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ついていく少年

 

 資材庫に籠もっているローレルに一言断って、私は一人で、小屋から少し離れたところにある花畑へと来ていた。

 鬱蒼と茂っている獣道をかき分けていくと、突如現れる開けた花畑。まるで誰かが手入れしているかのように、そこだけ色とりどりの花々が群生している。まさに秘密の花園といった風情だ。

 花を踏み荒らさないように慎重に近寄ると、その中から白と赤色の花を摘み取っていく。適当な量の花を詰み終わると、一息つこうと横倒しに倒れた丸太の上に座り込んで、空を見上げた。

 遠い空はどこまでも高く広がっている。はるか先まで広がる森を超えて、人間の街までも続いて、その先の、あの海の彼方まで――。

 今まで、何千、何万回と見上げてきた空。その空がかつての友人へと繋がっているといくら自分に言い聞かせても、それでも私は結局孤独には勝てなかった。

 一人はイヤだ。でも人間に見つかるのもイヤだ。だからといってここで自決するのも怖い。そんなどうしようもない感情を持て余して、どうにもできなくて、ずっとずっと悩んできた。

 今はローレルのおかげで、そういうこと自体あまり考えなくなっていることに気づく。








 少し休憩したら、詰んだ花を手に小屋への帰途につく。そんなに時間は経っていないと思っていたが、気づいたら、見上げていた空はうっすらと茜色へと染まりかけていた。

 花を手に戻ってきた私を見て、出迎えたローレルはピクリと眉を顰めた。


「随分と帰りが遅かったから、」


 近寄ってきた彼が、いつものように荷物を受け取ろうと手を伸ばしてくる。


「そろそろ探しに行こうと思っていたところだった」


 それに首を振ると、ローレルはわずかにたじろいだ。


「その花束は……」

「ローレル、あのね」


 いつになく緊張している。柄にもなく乾いた唇を動かして、まるで振り絞るように掠れた声を出した私に、ローレルがじっと探るように目を向けてくる。


「ちょっとついてきてほしいところがあるんだ」


 ローレルは探るように、ひたすらに私に視線を注いでいたけど、やがて彼はため息を一つつくと、コクリと頷いてくれた。それにぎこちなく笑い返す。

 いつもこの時期はとても憂鬱で、耐え難くて、自分の感情がコントロールできなくなる。でも、今年はローレルがついてきてくれるのなら、なんとなく乗り越えられそうな気がした。








 翌日。準備を整えて私たちは小屋をあとにした。ちょっとした食料と水と、それからあの花畑でとってきた小さな花束。荷物は全部ローレルが持ってくれようとしたけど、花束だけは自分で持つと首を振った。最後まで頑なに譲らない私に、ローレルは思うところがあったみたいだけど、なにも聞かずに受け入れてくれた。

 朽ち果てた小屋にある転送ポイントから、いくつもの転送ポイントを辿る。最後に着いたのは、これまた朽ち果ててボロボロになった廃墟の屋敷。その屋敷の離れに設置している転送ポイントから辺りを伺いながら外に出ると、ローレルは初めて辿り着いた土地に、警戒するように表情を険しくした。


「心配なら戻る?」


 そう尋ねるとローレルは少し躊躇ったみたいだけど、結局首を縦には振らなかった。


「無理についてこなくてもいいよ」

「あなたは私についてきてほしいんじゃないのか」


 そう問い返されて、黙り込む。


「この先に進むのに、私が必要なんじゃないのか」

「……うん。そう、だけど……」

「だったら行こう」


 それだけ言うと、ローレルは促すように小首を傾げてきた。

 まじまじとローレルを見つめる。

 見た目は大人に仲間入りする一歩手前の少年。若木のように伸びやかな手足は長く、体格は少しだけ華奢だ。だけど、でもそんなたおやかな見た目に反して、彼はどこまでも穏やかで、力強くて、落ち着いている。


「君は……」


 そう言いかけて、口を噤む。今言うべきことはそんなことじゃない。


「……ありがと」


 それだけ言うとローレルに頷いて、鬱蒼とした森の中を歩き出す。かろうじて残っていた轍の跡を慎重に進む。ローレルは黙ってついてきた。








 長時間歩き続けて、やっと目的地へと辿り着く。途中で轍の跡を逸れ、ひたすらに草木をかき分けて進んだ先は、少し開けた崖の上だった。ちょうど設えたように、むき出しの岩石がいくつか散らばるように転がっている。

 引き止めるローレルに大丈夫だと頷きを返して崖先にギリギリまで近づくと、持ってきた小さくて不格好な花束を、そっと置いた。


「ここは?」

「あの先。見えるかな?」


 崖下に流れている川を横断して、さらに広がっている森を抜けた先。

 はるか前方に見えた景色に、ローレルが息を呑む。吹き抜ける風は強く、無意識にマントの前をかき寄せる。あの景色を前に、さらに寒さが増したようだった。


「あれは……“ユートピア”」


 しばらく経ってようやく呟かれた言葉に、ただ頷きを返す。

 唐突に途切れた森の先には、まるで威嚇するように聳え立つ城壁。その城壁に守られるように存在しているのは、高エネルギー魔塊を多量に保有する、人間族最大の城郭都市、ユートピアだった。

 城壁内には所狭しと建物が建てられ、その中にはたくさんの人が、種族が生活しているであろうことが伺える。大小様々な建物がまるでミニチュア模型のようにひしめき合っている中、一つだけ、異色ともいえる建物が中央に鎮座していた。


「あの中央に建っている塔だけど、見える?」

「……ああ」

「あれがね、このユートピアの最大の動力源。魔塊を管理するために作られた紅の塔」


 そばに座るのに丁度いい大きさの岩石が置かれている。いつかの自分が塔を見守るために運んできたものだ。それに腰掛けてローレルを手招きする。隣にやってきたローレルは、表情なくユートピアの街並みを見つめた。


「塔自体は紅くないのに、あの塔には“紅の塔”って名前がついている。なぜだか知ってる?」


 ローレルは静かに首を振った。


「それはね、この塔で管理されている数多の魔塊が、眩しいほどの紅の光を放っているからだよ」

「魔塊」

「うん」

「魔塊というのは、魔石とは違うのか」


 その質問に、ごくりと唾を呑み込む。


「うん。魔塊っていうのは、私たちの“なれの果て”だよ」


 その言葉と同時にローレルが振り向く。その目は戦慄くように、見開かれている。

 ともすれば詰まりそうになる言葉を絞り出すように、口を開く。


「あの紅の塔にエネルギー源として安置されているのは、私の両親を始めとした、かつて有魔族だったものの名残りである魔塊。魔塊っていうのはね、人間族が開発したとある薬を有魔族の体に注入して人口的に作ったもの。その薬を打たれると、有魔族は体が溶けてその身にあった魔力だけが固まって残る。そうして抽出されたものが魔塊。魔塊は魔石よりもずっと伝導効率がいい。含有魔力も魔石とは桁違いだから、だからあの紅の塔の中だけでも、ユートピアを半永久的に補えるほどのエネルギー量が保有されてるんだ」


 ローレルは唇を戦慄かせた。言葉も出ずに目を見開かせて、淡々と語る私を凝視している。


「魔塊に至る段階では、相当な痛みを伴うらしいよ。だって、それはそうだよね、体を溶かされるんだから。……っ、まったく誰が最初にこんな残虐なことを思いついたのかな。他種族だったら命すらもののように扱ってもいいなんて、……」


 そもそも、奴隷印のように意思に関係なく他人を従属させられる魔導具が出てきたこと自体が、間違いだった。

 その魔導具の登場とともに、人間族が一気に覇権を握り、それまで均衡を保っていた種族バランスが瞬く間に崩れ去った。

 特に対有魔族用に特化した魔導具が開発されると、人間の有魔族狩りに拍車がかかった。リスクを冒して魔石を掘りに行かなくても、大量のエネルギー源を確保できる。有魔族の魔力さえ阻害できれば、私たちはとても非力だ。人間族にとっては、それこそ格好の獲物。

 これで一気に数を減らした有魔族は、二通りの道を選ぶしかなかった。決して人間の手の届かない所に逃げ出すか、人間に混じって、人間のふりをして見つからないように隠れながら生きていくか。

 両親は一緒に逃げようと言ってくれた友人の誘いを断って、人間の中で隠れ住むことを選んだ。

 そのときは魔力探査機なんていう魔導具はまだなかったから、うまく人間のふりさえしておけば見つからないだろうという驕りもあった。








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