幕間6『面影』
時系列的にはマクベス達がちょうどヤトを見送った時のお話になります。
「アー君……」
ざわめきの中で、カトレアの呟きがやけに大きく聞こえた。
おそらく無意識にこぼれた言葉なのだろう。視線を向ければ逆に不思議そうに首を傾げられた。
「マー君?」
「別に」
先ほど一瞬だけ見えたどこか懐かしむような、それでいて悲しみを耐えるような——そんな表情。後ろめたさから視線をそらした俺は誤魔化すように人混みに消えつつあるヤトの姿を見やった。胡散臭い野郎が語った内容のせいか、その後ろ姿にあいつを重ねてしまう。
「そういえばマー君、今日はいつもよりちょっと楽しそうだったわね」
「あ?」
不服にもそう言われて、思い出す。
思えばあいつ――アドニスとの出会いもまた宴だった。
*
出会い方もヤトと似ていて、人混みの中でバランスを崩したあいつが俺にぶつかってきたのが始まりだ。
無言で睨みつけた俺に対し警戒するでもなく緊張するでもなくなさけない顔であいつが謝るものだから警戒するのも馬鹿らしく感じたのを今でも覚えている。
さらに言えば、突っ込んできた理由が『はぐれた配下を探して周囲を見渡していたらバランスを崩した』だった事も。不用心すぎて呆れ返ってしまった。
そんなわけで当初アドニスに対して抱いた印象は『なんだこの能天気な阿呆は』だった。
おまけにあいつからは魔王ならば備わっているはずの威圧が全く感じられず、この弱さではすぐに淘汰されるだろうな——というのが正直な感想だった。
後にあいつからの同盟を受けたのも、情報収集とあいつの配下が回復系のスキルを有していたからである。ただの損得勘定からだった。
そんな俺に対し、嬉しそうに「よろしく」と笑うあいつの能天気さに始終呆れていたのをよく覚えいている。
あいつは弱いながらも予想外にしぶとく生き残り続けた。必然的にあいつとの付き合いもそれなりに長いものとなった。
それだけ長く関わっていれば、あいつがただの能天気な阿呆じゃない事は嫌でも分かるし、あいつの異質さもよく分かる。
魔王を屠る事に罪悪感など感じた事がなかった。強い者が生き残り弱いものが死ぬなんて当たり前だ。
配下だってそうだ。課せられた使命を果たす為に召喚した創造物にすぎない配下の消失自体に嘆いた事はなかった。
だがあいつは違う。へらへらと笑いながらその裏では、あいつのために消滅した配下や屠った敵の命を――背負い続けていた。
正直俺には全く共感できない。そんなもの、背負い続ける事に何の意味がある。
そう言えばあいつは寂しそうな顔で笑った。だから、……せめて理解ぐらいはしてやりたいと思った。
今思えば、俺もまたあの時からすでにあいつに感化されて普通ではなくなりつつあったのかもしれない。
普通の魔王は、意味のないことを理解しようだなんて——思わないだろうから。
*
「マー君?」
その声に、我に返る。今はまだ宴の会場だ。こんなところでぼけっと突っ立ているなんざ、いくらなんでも不用心すぎる。
込み上がってくる自嘲を飲み下しながら、俺はカトレアを振り返った。
「帰るぞ」
「はぁ〜い。あっそうだマー君、帰ったらエビネちゃんに付き合ってあげてねぇ〜」
「は?」
「試作武器の試し打ちとかケーキの味見とか……色々準備しておくって言ってたのよねぇ〜」
「待てなんだそれは」
「さぁ〜行きましょう〜マー君」
カトレアの表情に哀惜の色は見当たらない。その事に少し安堵を覚えた。
そんな事を考えるのはあいつに植え付けられた厄介な感情のせいだ。
今日も、明日も——この先も、きっと。この感情に振り回されながら生き続けるのだろう。
「……いや、違うか」
生き続けなければならないのだ。
あいつを殺した奴らの息の根を止める——その日まで。




