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2-11『言われるまでもないですケド』


 ざわり――


 周囲に満ちた人の声にヤトがのろのろと顔をあげる。

 憂いに沈む紫苑の瞳に映ったのは会場を行き交う魔王達の姿であった。


「戻って、きたんだ」

「えぇ」


 戻ってきた、その言葉に静かに頷いたジュゼートは元気のないヤトに気を配りながらもどことなく緊張を孕んだ瞳で会場内を見渡した。

 会場こそ領域戦が行われる前と寸分も違わず綺麗な様相を呈しているが、一方であれほどごった返していた人混みは今では嘘のように落ち着いている。それはつまりそれだけの魔王や配下が此度の領域戦で消滅したということに他ならないわけだが――ヤトのようにその事を気に掛けているような魔王の姿は見当たらない。


「領域戦前の人混みが嘘のようです」

「そうねン、メルちゃん。どうせなら最初からこれぐらい余裕のある会場にしてくれればよかったのに」


 メルヒオルとヨシュアの何気ない会話。彼らもまた命のやりとりを行ったにもかかわらず平然としている。

 その中に在ってただ一人、ヤトだけがまるで置き去りにされた幼な子のように途方に暮れ立ち尽くしていた。


「まぁ初戦にしては上々か」

「勝てて良かったわ。魔王を倒しても経験値ってあんまり貰えないのねン。てっきりいくらかレベルがあがるかと思ったのだけど」

「同盟を組んで戦ったとはいえ、基本的に倒した魔王の経験値しか入らんからな。レベルが上がっただけでも御の字だろうさ」

「ま、そんなおいしい話はないか。ところでヤトちゃんは――あらヤトちゃん、どうしたのン?」


 その言葉に紫苑の瞳が僅かに揺れる。ヨシュアにとっては雑談を振ったつもりだったのだろう、予想に反してうまく言葉を紡げないでいるヤトの反応を前に彼は少々困った様子で首を捻った。


「ヨッシーは……平気?」

「何がかしらン?」

「……んーん、やっぱりなんでもない! そういえば聞いてよ――」


 この話は終わりだとばかりにへらりと笑ったヤトはそうしていつもよりも饒舌かつ少しばかり高い声でレベルが上がらなかった事をヨシュアに愚痴り始めるのだった。


「本当に、……に…………る」


ヨシュアの返事にヤトが一瞬だけ浮かべた諦めと悲しみの表情――それを懐かしさと寂しさが入り混じったような表情でマクベスが見ていた事に気づく事もなく。


「で、俺に何か用か」

「少しお聞きしたい事が」

 

 無言で続きを促すマクベスにジュゼートは気まずげな顔で言い淀むとチラリとヤトへと視線を向ける。

 ヤトはというと視線に気づく事なく、何やら熱中した様子でヨシュア達と話し込んでいるようだった。


「カトレア」

「いいわよぉ〜。こっちはおかーさんに任せなさい」

「あぁ頼む……ほら行くぞ」


 言葉通りカトレアはしっかりとヤトの注意を引きつけてくれたようでマクベスとジュゼートが少し離れてもヤトが気づいた様子はない。

 その事を視界の端で確認して、マクベスは相変わらず不遜な態度でジュゼートへと向き直った。


「なんだ」

「……単刀直入に言います、主サマは魔王として()()ですか」


 絶対にヤトの耳には入れたくないのだろう離れてもなお小さな声でよこされた、確信めいた問いかけ。

 ひどく真剣な真紅の瞳を見返しながら、マクベスは「異質だろうな」とつぶやいた。


「補佐妖精(いわ)く本来魔王は感情をある程度調整されているらしい。だから普通は敵を殺したくらいでああはならん」

「主サマはその調整がうまくなされていない魔王ということでしょうか」

「おそらくな」


 その一言で、ジュゼートの表情がどこか納得したようなそれでいて苦々しいものに変わる。

 これから先あの小さな体で一体どれだけの悲しみや苦しみを抱えていく事になるのだろう。どれだけ傷つく事になるのだろう。

 弱さだけでなく感情面でも明らかになった他の魔王との差異にジュゼートは複雑な表情でヤトを見つめた。


「なんにせよ貴様ら配下がしっかりと支えてやることだ。でないとあいつのココロとやらが死ぬぞ」


 話が終わるや否やカトレアの元へと去っていくマクベスの後ろ姿をジュゼートは何とも言えない表情で見送った。


「……ココロ、ですか」


 ()()の魔王であるはずの彼が口にするにはなんともチグハグな言葉。


「支える、ねェ。それくらい——言われるまでもないですケド」


 胸のうちにふつりと湧いた小さな疑問には蓋をして、ジュゼートもまた己の主の元へと歩き出した。


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