2-19『それでは帰りましょうか、主サマ』
「それじゃあそろそろお別れかな」
これまでの騒々しさが嘘のように何事もなく時が過ぎ、先程終わりの合図が告げられた。
会場の少し外れたところで帰路に着く魔王達を眺めていたヤトはシローへと視線を向ける。
「シロー、今日は説明とかたくさんしてくれてありがとうね」
「お役に立てたのなら光栄だよ」
今この場にはヤトと同盟を結んだ魔王――ヨシュアとマクベスとシロー、そして彼らの配下達が残っていた。
「あーんこれでジュゼートちゃんともお別れなのねン。別れの前に、抱擁を――」
「皆様、それではお先に失礼いたします」
「あっちょっとメルちゃん!?」
ヨシュアが行動を起こす前に彼の首根っこを掴むと、メルヒオルは一礼して去っていく。
人混みの中へヨシュア達が向かうのをヤトはぽかんとした顔で見送った。
「あらら、ヨッシーとメルヒー行っちゃった……」
「嵐のような奴らだったな」
「ふふ、彼ららしいね。さて、俺達も行こうかアイリス」
「はい、主」
それじゃあまたね、とアイリスを引き連れ人混みへ向かうシローに、ヤトはバイバイと手を振った。
「ああそうだ」
数歩進んだところで、ふいにシローの歩みが止まる。
「これも何かの縁だ、……何かあったらいつでも相談してね」
「え」
振り返ったシローと視線が交錯する。
弧を描く鈍色の瞳に何か含みのようなものを感じて、ヤトの表情に戸惑いの色が混じる。
そんなヤトを見てニコリと微笑んだシローはそれ以上何かを告げることなく、アイリスと共に人混みの中へと消えてしまった。
「そういうところが胡散臭いんだっての……」
トン、と。
ぼんやりするなと小突かれた額を抑えながらヤトはマクベスを見上げた。
「マー君」
「ほら、お前もさっさと帰れ」
「うん。……マー君あのさ」
ふわり、そう表現するのが似合うようなあどけない笑みがヤトの顔に咲く。
「今日はありがとう。僕ね、マー君に会えて良かった」
その言葉に、ほんの一瞬だけマクベスの動きが止まった。
「何が『良かった』だ、この能天気め。せっかく俺が同盟を組んでやったんだ、下手こくなよ」
「が、がんばるし」
「なんだその返事は。……はぁ、あいつじゃないが暇な時なら相談に乗ってやらんこともない」
「マー君ってなんだかんだ優しいよね」
「別に。…………優しくなんてないさ」
言葉を紡いだその表情が何故だか苦しげなものに見えて、ヤトは思わず目を瞬かせる。
気になってもう一度伺い見れば、そこにあったのはいつも通りの顰めっ面で。
見間違いだろうかと首を傾げていたら、モタモタするなと送り出すように背中を押されてしまった。
「それじゃあまたね、マー君! カトレアおかーさん!」
「ばいば〜いヤトちゃん! それにジュゼート君も。またお話ししましょうねぇ~」
もう一度振り返って、マクベス達に力一杯両手を振る。
1日にも満たない時間の中で様々な出会いと別れがあった。
この経験がヤトの進む未来にどのような影響を与えるのか、それは誰にもわからない。
「それでは帰りましょうか、主サマ」
「……うん!」
元気よく返事を返したヤトは、差し出された手に自身の小さな手を重ねた。
既に大多数の魔王が帰路についているからか、ヤト達は人混みに流されることなく石造りの門の前へと辿り着く。
青白い光を放つその門をくぐれば宴会場ともお別れだ。
「ねぇねぇゼト、せーのでここに飛び込も——」
「行きますよ主サマ」
「あっゼト待ってよ!」
様々な思惑が交錯する中、こうして長いようで短かった宴が幕をおろしたのであった。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
二章はこれにて完結です。
また今後の予定については活動報告に記しております。




