1-7『前代未聞ですぞ』
「ねぇキリマル、溶けるって?」
「あぁ、それについてはちゃんと説明しておりませんでしたな。『闇』に飲み込まれた者はですね、徐々に肉体も『闇』に溶かされて曖昧になっていくんですよぅ」
まぁ元は同じモノですからなぁ、とキリマルが言う。
魔物と同様に、配下もまた『闇』から生まれる。魔物との違いは魔王を介して生まれるか否か、それだけだ。
その僅かな差で片や理性のない化け物となり、片や理知のある存在となるのだからなんとも興味深い。
「魔物に変質することはありませんよね?」
「ああそれはご心配なく。召喚された時点で配下は魔物とは別物として確立されておりますゆえ」
「それを聞いて安心しまし——主サマ?」
「ジュゼート落っこちないでね?」
「何を心配しているんだか。そんなヘマはしませんよ。主サマじゃあるまいし」
「どういう意味だそれ——」
「まぁまぁ魔王様。……それで魔王様はあのエンジェルをどうしたいですかな?」
キリマルにそう尋ねられて、810は神妙な顔つきで青年を見た。
「どうっていわれても……」
青年を気遣うような視線にキリマルは何とも言えない顔でため息をつく。
「魔王様ぁ……この先領域戦が解放されれば魔王の消滅なんてそれこそ日常茶飯事になりますぞ? いちいち同情していたら身が持ちませんぞ」
「領域戦?」
耳をかすめた聞き覚えのない単語にジュゼートが眉を顰めた。
「魔王レベル5で解放される権限の一つですな。これが解放される事でいよいよ他の領域の魔王との戦いが始まるのですよぅ」
生き残りは領域戦が解放されてからが本番だ、とキリマルは言う。
「そんなわけで魔王様! いい加減配下増やしましょうよぅ。魔王レベル3で配下一人とか前代未聞ですぞ」
「えっ今その話する……?」
キリマルのジトっとした視線に、810は目を泳がせた。
魔王には使命とは別に、自領域の運営が課されている。
その『領域運営』で行うことは主に二つ。一つは『戦力強化』、そしてもう一つは『領域整備』だ。
前者は、先程キリマルが述べた通り主に戦力となる配下を増やす事である。
配下の増やし方は主に2通り——通常召喚と特殊召喚だ。
通常召喚とは、時間経過で魔王に付与される『カスタムポイント』と呼ばれるものを消費して行う召喚である。
召喚できる配下は魔王レベルが高いほど増えていく仕様となっており、魔王レベルが低いうちは低レアリティ――レアリティは上はSSからの下はFまである――の配下しか召喚できない。とはいえカスタムポイントさえ貯まれば配下を手軽に量産できるので、魔王が多用するのは専らこっちの召喚だ。
一方特殊召喚とは、カスタムポイントとは別の『召喚ポイント』と呼ばれるものを消費して行う召喚である。
召喚できる配下は魔王のレベルに依存せず、レアリティDからSSの配下を召喚可能だ。ただし何が召喚されるかはわからない。
後者は、カスタムポイントを消費して侵入者対策として領域の構造や内装を変えたり罠や武器を作ったり、寝食が必要な配下の食料――魔王には寝食の必要はない――の用意といった生活の基盤を整えるものだったり整備と言ってもやる事は多岐に渡る。
故に領域運営においてカスタムポイントの配分は地味に重要な要素となってくるのだが、810は後者へ非常に重きを置くきらいがあった。
「当方は領域整備はほどほどにって何度も言ったはずですぞ!それなのにぜーんぶ領域整備の方につぎ込んでしまわれるんですからもー!」
「説教は後で! 今はお兄さんについてだよ」
「ついてもなにも、それならもうソレを配下に加えればいいでしょう。そうすればどちらの問題も解決です」
2人と1匹の視線が青年へと集中する。
いきなり話題に上げられた青年はびくりと肩を跳ねさせた。
「ジュゼートはいいの? 相性とかって……」
「主サマにしては珍しく即答しないと思ってましたがそれを気にしていたんですね。いいもなにも現状手っ取り早く戦力を調達する方法がこれしかないんですから仕方がありませんよ」
己の存亡をかけた戦いに、相性だ何だと贅沢を言っていられる状況ではないのは確かだ。
「というか、本人にまだ了承を得てもないんだけど」
「了承するしかないでしょう? 断ったら経験値一択ですし。それでは主サマ、説得頑張ってください」
「……はぁーい」
青年の元へそわそわと向かう810を横目に、キリマルはなんとも言えない顔でジュゼートを見た。
「強引にまとめましたけど配下2名って別に解決しておりませんからな?」
「今はそれでいいでしょう、キリマル」
「ジュゼート殿は魔王様に甘いんですからもー……」