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2-16『……おのれ低身長!』


「え……?」


 スクリーンを見上げるヤトの表情は困惑に彩られていた。

 それもそうだろう、てっきり血みどろの惨状が広がっていると思いきや、砕けた人形の破片が散らばっているだけだった。


「ベアトマリーは人形種の魔王なんだ。だから体の構造も人とは違うんだよ」

「じゃああれってやっぱりベアトマリーなの? ってことは――挑戦者が……勝っ、た?」


 途中まで驚異的な強さを誇っていたベアトマリーがああもあっさりと負けるなんて誰が予想できるだろうか。呆然と見上げたスクリーンに映るベアトマリーがピクリとも動かないところを見るに勝敗は決したようなものだろう。

 相手の魔王は動かぬソレを何度も執拗に踏みつけ破壊したかと思うとダメ押しとばかりにブレスを浴びせた。

 青白い炎に飲み込まれるソレを前にやっと安堵したのだろう、深く息を吐き出した魔王はややあってから勝利の雄叫びをあげた。


 一方でホロウの方もほぼ勝敗は決しているようなものだ。

 手足と羽をもがれ随分と体積を減らした挑戦者が芋虫のように地を這いつくばる様子を無感動に見下ろすホロウに負傷した様子は見られない。

 この分ではそうそう逆転劇も起きないことだろう。

 虫の息の魔王を前に何を思ったのか、ホロウは突然その頭を乱雑に掴み上げその身を玉座に置いた。

 玉座の青色の背もたれが魔王から溢れる鮮血で斑に染め上げられていく。


「せめて魔王らしく、玉座の上で――散れ」


 痛みに呻く魔王の頭を優しく撫でたホロウは――次の瞬間己の腕で魔王の胸を突き破った。

 心臓を抉りだされた魔王はゴポリと血を吐き痙攣すると――やがてくたりと動かなくなる。


 ひどく静かな幕引きであった。






「ベアトマリーって子、なんだか最後はあっさりと負けちゃったわね」


 消化不良だとでも言うようなヨシュアの隣、その配下であるメルヒオルが口元に軽く人差し指を当てながら思案するようにじっと画面を見上げている。


「……ナンバーズともあろう魔王があんな風に散るものでしょうか」

「あら、メルちゃんたら疑い深いわねン」

「ええ主とは違いますので」


 配下らしからぬ安定の塩対応にヨシュアがもう!口を尖らせたが、メルヒオルはそしらぬ顔だ。


「ところで、いつ終わるのかしらン? 何か合図とかないわけ?」


 そう――勝敗は決したはずなのにこうして会話している間も生き残った魔王達はまだ皆スクリーンの向こう側におり、戻ってくる気配はない。

 疑問に思ったのはヨシュアだけではないのだろう、困惑が会場の中に蔓延していた。


「……合図はもうちょっとしたらかな」


 ざわつきの中、ぽつりとシローが呟く。え、と驚き振り向くヨシュア達を尻目にシローは含み笑いを浮かべてスクリーンを見やった。


「言っただろう――彼女は人形種の魔王なんだって」


 パンッと風船が弾けるように、たった今、ドラゴン姿の魔王の上半身が弾け飛んだ。

 その光景に少しざわめきが戻りつつあった会場がまたシンと静けさに包まれる。

 言葉を失うヨシュア達に、シローの鈍色の瞳が愉快そうに弧を描いた。


「人形種最大の特徴はな、心臓部(コア)さえ無事なら何度でも復活することだ。……慢心が仇になったか」


 冷めた表情でマクベスが言う。さすが第7世代の魔王というべきか、動じた様子はない。彼の配下であるカトレアも同様だ。


 ざぁああと上空から真っ赤なにわか雨が地面を染め上げていく。その雨により多少勢いの弱まった炎の中でふいに人影が揺らめいた。

 炎の中でふわりとゆれる派手なドレス、炎の光を反射してキラキラと輝く金髪。その姿は、先程壊れたはずのベアトマリーただその人であった。

 どこからともなくとりだした新しい傘を一振りすれば、たちまち炎が掻き消える。

 そうしてベアトマリーは、片手に白い人形を抱きながら優雅な足取りで先程まで魔王だったモノへと近づいた。


「うふふ、遊んでくれたお礼よ。最期にいい夢は見られたかしら」


 わずかに微笑んだ彼女の耳に、幕引きを告げるレヴァンの声(合図)が届く。






「……あんなの相手にどう戦えばいいのやら」

「あはは、同感」

「同感……なぁ?」


 マクベスに訝しげな視線に、シローは「なにかな?」と素知らぬ様子で小首を傾げた。


『――以上で挑戦は終いだ。あとは宴の終わりまでのんびり交流でもするといい。隅に一応簡単な食事も用意しているからね』


 ブォンッと音を立てて消えていくスクリーン。それをきっかけに会場が喧騒を取り戻していく。


「さてと、……君たちはこれからどうするのかな?」


 ざわめきの中シローの口から発せられた問いかけに、ヨシュアとヤトは互いに顔を見合わせた。


「せっかく縁があったのだし情報の整理も兼ねて雑談でもどうかなと思ったんだけどね。マクベス君はどう?」

「いいだろう、俺も貴様には聞きたい事があるからな」


 フンッと鼻を鳴らしたマクベスは相変わらず偉そうである。

 先程の知識量を鑑みるにシローはマクベスよりも格上の魔王のはずだが、彼の不遜さは変わらない。


「いいよ、答えられる範囲で答えてあげよう」

「——カトレア」

「はいはぁい」

「アイリス、君も彼女について行ってもらえるかな」

「承知いたしました」


 状況が飲み込めず困惑気味なヤトの背をカトレアが優しく押した。


「さぁあっちに行きましょう~」

「え、マー君とシローは?」


 放っておいていいのかと窺う紫苑の瞳にカトレアはふわりと優しげな微笑みを返すと、そのまま人混みの向こうを指さした。


「うふふ、私たちはご馳走でも食べてのんびり待っていましょうねぇ~。ねぇ、アイリスちゃん」

「それが(マスター)の命ですので」

「え、えぇ?」


 後ろ髪引かれるように振り向けば、人混みの向こうで対峙するマクベスとシロー両名の姿を一瞬だけ捉えることができた。

 人の壁に阻まれすぐに見えなくなってしまったが、どうにも二人の間――というよりは主にマクベスが剣呑な空気を纏っていたように感じる。

 妙な事にならないといいけど……と一抹の不安を抱きつつヤトは見えてきた目の前のテーブルに視線を向け――


「!」


 目を輝かせた。……それはもう、ぱぁあああという効果音が幻視できるくらいに。

 横長のテーブルが数台並び、その上には和洋折衷さまざまなご馳走がずらりと並べられ圧巻であった。

 なのだが、魔王は食事というものが不要なせいかいまいち関心が惹かれないようでテーブル周りはさほど混雑していない。

 これならマクベスとシローとも容易に合流できるはずだ。


「ゼトゼトゼト見てすごいすごい結構ポイント高くて食べるか迷ってたやつ、あっちには魔本にも載ってないのあるよっ! 向こうは何がのってるんだろ、ああでも奥の方が見えないぃいいッ! おのれ低身長!」

「……本当に食べることが好きですねェ」


 奥を見ようとその場でぴょんぴょん飛び跳ねるちびっこ魔王に向けられた視線は魔王へ向けられているとは思えない程生ぬるい。

 このポンコツ魔王……と頭が痛そうなジュゼートの呆れ声も普段なら反応しそうなものだが、返ってきたのは生返事のみだ。

 この調子じゃ先程までの憂いや心配も脳内から綺麗さっぱり消え失せていることだろう。


「ぐぬぬ……かくなる上は——ゼト抱っこ!」

「あれだけ威厳だなんだと嫌がったくせに、ってああもうそんな顔しないでくださいわかりましたから!」


 渋顔のジュゼートに抱き上げられ無事ご馳走の全容を眼下に捉えることに成功したヤトは宴一番の笑顔を浮かべながらどれから食べようか呑気に考え始めるのだった。


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