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2-8『お前本来は後衛だからな?』


「遊んでやれる? ……それは俺のセリフだ」


 次の瞬間ーーボコリ、とウィンプの体が膨れあがった。

 同時に、彼の浅黒い肌が深みを帯びた茶褐色のものへと変化していく。いつの間にか側頭部には歪に湾曲した立派なツノが生えており、シャンデリアの光を受けてテラテラと艶やかな輝きを放っていた。


ーーグォオォオオォオオオォオオオォオオオッ


 牛頭人身の姿へとその身を変えたウィンプが、ビリビリと空気を震わせながら人らしからぬ咆哮をあげた。

 元から大きめだったウィンプの身体は、今では優に会場の2階へ届くものとなっている。


「ヒャハッ! 前々からオマエが目障りダッたんダ! 俺の糧ニシてヤッかラありがタク思エよ? キヒヒッ」


 刹那ーーダンッという地響きとともに床に振動が走ったかと思えばマクベスの正面に斧を振り上げたウィンプの姿が有った。斧が怪しい光をその身に纏いながら、マクべスの脳天目掛けて勢いよく振り下ろされていく。その一撃をマクベスはスレスレで体をそらしながら躱した。斧はそのまま床へと吸い込まれていき、周辺の床を盛大に吹き飛ばした。暴風が吹き荒れ、マクベスの髪やコートを激しく揺らしていく。


「チッ、外しちマったカ」


 床から斧を引き抜いたウィンプは、緩慢な動作でマクベスを振り返った。今までの攻撃とは段違いの威力であるのは、この攻撃によってえぐられた床が物語っている。そこからはウィンプの独壇場であった。


 その巨体から生み出されるエネルギーにより接近され振り下ろされる重い一撃を前にマクベスは防戦一方である。否、隙をついて糸を放っていたものの、その剛腕にあっけなく引きちぎられ、地面へはらりと散っていく。


「貴様の変化それが単なるハッタリじゃなくて安心した。多少は楽しめそうだな」

「ハッ、攻撃も効いてねぇのに強がりかァ? マクベス」


 嘲笑うウィンプに対し、マクベスはやれやれと若干芝居がかった態度で肩をすくめる。


「馬鹿を言うな、雑魚いじりは御免だから手加減してやっただけだ」

「ンノッ!! 余裕ブッかまシてラれんノも今のウちだぞ……ッ」


 そう叫んだウィンプは額に青筋を浮き立たせながら、すごい形相でマクベスを睨みつけた。


 


 ダァンッと地面がまた、砕かれていく。常人なら目で追うのもやっとな速度で繰り出される重い一撃は、しかし床を砕くばかりだ。あれからそれなりに時間が経過しており、流石のウィンプにも疲れの色が見え始めていた。だんだんと攻撃に荒さが目立ち始める。


「どうした牛野郎。軌道が単調すぎてカスリもしないぞ」

「ーーッ!!」


 定期的に入れられる煽りも相まってただただ瓦礫を量産する現状にウィンプは苛立ちを募らせていた。疲れと怒りでコントロールを鈍らせた一撃は当然マクベスを捉える事叶わずまた床を砕く。


「チックショオッ!! いイ加減当たレよ! クソチビが!」

「やなこった。威勢がいいのは悪口だけか、あ? デカブツノロマな牛サンよぉ?」

「ーーーーーーッ!!」


 マクベスに躱され、また床を砕くかに思われた一撃は、しかし何もないはずの空間を砕いた。

 カシャンと甲高い音を立てながら透明な壁が粉々に砕け散っていく。それは先程カトレアが生み出した壁であった。

 飛散する破片にシャンデリアの光が反射して眩い光を撒き散らしーーほんの一瞬、ウィンプの目をくらませる。


「!」


 気づけばマクベスの姿はなく、慌てて周囲を見渡すもどこにもその姿を捉えることはできなかった。同盟相手の援護に向かった様子も見受けられない。


「ドこいきヤがっタ、アいつハッ」


 完全にマクベスの姿を見失ったウィンプの視界の端に、己の配下であるヒュージボアの姿が映る。ヒュージボアは壁が壊れたことにも気づかず、標的(カトレア)へと突進してはいいようにあしらわれていた。


「……まぁイい。まずはあの女かラぶっ殺セばいイか」


 ヒュージボアを呼ぼうとしたウィンプはーー


「?」


 そこでようやく身体にまとわりつくの存在に気づいた。


「ハッ小賢しい真似しやがッテ……。俺に効くワケねえッテの」


 舌打ちしたウィンプが先程のように糸を引きちぎってやろうと無理やり身体を動かした。


ーーブツリ


 切れたのは、皮膚の方で。


 糸はちぎれるどころか彼の皮膚に食い込み茶褐色の肌を切り裂いていた。


「ーーッ!!」


 彼の表情に、驚きと僅かばかりの恐れが滲む。そんな彼の耳にクスクスと笑う声が聞こえた。

 声をたどっていけば、積み上がった瓦礫の上ーー優雅に足を組むマクベスの姿がそこにあった。


「おいおい、俺の糸が貴様ごときに()()()()()()()()じゃないか」

「なんッ……!?」


 ウィンプを見下ろす琥珀色の瞳が楽しげに歪む。


「勝てると確信した相手に殺されるーー今の気分はどうだ腰抜け野郎(ウィンプ)? 面倒だがこうでもしないと貴様は俺と戦おうともしなかっただろうからな」


 マクベスが軽く手を動かすような仕草をすれば、ウィンプにまとわりついた糸がその肌へさらに食い込んでいく。


「虚構の勝利をまんまと信じ、調子に乗る貴様は最高に滑稽だったぞ」

「マッーー」


 何かを言いかけたウィンプであったがしかし彼が続きを口にすることはなかった。

 マクベスによって躊躇も容赦もなく引かれた糸により、骨すらも鮮やかに切断されたウィンプの身体が肉塊へとその姿を変えていく。

 一拍遅れて撒き散らされた鮮血により即席の赤い絨毯が敷かれた床の上ーー無造作に転がるウィンプだったモノ(肉塊)は切り裂かれてすぐはピクピクと動いていたが、やがて絨毯をグロテスクに彩る物言わぬオブジェと成り果てた。

 無感動な瞳でオブジェを見下ろすマクベスの耳に、マー君〜と間延びした声が届く。


 マクベスがそちらを見やれば、ヒュージボアを軽くいなしながらマクベスに向かってのほほんと手を振っているカトレアの姿があった。


「いやお前な……」


 マイペースにも程がある。マクベスは呆れ顔で息を吐いた。


「そっちはもう終わったのぉ~?」


 軽い身のこなしで瓦礫を飛び降りたマクベスがカトレアの方へと向かう。


「そうだなーー」


 えぐれた地面を躱しながら赤く染まった床を進むマクベスはおもむろに片手を持ちあげた。


「後もう少しかかりそうだ」


 マクベスの足元ーー手のひらほどの小さな肉塊が一つ。

 それは、振り下ろされた手から飛ばされた大量の糸によって串刺しにされ床に縫い付けられていた。


『ナ、ナンデ……!』

「固有スキル”寄生”。貴様、身体の一部さえ残っていれば生き残るんだってな。それを核とし相手に寄生し中身を喰らって己の皮とする……だったか? 毎度毎度姿が違うから気になってな、しばらく貴様を探ってたんだ」


 串刺しにされた肉片を見下ろすマクベスの瞳はひどく冷たい。


『ド、ドウヤッテ……』

「マー君はねぇ~、盗視と盗聴が趣味なのよぉ~」

『………』


 なんとも言えない微妙な空気が流れた。


「……しばらく黙ってヒュージボアに集中していろ、カトレア」

「はぁ~い」


 顔をひきつらせたマクベスが、気まずい空気を払拭するようにンンッと咳払いをした。


「……さて、話がずれたが貴様の固有スキルなんざ既に把握済みだ。その様子だと他の肉塊に自由に移動できないみたいだし、つまりこれで貴様の詰みと言うわけだ」

『…ッ』


 肉片が小刻みに震える。


『死角カラ狙ッタハズナノニ……ドウシテッ』

「死角、ねぇ」


 そんなマクベスの片腕にはいつの間にか赤い目の白蛇が巻きついていた。

 その数3匹。その3匹はマクベスの死角からウィンプが現れ仕掛けてくる時を虎視眈々と待っていたのだ。

 ウィンプは己が完全に嵌められていた事に気づき絶句する。


「貴様と当たったのは僥倖だった。手の内を知っているし、なによりーー」


 マクベスの手にゴォッと炎が宿る。


「貴様には聞きたい事があったからな」


 パチンとマクベスが指を鳴らせば、その炎は無造作に転がったオブジェへと燃え移り瞬く間にその勢いを強めていく。ゴゥゴゥと音を立てて燃え上がるそれらを前にウィンプが情けない悲鳴をあげた。


「苦しみたくなければ正直に答えろよ」






 炎に焼かれたウィンプの断末魔の叫びが響く中、マクベスはカトレアを振り返った。


「なぁカトレア」

「なにかしらぁ〜、マー君?」


 マクベスはカトレアの足元に視線をやると、小さくため息をこぼす。


「お前に頼んだのは足止めのはずだったんだがな」


 のほほんと笑うカトレアからは足が消え、代わりに胴から太く長いが伸びていた。その尾によって締め上げられたヒュージボアは今やもう虫の息である。ピクピクと痙攣する瀕死のヒュージボアを前にマクベスはなんとも言えない表情を浮かべた。


「お前本来は後衛だからな?」

「どうせ仕留めるんだから問題ないでしょぅ~?」

「勝手な真似はするなと常々言っているだろう! お前はあいつのーー」

「マー君はすーぐそう言う! おかーさんだって強くなったのよぉ〜?たまには実力を認めてくれてもいいんじゃないかしらぁ~?」

「……アーハイハイスゴイゾカトレア。さーて、残るは格下相手だが……」


 もぉ~!とぷっくり頬を膨らませたカトレアをいなしつつ、マクベスは未だ戦闘中のヨシュア達に視線を向けた。


「あいつらはまだ終わってないのか。先に終わらせるのも悪いと思って俺もそこそこ時間は稼いでみたんだが」

「ああマー君にしては珍しく遊んでいたわねぇ~」

「……まぁな。それでこの後はどうする? 俺たちが出張ってもつまらんしな。このまま高みの見物とでも洒落込むか」

「ええ、そうしましょう! あの子達の経験を奪っちゃいけないものねぇ~」


 そう言ってカトレアはそのかんばせに慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

 二人の横で、ついに息絶えたヒュージボアが光の粒子と化して消えていく。


「あら、こっちも終わったみたいだし。行きましょっか、マー君」


 いつもの人型へと姿を戻したカトレアは、己が主である少年魔王に寄り添うと、やや強引に腕を組む。


「マー君、マー君ってば〜、おかーさん達は特等席で皆を応援してあげましょうねぇ~」

「誰がするか」

「おかーさんはヨシュアちゃんを応援するからぁ~、マー君はジュゼート君を応援してねぇ~」

「聞けよ!」

「ほぉ~ら、マー君! はやくはやく~!」


 カトレアに腕を引かれるがまま歩き始めたマクベスは、マイペースすぎる己の配下を前にどうしたものかとひっそりため息をついた。


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