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慈しみに溢れた声

「それで、きみが我が家を取り仕切ってくれていたということだが、こちらの…ああ。紹介がまだだったね」


旦那様が隣に座るミア嬢を見て、温かい微笑みを交わす。

その時の、二人の様子はとても親密そうで…心が通い合っているように見えてしまった。


その度に私の心は鋭い針で刺されたかのように痛みを感じる。


「ミアだ。崖から落ちたところを保護してもらって、世話になった。身寄りが無いと聞いて、一人で置いて行くのも心配でついてきてもらったんだ。ミアに滞在する部屋を案内してもらえるだろうか。そうだな…私の隣の部屋はどうだろう。空いているし丁度いいだろう。近くにいてくれた方が私も安心だ」



旦那様の部屋は公爵家当主の部屋であり、その隣は公爵夫人の部屋…妻である私の部屋となっている。旦那様が行方知れずと聞いてから不安で旦那様部屋のベットを使用していたので、隣の公爵夫人の部屋は片付いてはいるだろうが…


あそこは私の部屋だ。


今は妻と名乗れなくても、あそこはわたくしの部屋。誰にも譲りたくない。


しかし、この気持ちもわがままなのだろうか

記憶を無くされていると言っても、旦那様の気持ちを優先するべきなのか…


いいえ。正当な妻は私である。それは覚えてなかろうが、恋人がいようが…変わらない。


そう思うのだけれど…


「確認して…掃除や模様替えなどもございますので…お時間を頂きますわ。その間、南側の日当たりの良いお部屋をご用意いたします」


「ふむ。それだったら…」


「わざわざお手間をとらせてすみません」


今まで大人しく旦那様に寄り添っていたミア嬢は、とても幸福そうな顔でたおやかに笑んでいる。


ミア嬢の潤んだ宝石のような目には、さぞ滑稽な芝居に見えるだろう。

私は臆病にも旦那様に自分が妻であると名乗れなかったのだから。


私は旦那様が怪我をした直後の様子も、歩けるまで回復する様子も知らないのだ。


側で見て、看病し付き添ってくれたミア嬢に

また倒れるかもしれないと言われたことに臆病になってしまった。


当主代行としてしっかりせねばと強がる私の影に隠れた本当の私は怖かったのだ。


馬車から降りられた旦那様のミア嬢を見る、幸福そうな目。


私を警戒する目。


私を知らないという旦那様。


全てが怖かった。


情けない。



ミア嬢が私から視線を外し、隣に座る旦那様の顔を覗き込むように上目遣いで見上げる。甘えるような仕草をしながら囁く声が耳にも届いた。


「でも、私のために掃除や模様替えなんて……皆さんもお忙しいでしょう?だから、私はジョシィと同じ部屋で大丈夫。だって、今までも同じ部屋にいたのだもの。急に離れたら寂しいわ」



は、と息が漏れた。


未婚の女性であるミア嬢…

旦那様の恋人だという彼女…


もしかして…


頭に過った推測に、吐き気が込みあがった。


歯を食いしばり、耐えるけれども頭の中に過る推測は確信になってしまいそうだった。


そんな、まさか、でも


自分に都合良く解釈しようと、考えすぎだと自分を落ち着かせようとしていたのに。

次に聞こえてきたのは、そんな往生際の悪い自分を殺す言葉だった。


「それにお父様と離れてしまうなんて、この子もさみしいと言うわ」


ミア嬢の慈しみに溢れた声だけが、部屋に朗らかに響いた。



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