狩りをする少年
「ローレル、できたよ」
ローレルに頼まれていた、やっとこさ錬金して作り上げた弓矢用の矢尻を手渡すと、ローレルは目を丸くしてそれを受け取った。
「本当に鍛冶場などなくても作り出せるんだな」
「たくさんは作れないけどね」
ローレルはやけに嬉しそうにそれらを受け取ると、お礼を言ってそそくさと資材庫のほうへと向かっていく。
その日は夕方に呼びに行くまで一日中、彼はなにかしら作業して時間を費やしていた。
そして翌日、ちょっと得意げな顔で早速披露してくれる。
「どうだ」
見せてくれたのは、古びた弓と、新しく新調したような小綺麗な矢。その先端には渡した矢尻が取り付けられている。
「すごい、器用だね」
「これで干し肉も買わなくてよくなる。早速、明日にでも狩りに行ってくる」
「……そっか」
珍しくローレルが目を輝かせている。どこか楽しそうな彼の様子に、水を差したくないと思って黙っていたのがいけなかったのかな。
どこかわくわくした様子で弓矢の点検をしていたローレルは、私の様子にふと動きを止めた。
「どうした?」
「ん?」
なんでもないふうを装って返事してみたものの、ローレルは誤魔化されてくれなかった。
「なにかあったのか?」
「ううん、気にしないで」
作業する手を止めて私の顔を覗き込んできたローレルに、首を振りながら敵わないなと両手を上げる。
まさか、いつも見送ってもらうほうだったときは気づかなかったこの感情が、こんなにも心許ないものだとは思わなかった。
私を訝しみながらも、ローレルはそのあとも準備に費やしていた。若干わくわくした様子で入念に持ち物を確認し、お弁当まで頼んでくる始末。
そして翌日、彼は荷物を身につけると意気揚々と出かけていった。自信ありげに伸ばされたその後ろ姿に、軽く手を振って送り出す。
思えば、いつもは私ばかりが出かけていて、ローレルは家に置いていくばかりだった。こうして逆に彼を見送る側に立つのは、なんか変な感じだ。
――そっか。誰かの帰りを待つということは、こんなにも心細くなることだったんだな。
久しぶりに思い出した気持ちに、なんだか感慨深くなる。ローレルも、こんな気持ちでいつも私の帰りを待ってたのかな。
無事に帰ってきますように。早くその姿が見えますように。
こんなこと言えないけど、収穫があったかどうかはこの際二の次でいい。ローレルさえ無事に帰ってきてくれるのなら。……ローレルがここに来なければ、誰かと過ごす楽しさも、一人で待つこの不安も、思い出すことはなかった。
そんな弱気を紛らわせるためにも、久しぶりに大掃除をしようと思い立った。
意外にも、ローレルの帰りは早かった。
「獲ってきた」
立派な山鳥を担いで帰ってきたローレルは、随分と得意げだった。
「おかえり! うわぁ、立派な鳥だねぇ」
「これでしばらくはもつだろう」
ローレルは駆け寄ってきた私をまじまじと見つめると、ややおいて少し気恥ずかしそうに呟いた。
「……ただいま」
さっきまでの不安はあっという間に消え去り、今はただ、ローレルが無事に帰ってきてくれたことが嬉しい。
ローレルはしばらくこそばゆそうに私を見ていたけど、やがて「解体してくる」と一言断って、去っていった。
どうやら彼は、そのまま解体作業も引き受けてくれるようだ。できるかと言われたら、私には全然経験もないので、そこはありがたくローレルに任せておく。
しばらくして見に行けば、ちょうど捌き終えたところだった。
体力も技術もいる作業だろうに、ローレルは無駄のないように解体してくれていた。羽根を毟って内蔵を取り出して、肉を部位別にきれいに取り分けて、ローレルは鮮やかに捌いている。
「見事なものだね」
話しかけると、ローレルは今さら気づいたかのように、やっと顔を上げた。
「大丈夫か」
質問の意図がわからずに首を傾げて、そして合点がいく。ああ、そっか。こんなシーン、直視できないかもしれないからね。
「大丈夫だよ。なんてったって、これは生きるために必要な、大切な行為だもんね」
別に忌むべきことでもなんでもない、生きるために、命を繋いでいくために必要な行為。
ローレルはその透明な瞳でじっと私を見つめてくる。
「私たちは生きるために、この大切な命をいただく。……ただ生活を便利にするためだけに私たちの命をむやみやたらと消費する、人間族たちとは違う」
一瞬、声音の低くなった私を、ローレルがなんともいえない顔で見上げている。
「……貴重なお肉、今夜はなにを作ろうかなぁ」
「だったら、チキンステーキなんてどうだ? もう随分と食べていない」
「いいね、そうしよっか。今夜は久しぶりに豪勢にいこう!」
笑いかけると、ローレルもやっとホッとしたように笑い返してくれる。
「悪いが、後片付けにまだかかる。血の匂いを落としてくるから、こっちを頼む」
「はーい!」
ローレルからお肉を受け取って、今夜の支度と残りを保存するため、私も動き出した。
あの鳥肉の保存作業で完全に塩がなくなってしまった。そのことを伝えると、ローレルからまたあの海に海水を取りに行こうと提案される。
「うーん、でも、今回はほかにも色々と足りないものも出てきてるし、そろそろ買いものにも行かないと……」
「その魔力で作った硬貨とやらは、できるだけ人間相手に使わないほうがいい。どこで嗅ぎつけられるかわからない。街にいるときに見つかれば、私には助けようもない」
ローレルに冷静な顔で諭されて、それもそうかと思い悩む。
たしかに、塩はもう自力で作れるからそれでいい。でも、小麦粉や砂糖などはそうもいかない。私はそれでまたローレルに不自由な生活を強いてしまうのが怖かった。
「人間の街に行きたい理由があるのか?」
またあの焚き火台を作っておこうと、外へ行こうとした私をローレルが引き止めてきた。顔を覗き込まれ、伺うように見つめられる。
「そうだね。魔力探査機の行方がどうなったのか知りたいっていうのもあるし、なにより……」
言い淀んだ私を、ローレルは辛抱強く待っている。
ローレルが私を心配して言ってくれていることはわかっている。でも、買いものに行かなければ物品は揃わないし、そしたら不便な思いをするのはほかでもない、ローレルだ。
前みたいに豆スープばかりじゃ、ここでの生活も耐えがたいだろう。私たちにはまだまだ気の遠くなるような時間が残されているのに、ここはあまりにもなにもなさ過ぎる。実際、小麦粉が切れてから、もうしばらくの間パンは食べていない。
それが怖くて、この現状を放っておくことが不安だった。
「街に下りるリスクはわかってるつもりなんだ。だけど、このままじゃ君に不便な思いを強いてしまう。せっかくここに残ってもらったのに、嫌な思いばかりさせてしまって、やっぱり、って思われるのが怖くて……」
ローレルは虚を突かれたように、息を呑んだ。
「だって今のままじゃ、また毎日豆スープの生活に逆戻りだよ?」
ローレルは複雑な顔をした。咎めていいのか、笑ったらいいのかわからないって顔だ。
「そんなことはとっくに承知の上だ」
「でも……」
「これから少しずつ揃えていけばいいじゃないか」
ローレルの優しい声に、なにも言えなくなった。
「そう焦らなくても、これから二人で少しずつ試行錯誤していこう。今すぐどうこうできないことくらいわかっている。……いくら高価な服を着せられたって、豪華な食事を与えられたって、“私”自身を奪われていたあのころに比べれば、この生活ははるかに幸せなんだ」
……ローレル、ほんとにいい子だなぁ。
さっきまでの不安とか、焦りとか、そういうのがなんだか晴れていく気がした。
「そっか、それならよかった」
「……」
そう言ってはにかんだ私を、ローレルは眩しげに見下ろしながら頭を撫でてきた。




