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【完結】旦那様。寂しいですが、お幸せに。~記憶喪失は終わりか始まりか~  作者: コーヒー牛乳
旦那様。寂しいですが、お幸せに

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祝福していた


一人で広い食堂を使い、朝の食事を済ませた。

旦那様の帰りを待っていた朝より味を感じなかった。


どうしても食事が進まず丁度良いところで食事を切り上げ執務室へと向かった。

旦那様が静養をされる間、引き続き私が執務を進行させることにしたからだ。


今まで旦那様が戻られるまでの中継ぎとして執務処理を進めていたけれど、静養されるのならば優先順位を決めて私の方で進めるしかないわね……


執務室に入るとメイドが換気のために窓を開けていてくれたのか、穏やかな風が髪を撫でた。


また宜しくね、と挨拶するようにマホガニーの重厚な造りの机をサラリと撫で、そのまま光が差し込む大きな窓から中庭を見下ろす。


春の盛りを過ぎ、次の季節の花々が咲き誇る中庭は私も旦那様もお気に入りだ。


幼い頃はクリフとマックスと歩き回り、かくれんぼや追いかけっこをした。

旦那様と婚約を結んだ後は、二人で肩を並べこの庭を歩きながらお互いのことを話し合った。

そして、結婚後からは二人で手を取り合い歩いた。未来の話をしながら、春の庭を歩いた。


それはまるで夢のような光景だった。


温かい手に包まれ、花が咲き乱れ、視界に入る全てが私たちを祝福していた。

これからの未来に胸を弾ませ、旦那様と共に歩んでいこうと……



ふ、と

またあの歌声が聞こえてきた。

静かな深い海に響く、切ない歌声。


自然と声のする方に視線が行ってしまう。そこには、ミア嬢と手を握り合い木陰で休む旦那様がいた。


その手は今朝まで。

起きるまでは。私に温もりをくれていたのに。


朝になったら、また旦那様は私を忘れてしまった。





芽生えた気持ちを振り切るように窓を閉め、カーテンも急いで閉めた。

まだあの歌声が聞こえてくるようだった。

歌声が耳に残り、あの二人の姿が瞼の裏に残っていた。


「奥様」


いつの間に入室していたのか、突然聞こえてきたステファンの声にビクリと体を揺らしてしまう。


「──ごめんなさい。さ、始めましょう」


いつから見られていたのか。バクバクと煩い心臓の音を無視し、カーテンから手を放す。今だけは表情を、心を読まれたくなくてステファンの視線から逃げるように机に向かう。


「……始められる前に、クロッシェン候よりお手紙が届いております。」

「お父様……」


ステファンが差し出した銀のトレーの上に置かれた、クロッシェン侯爵の紋の封が捺された手紙を受け取る。既に封は切られている。有能な執事はいつものように内容を検めたのだろう。重たい気持ちで中身を確認すると、いつも通り簡素なメッセージが一言だけだった。


「……お会いして説明するわ」

「はい。午後に伺う予定にしております」

「気が重いわね……」

「”旦那様”はとても楽しみにされていましたよ」


この場合の”旦那様”はお父様のことだ。

ステファンは元々、お父様の従僕だった。私がアドラー家に輿入れすることが決まってから、私付きの執事となり侍女のアビーと一緒に私の側に着いてくれるようになった。


恐らく、ステファンは公爵家の領地経営の内訳、業績、内部事情を知るためのお父様の”耳”であり”目”なのだろう。私の味方ではあるのだろうけれど、ステファンが本当に主だと思っているのはお父様なのだと思っている。


だろうと推測するしかないのは、お父様は変なところで私を”箱入り娘”にして事情を隠すからだ。駒として使うなら、全てを知りたいのに。


「さて。”旦那様”にお伝えする前に、私にも教えていただけますか? ”ルートンの歌姫”のことを」

「もう知っているじゃないの」


手紙を銀のトレーへ戻すと、今度はステファンが振り分けた優先順位の高い書類を手渡された。


「直接のお話を聞きたいのですよ」

「では、一緒に歌姫のお話を聞きましょう? 確認したいことがあるの」


書類から顔を上げると、いつも無表情な執事は少しだけ口端を上げていた。





暫くして旦那様が自室に戻られたと聞き、ステファンと共に南側にある客間を訪ねた。


クリフの部下である騎士が私たちに気付くと、客間の扉をノックした。

返事よりも先に扉が開いたことに少し驚いたが、そのドアの中から覗いたミア嬢も私たちが来客者だと知ると驚いていた。しかし、すぐに穏やかな表情に戻すと私たちを中へと通した。


メイドが紅茶を用意する音だけが部屋の中に聞こえていた。メイドが下がったことを確認し、口を開いた。


「昨日、お医者様に旦那様を診ていただきましたの。お怪我は無かったのですって。ミア様から聞いていたお話と違うものですから、詳しい話を聞きに来ましたの」


お互い、用意された紅茶には手を付けなかった。


ミア嬢は大きな瑪瑙色の瞳をパチリと瞬きをした。


「──怪我が無い…?では、治ったのですね! よかったです!」


心から安堵した、というように胸の前で両手を重ねふわりと笑むミア嬢は天使のように清らかだ。

その天使を疑い、問いただそうとする私は……


怯む心を叱咤し、昨日から悶々と心に残っている疑問を問うた。


「いえ、そういうことでは無いわ。──元々、お怪我などされていなかったのではなくて?」


「いえ、そんな、ジョシィはとてもひどい怪我で……」


「具体的にどのような怪我だったのか教えていただけますか? それに、旦那様とあなたは以前からのお知り合いだったのでしょう? 旦那様のことをご存じだったはずですわ。それなのに、なぜ一月も隠れていらしたの?」


少し言葉が厳しくなってしまったが、はやる気持ちが抑えられない。

なぜ、何が本当なのだろう。



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