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【完結】旦那様。寂しいですが、お幸せに。~記憶喪失は終わりか始まりか~  作者: コーヒー牛乳
旦那様。寂しいですが、お幸せに

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心が凍っているのね

扉の陰に立っていた私の横をスルリと、あの赤毛が通った。

旦那様へと伸ばした手を払われたときに香った、旦那様と同じ香りがした。


「ジョシィ!こんなところにいたのね。酷い汗だわ…今日は疲れたでしょう、休まなきゃダメよ」


心に寄り添うような、耳に入れば心に光が差し込むような声色だった。

通り過ぎた赤毛を目で追って振り向けば、ミア嬢は真っ直ぐ旦那様へと近づき座り込む旦那様を優しく聖母のように包み抱いた。


取り乱していた旦那様はミア嬢の体を振り払うことは無かった。添えられたミア嬢の白い手に、そっと自身の手を重ね頭を預けていた。


その様子から、私には侵入できない二人の関係性が見えた気がした。



呆然と立ち尽くす私にやっと気づいたのか、ミア嬢の瑪瑙色の瞳がこちらに向いた。


「あら、クリスティーナ様。気づかず、すみません。ジョシィと一緒にいたんですね…

ジョシィは疲れているみたいだから、迷惑をかけてはダメですよ。どうか休ませてあげてください」


まるで自分の方が旦那様の事をよく知っている、というような口調だった。


胸に抱いた旦那様の顔をのぞき込み、頬を撫でさするミア嬢を見ていると、私が知らないだけで二人は何度もこうしてきたのだろうかという考えに支配される。


「ジョシィ大丈夫?こういう時は私の淹れたハーブティーを飲んで休みましょう?ジョシィが好きだって言ってくれたハーブ、持ってきたのよ」


見たくない!聞きたくない!と叫びだしそうになった。

私の知らない二人の時間なんて知りたくないのに、私の足は縫い付けられたように動かない。


暴れ出してしまいそうな自分を抑えるように短く息を吐く。


「…まだ旦那様とお話がありますの。ミア様は外してくださいますか。屋敷の中を一人で歩かれては困りますわ。メイドに案内させますので…」


内に暴れる感情を抑え、口端を無理やり持ち上げる。

ミア嬢を部屋に案内したメイドはどこに行ったのだろう。南の部屋から一人でこの執務室まで来たのだろうか。


暗に部屋に戻るように言われたことが不満だったのか、ミア嬢は丸い目を大きく見開いていた。瞳がジワジワと潤んでいく様子が私からも見て取れた。


「そんな…!クリスティーナ様、ジョシィの顔色を見て。ひどい顔色だわ…!こんな状態のジョシィを置いて行くなんて…ッ 私には出来ないわ!」


「…医師を手配しておりますので、ご心配には及びません。私と旦那様は急ぎ、公爵家の話をせねばなりません。ミア嬢はご退出くださいませ」


「なら私も同席するわ」


「いいえ。“私たち公爵家”の話ですの。ミア嬢は遠慮してくださる?」


確かに旦那様の様子はただ事では無い。

しかし、公爵家がなすべき仕事は待ってはくれないのだ。


領地経営、共同事業、遺族への弔問…

仕事をするにあたって、私を妻だと知らないと困る場面はいくつも考えられる。夫婦での招待を受けた時に、まさかミア嬢を伴うわけにもいかない。


旦那様が不在の間は私が当主代行として決裁出来たものも、旦那様が戻られたのであれば決裁権を戻さなければならない。もし旦那様の回復を待つのであれば、その間に妻が代行を継続するとして然るべきやり取りが必要なのだ。


「なんて冷たい人なの…さっきも、今も、まるでジョシィのことなんて考えていないわ!ひどい人。お優しそうな人かと思っていたのに、心が凍っているのね」


ミア嬢は恐怖と悲しみに耐えるように胸の前で手を組み体を震わせている。


本当に凍り付いて、何も感じなくなればいいのに


そんな非現実的な事を考え、目を伏せることで心を固くする。簡単に揺れないように。


「……ミア様のお医者様もいらっしゃいます。お部屋でお待ちください」


「いやッいやよ!あなたは私とジョシィの子が邪魔なんでしょう?あなたのような冷たい人が呼んだお医者様なんて…私、怖いわ…ッ」


「そのようなことはありません。お子様の様子を診るだけです」


ミア嬢は怯えた様子で今度は旦那様の胸に顔を埋める。助けを求めるようにイヤイヤと赤毛が揺れた。


「イヤよジョシィ!私、クリスティーナ様が怖い……ジョシィの赤ちゃんに何かあったら…私…!」


ミア嬢がハラハラと涙を流す姿は、なんとも悲しげで本当にひどいことをしているのではないかという気分にさせられた。


旦那様も戸惑っているようで、なだめるように腕を摩り耳元で何か囁いているようだった。

それに対してミア嬢が顔を上げ、上目遣いで花開くように微笑んだ。


茶番だ。

私は2人を盛り上げるための当て馬では無い。


黒い気持ちが渦を巻き、黒いものに体を支配されそうになった時


「大丈夫か」


すぐ後ろから、力強い声がした。

私を守るように。


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