女騎士が、湖面のような青い瞳に憎悪を浮かべてわたしを見据えている。


「動くな!」


 厳しい声でそう告げられる。体は凍ったように動かない。


「ルィンランディア様! こちらへ!」

「ラズラル、止めろ!」


 ローレルが私を庇うように前に出た。


「止せ! 誤解だ!」

「貴様……これが奴隷印の所業か! 我が君をここまで意のままに操りおって!」


 女性騎士は激昂のあまり、ローレルの言葉も届いていないみたいだ。

 喉がカラカラに乾いて、声も出ない。

 私は今、命を狙われている。あまりある憎悪を叩きつけられ、私の命を奪わんと、その凶器が虎視眈々と狙っている。

 女性騎士は間髪入れずに、後ろの騎士へと合図した。それを受けて後ろの騎士たちは素早い動きで弓を構えると、降り注ぐように次々と矢を放ってくる。


「ルィンランディア様……さぁ、こちらに! もう大丈夫です!」


 目で追うこともできずに、強く瞑って腕を振り上げる。もうダメだと覚悟した刹那、カンカンカンッと小気味よい音が響いて、ぶわりと風が巻き起こった。

 巻き上がる砂塵の中、まるで昆のような武器を手に膝をつく女性。


「おい! 話が違うじゃねーか!」


 乱暴な口調で怒鳴ると、片手で軽々と昆を振り回し、私たちを庇うようにピタリと横一文字に止める。


「リナリアには手を出すなって話だっただろ!?」


 名前を呼ばれたことにハッと息を呑む。

 青みがかったまっすぐな黒い髪を高く結い上げ、見える横顔には左目に眼帯が嵌められている。胸元を広く開けたシャツに、鮮やかな色のサッシュベルト。

 ――もしかして、もしかして彼女は……!


「我が君を脅かす輩など、塵も残さず滅してくれる!」


 エルフの女性騎士は目にも留まらぬ速さで次々と矢を射掛けてくるが、それを目の前の女性は昆でなんなく打ち払っている。

 突然繰り広げられ始めた目の前の非現実的な光景に、ただただポカンと呆気に取られていると、乱暴に裾を引っ張られた。


「早く! 転送しよう!」


 いつになく焦った顔のローレルだった。私を抱きかかえるように庇っていた彼が、早く撤退しようと急かしてくる。


「ぁ……」


 あのエルフたちは、ローレルのことを知っているようだった。あの人たちはローレルを助けに来た人たちじゃないの? それとも、ローレルがそう言うのなら逃げたほうがいい? でも、目の前にいるのは……。


「リナリア! 待てよ!」


 昆を薙ぎ払うように振り回し、次々と飛んでくる矢を砂浜に落とした女性は、振り返ってくるなり私の手を掴もうとした。


「触るな!」


 その途端、ローレルが私を抱えて飛び退く。

 向けられたまん丸な明るいマリンブルーの瞳に、確信する。


「……おいおい、お互い目的の人物が見つかったってのに、随分と物騒なことになってるじゃないか」


 低い男性の声が響く。さっきまで誰もいなかった砂浜の真ん中に、いつの間にか背の高い男性が立っている。

 しなやかな体はよく日に焼け、昆を持つ女性と同様、胸元の大きく開いたシャツは鮮やかなサッシュベルトで締められている。あちこちに跳ねている青みがかった髪を大雑把に一つ結びにまとめた彼は、鮮やかなマリンブルーの瞳をにっこりと細めて、笑いかけてきた。


「ようやく会えた、リナリア」


 ――ステイだ。

 あのころよりも大きくなって、大人になって、随分と様子も変わったみたいだけど、私が見間違えるはずがない。ステイとエマがいる。


「エルフの女騎士さんよ。今一度取引の内容を思い出してもらおうか」


 ステイは鷹揚に笑いながらも、腰に差した剣に軽く手を添えた。


「あんたがたはそこのエルフのお坊ちゃんを取り戻したい。俺たちは昔の馴染みを迎えに行きたい。互いの探し人の絶対的安全が、手を組んだ目的だったはずだ。その条件を破るってなら、あんたたちはこのハイレイン傭兵団を敵に回すってことになるが……」


 一瞬にして、ステイはすらりと鈍く輝くレイピアを抜いた。一気に場が緊張に包まれる。


「おい、そこのエルフ」


 ステイの顔から笑みが消えた。


「今すぐその手を離して、リナリアを解放しろ」

「誰が……!」


 ローレルは絞り出すように低く唸ると、私を抱き締めたまま、ジリジリと後退していく。


「なにがあっても、私は……!」


 肩を掴むローレルの手が震えている。痛いくらいに食い込んでくる指が、訴えてくる。


「リナリア! 行こう! さあ!」


 懇願するように促してきたローレルの声に我に返って、転送しようと魔力を放出しようとして。


「あっ……っ!」


 一瞬の間に起きた出来事だった。

 ステイの姿が見えなくなる。ギラギラと刃が煌めくその光だけが目を焼く。エルフの騎士たちが散開して、ステイと応戦している。

 合間にあちこちの方向からたくさんの矢が飛んできて、私は半ばパニックを起こしていた。おまけにエマはあろうことか、迫りくる矢に完全に背を向けて、何度も私に手を伸ばしてくる。ローレルはエマを避けるように、私の体を抱えては飛び退いていく。

 長い時間を過ごしてきた中でも、こんな極限の状態に置かれるのは初めてだった。

 みんなの姿を目で追うことすらできない。どこからともなく射掛けられる矢、それをすれすれで躱すエマ。見えない刃が矢を切り裂いては、エルフの騎士に傷を負わせていく。

 すべてがまるでテレビの向こうの世界のように現実感なく見える中で、エマの見開かれたマリンブルーの瞳だけが、その光景に鮮やかに浮いている。


「エマッ……!」


 なにも考えず、体が勝手に動いていた。

 私はローレルの手を振り払い、エマが伸ばしてきた手をすり抜けて、そして彼女の前に踊り出た。それと同時に転移に使うはずだった魔力を風に変換して、エマの背中に迫っていた矢のほうへ、払うように向ける。

 その風の中をすり抜けて、幾つか矢が刺さる感触。瞬間、遅れて痛覚が悲鳴を上げる。

 思わず膝をついて崩れ落ちた私を、エマが慌てて抱きかかえた。








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