僕が小説を書けない理由 〜甘酸っぱい青春編〜
小説を書けない。書く気になれない。
そんな時に皆が「ま、そりゃ書けないわな……」と納得してくれるような甘酸っぱい言い訳を考えてみた。
小説を書きたい。書かなければならない。
だが、そう思いながらも書けない時があるのだ。
今日、すごい異世界ものを思いついてしまった。
転生とかチートじゃない、もう完全な新機軸だ。
これはひょっとして天下を狙えるのでは?と、不遜な野心を抱いてしまうほどのアイデア。
やばい。
これはあれだ。
アップした途端にネットがザワつくんじゃないか?
「これ書いたの誰だよ!天才かよ!」って。
僕は一人でホクホクしながら、ノートの端に覚書としてそのアイデアを書きなぐった。
ああ、早く書きたい。
この創作意欲をすぐにでも文字に落とし込みたい。
だが、そうもいかなくなってしまった。
メールが来てしまったのだ。
幼馴染の優奈からだった。
放課後に話があるとか何とか。
面倒だなぁ、という思いを率直に返信したら、いいから来い、と返ってきた。
めちゃくちゃ面倒だなぁ、とは思いながらも、腐れ縁というのはなかなか断ち切れないものだ。
結局、放課後に理科準備室で話を聞くことになった。
幼馴染って厄介だ。
異性の幼馴染は特にタチが悪い。
たまたま近所同士に昔から住んでいるというだけで、運命的な出会いというわけでもない。
子供のころはよく遊んだけど、思春期を迎えるとそれぞれに友達ができて、ちょっと疎遠になる。
でも、それが寂しいわけではない。
さりとて、別に仲が悪いわけでもなく、朝会えば普通に挨拶。
かといって、親友というほど絆や友情を育んでいるわけでもないので、一緒に登下校したりはしない。
おまけに、お互いを恋愛対象として意識するには、距離が近すぎる。
ようは友人未満、顔見知り以上。それが幼馴染の本質だ。
なのに、友人たちに『異性の幼馴染がいる』と話すと何故かめちゃくちゃ羨ましがられる。
場合によってはどこまで進んでるのか、キスはしたことあるのかとバカみたいな質問攻めにあう。
皆、漫画の読みすぎ。そんなロマンティックなものじゃないのだ。
「遅っ。何分待たせるの」
ほら。
理科準備室のドアを開けた途端にこれだ。
いつから待ってたかなんて知らないよ。そっちが呼び出したくせに!
もう友情とか恋とか愛とか、それ以前に人としてどうか、と。
だが、それは決して口にしない。
僕は彼女よりチョットだけ大人なのだ。
すんません、と、心のこもらない謝罪を口にしながら、僕はドアを閉める。
夕陽が直に窓から射して、眩しい。
その光で、教室の中はまるで燃えているように真っ赤だった。
プレパラートに光が反射して、天井に光の帯を作っている。
片づけてないアルコールランプ。
洗いたてのビーカー。
メスシリンダー。
理科室って、光を反射するものばっかりだ。
本当に眩しい。
その鮮烈な光の中に、優奈がいる。
年頃の女子が皆そうするように、スカートを短めにして。
何のために着るのか分からないサマーセーターを着て。
机の上にお尻をのせて、足をブラブラさせていた。
「で、なしたの」
学校で話すのは久しぶりだな呼び出すなんて珍しいじゃないかよほどのことでもあったのか僕で力になれることがあればいいがあまり期待しないでくれよ……という複雑な心情を簡素な言葉に込めて発信した。
「んー……」
優奈は何か言いにくそうにして、じっと僕の足元を見る。
何だよ、もう。
さっきは遅いって言って怒ってたのに。
女の子って本当にわからないなァ……
「ミヤジってさぁ、大和田君と仲いいの?」
大和田?
大和田とは親友だ。
席が隣同士で波長が合う。飯時もトイレもいつも一緒だ。
「仲いいよ」
「ふうん……」
「なんで、大和田の話?」
「別に……」
また、黙り込む。
でも、僕はもう、うすうす感づいてしまっていた。
さては、優奈のやつ、大和田のことが好きなんだな、って。
スポーツもできて、成績も良いし、背は高いし、家は金持ち。
確かに、大和田は男の僕から見ても優良物件だ。
「大丈夫だ、大和田は彼女いないよ」
「え!?」
僕はこの会話のショートカットをするために、優奈の聞きたいであろうことを先取りで発信してみた。
「告白するならお膳立てしてあげるよ」
「そ、そ、そんなこと頼んでないじゃん!何を勘違いしてんの?ばーかっ!」
ほーほー、まだ否定しますか。
ですがお嬢さんね、バレバレですよ。
「素直になれ。愛は犯罪じゃない」
「いや、だから……!もう!」
「大和田はいい奴だよ。竹馬の友さ」
「ち、ちくわの友だち……?」
ちがーうっ!
「チクバ!竹馬のこと!」
「え?なんで、竹馬?」
「な、なんで!?なんでって……」
いや、待てよ……本当になんで竹馬なのだろう?
竹馬で遊んでるころから仲がいいとか?
しかし、僕も含めて現代の子供は竹馬で遊んだことなどないのではないか……
ひょっとして時代錯誤な表現なのかもしれない。
感慨の伴わない言葉が、実用から離れて廃れていくのは時代の流れなのだろうか。
「時代、かぁ……」
「どうしたの急に」
「あ、ごめん。滅んでいくものに思いを馳せていたのだ……」
「それって……ちくわ?」
「ちくわは滅ばない。あんなに美味しいものが。いや、そもそもちくわの話じゃないって!」
「あはっ、もうホントーにわけわかんない」
「こっちだってわけわかんないよ」
「いきなりちくわの話するんだもん」
「してないよ!」
「ふふ……!」
優奈は笑った。
つられて、僕も笑う。
あれっ?
何だ?
今、めちゃくちゃ楽しいぞ?
こんな風に彼女と話したのはいつ以来だろう?
「ホントにバカね。昔からそうだったけど」
「そうかなぁ?」
「……ねぇ、まだ小説書いてるの?」
言われてドキリとする。
え?そんなこと言ったっけ?
はるか昔、小学生の時にうっすら言ってたかも。
でも、覚えててくれたのか。
「書いてるよ」
「今度、読ませて」
「ネットに上げてるよ」
「ホント?じゃあ、読む」
マジで!?
オーケー、読むならレビューつけて感想欄に感想書きこんでポイントもしっかり満点入れてくれよな!
と、思ったけど、そこまで求めるのは酷か。
むしろ僕のアホな小説を読んだらガッカリするんじゃないか。
「あんまり読まないほうがいいかも」
「なんで?」
「たぶん、君が考えてるような高尚な小説じゃない。アホな小説だよ」
「じゃあ私の考えてる通りじゃん」
辛辣!
でも、期待値が高いよりは、うむ。
「あ、そうだ、大和田のことは?」
本題を忘れるところだった。
楽しい会話で、僕のガードももうすっかり緩んでる。
今なら大和田のあらゆる情報をリークしてやるぞ、優奈!
僕はスパイになる覚悟を決めた。
「あ、ああ、大和田君……そうだ、大和田君のこと」
「忘れてたのか」
「わ、忘れてないっ!あんたが変なこと言うから」
「すまぬ」
「はー……なんか、もう、どうでもよくなっちゃった」
「どうでもいいって、それは大和田に失礼だな……」
僕は、もう核心に切り込んでみようと思った。
「大和田のこと、好きなの?」
「え?ええっ!?ち、違う!さっきから、あんた誤解してる!」
優奈は真っ赤になって首を振った。
「誤解?」
「私じゃなくて!友達のマユに頼まれたの!大和田君に彼女がいるか聞いてって!」
「へ?」
「さすがに本人に聞くのはちょっと……だから、あんたに聞こうと思ったの!」
「なんだぁ」
と、言いながら、僕はなぜかホッとしていた。
なんでホッとするのか?
我ながら不思議だ。
大和田に幼馴染がとられるような、なんていうか、寂しさのようなものを抱いていたのかもしれない。
自分の手元にあるものはどんなものでも他人に渡したくないという、子供じみた独占欲なのだろうか?
僕はちょっとだけ、そんな自分にガッカリしながらも、あらためて優奈を見つめた。
なんだかんだで、女の子らしくなったなぁという感慨が湧いてきた。
彼女もその視線に気づき、僕を見つめてくる。
あれ……?
なんだろう……?
なんだか……
ちょっと……
ドキドキ……
してきた……
これって……
まさか……
いや、そんなまさか……
「ねぇ、ミヤジ……」
優奈が口を開いた。
僕たちはまだ見つめ合ったままだ。
気のせいだろうか?
彼女の瞳が潤んでいるように見えるのは?
「ミヤジは……さ。す、好きな子とか……」
だ、だ、だめだぁ、優奈ぁ……
そ、そんな質問……っ!
「好きな子とか……いる?」
あ……
あわわ……っ!
そんなわけで、今日も僕は小説を書けそうにない。