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始まりと終わり

「申し訳ないが…あなたは誰だろうか…」


頭を軽く横に倒すと金に輝く髪が揺れた。

深い蒼の瞳は鋭い光を放っている。

人を従えることに慣れた声は、警戒の色が強いようだ。


大きな手が、隣にかける赤毛の女性の手を握っていた。



私は知っている。



その輝く髪の手触りを。


今は鋭い目が、優しく包み込むような温かさをもつことを。


その声が私の名を呼び、心を震わせることを。


その手が私をかき乱すことを。



あなたが私の旦那様であることを。






あの日、旦那様は領地の視察から戻る予定だった。


旦那様の乗る馬車が崖から落ちたと早馬が私の元に届いたのは、待ち人が帰らぬ悪夢の日から1週間が経ってからだった。


皇太子殿下の厚意で騎士団を捜索に派遣してくださり、残された私は王都の邸で旦那様の代わりに仕事や連絡の算段をつけ眠れぬ日々を過ごした。


会いたい気持ちが、崩れそうな私を支えていた。

無事を信じ、見つかるはずだと強く強く願った。


あの逞しい体に抱きしめられると安心した。

あの輝く金の髪に手を通すと心が温かくなった。

あの深い蒼の瞳に絡め取られ、

低く響く声が私の名を呼ぶと心まで震え、

あの大きな手が私を捕えて離さない。


この結婚は家同士の絆を強固にするための政略結婚だった。しかし、旦那様は私を大切にしてくれた。

愛していると、何度も何度も教えてくれた。


結婚してからまだ日が浅く、二人の思い出は数えるほどしかない。


まだこれからなのだ。




見つかったと連絡があったのは、ひと月後のことだった。

その連絡を受けた時。私は倒れたそうだ。安心して気が抜けたのかもしれない。


それから到着を今か今かと待ち続けていた。


もう待つ日は終わった。

やっと、旦那様が帰ってくるのだと思うと嬉しくて嬉しくてまた碌に眠ることが出来なかった。


執事に座って待つように言われても待ち切れず窓から外を覗き見て旦那様の馬車が来るのをずっと待っていた。


遠くの方からやってくる馬車の影を見つけ、急いで外まで向かう。


エントランスを抜け、扉を開ける。メイドがドアを開けるまで待てなかった。


やっと、やっとだ。


旦那様が乗った馬車が屋敷の前に着いた。


御者が扉をうやうやしく開くと中から長身の旦那様が降り…


そのまま振り向くと車内に向かって手を差し出した。


その手に白く小さな手が重ねられ、私と同じか…いや、私よりも赤みの強い赤毛の髪を揺らした女性が出てきた。

その女性は私と同じ歳ほどの年頃だろうか。


旦那様はその女性の腰に手を回すと私に向けていたような、優しく温かな目を向け優しく微笑んだ。



旦那様に会えると歓喜していた心が凍る。


その方はどなたでしょうか…






やっと会えたはずの旦那様は、私をチラリとも見ずに屋敷の中へ


女性を連れて行ってしまった。



私が見えないのか。



凍り付く心と強張る体に使用人たちの戸惑いの視線が刺さった。


いけない。私まで戸惑ってしまえば、困らせてしまうわね。


「用意していたお茶を…応接室に移動してもらえるかしら。お客様の分も急ぎお願い」


努めて落ち着いた声色で側に立つ無表情の執事に指示を告げると、何を考えているかわからない態度が常のこの男は是と頭を下げた。


戸惑う使用人たちに次々と指示を出す執事を横目で見ながら、右手首にかかっている旦那様から頂いた金のブレスレットを撫でた。


大丈夫ですよね。旦那様。



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