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2-7『まさか貴様と当たるとはなぁ』


「クッ、このッーー」

「あらあら~手が早い殿方は嫌われちゃうわよン♪」


 鈍色を纏った拳が男の鳩尾に吸い込まれていく。えぐるように撃ち込まれたヨシュアの重い一撃に耐えきれず男の体がわずかに浮き上がった。

 カハッと息を詰まらせる男へ追い討ちをかけるように回し蹴りが炸裂し、その体が勢いよく地面へと叩きつけられる。

 男はというと、叩きつけられた勢いのまま何度か地面をバウンドしたのち動かなくなった。


「さぁてお次はどの子かしらンッ!」





「す、すご……」


 領域戦が始まり作戦通り各々が自身の役割を果たす中、マクベスから状況観察(見学)を言い渡されているヤトはヨシュアの戦いぶりに思わず感嘆の声を漏らした。

 ちなみにヤトがいるのは会場の端である。戦闘の邪魔になってはいけないのと会場全体を観察できるようにということで、そこを陣取って見学中だ。なんらかの異変があったら報告するという役割は貰っているものの、今のところ特に報告するような問題は見当たらない。


 マクベスが最初に告げていった通り相手はヤト達と同格のようで、戦況は拮抗ーーいやヤト達側が少し押しているといったところだろうか。

 相手もヤト同様後衛ーーヨシュア曰く恐らく魔王じゃないかとの事ーーがいるようで、後方で一人待機していた。


 そんなわけで現在マクベスとカトレアは同世代の魔王と配下と交戦中、ヨシュアとジュゼートは同世代の魔王と配下3名と絶賛交戦中であった。


「あの強さが主の数少ない長所のですからね」

「……メルヒー辛辣じゃん」


 メルヒオルのあけすけな物言いにヤトはなんと言っていいかわからず苦笑いである。一見堅物のように見えるヨシュアの配下メルヒオルだが、インキュバスである彼の真骨頂は異性体への魅了だ。今回は相手が全員男性体だった為に見せ場がないと残念がっていた。他にも杖を使った戦闘もこなすが、どちらかというと後方寄りの彼はヨシュアとジュゼートが押された際の増員要員だ。それまでは後方待機なので、現在は護衛も兼ねヤトの隣で戦況を見守っている。


「俺としてはジュゼート殿もすごいかと。主の支援及び接近してきた敵の対処を臨機応変にこなしておられる」

「う……うん」


 素直に褒め言葉を口にするメルヒオルに、ヤトは曖昧な返事を返すとそろりと目を逸らした。

 ヤトとしては彼が有能だからと日頃からついあれこれ仕事を任せてしまったが故に身についた対応能力な気がして、ちょっぴり申し訳なさを感じずにはいられなかった。


 ジュゼートの戦闘スタイルについては至ってシンプルで、空を飛べる利を生かし上空から黒い欠片の弾幕を張り相手の接近を牽制、砕け散った欠片や砂埃により相手の視界が悪くなったところで急降下から剣で斬りつけ上空へ退避という一撃離脱スタイルである。

 そこへプラス、接近戦中剣で切り結んでる間に器用に黒い欠片を召喚し相手に飛ばして隙を作ったり、なんなら同じ要領でヨシュアの支援までちゃっかりこなしたりする事がメルヒオルの言っていた”臨機応変”に相当するのだろう。


「……しかしながら彼、デーモンにしては魔力ありすぎません? あの弾幕一体何回目ですか」


 驚嘆半分呆れ半分といった感じのメルヒオルが独りごちた。

 そう言われても無理はないだろう、ジュゼートの戦い方は全て魔力を()()()()()使()()()()()前提で成り立つものである。彼はレアリティDーーどちらかというと低レアリティの部類に該当するーーのデーモンなのだ、いくら個体差があったとて、さすがにこれは異様の一言に尽きる。よくよく見れば、一向に途切れることのない弾幕に相手の表情が焦りの色ーーおそらく魔力枯渇(ガス欠)を狙っていたのであろうーーに染まっていた。


 そうこうしているうちに、ヨシュアの相対相手が彼の拳の餌食となり派手に吹き飛ばされた挙句その身を床上に跳ねさせる。間髪入れず、そこへ向かってジュゼートの黒い欠片の弾幕が降り注いだ。

 しばらくの間、床に衝突した欠片が発する甲高い不協和音があたり一面に響きわたった。


「まずは一体撃破、でしょうか」

「そうだね」


 弾幕が降り止むとそこにあったのはボロボロでぴくりとも動かないまま横たわる相手の姿だ。次の瞬間、その体は僅かに発光したかと思うと光の粒子と化し弾けて消えた。残りはあと3人。相対する数はこれで2対2の同数だ。このままいけば滞りなく済むだろう。


「(このまま済めばいいけど……)」


 胸をモヤつく不安を押し殺しながらヤトはふと自身同様後方に待機する暫定魔王を見やった。

 薄黄色のフードを纏う小柄な人物は先ほどからただじっと戦いを眺めるばかり、未だに動きはない。同盟相手が押され気味である現状においても、フードから覗く口元はニタニタと歪な笑みを浮かべており、正直何を考えているのか全くわからなかった。……いっそ薄気味悪ささえある。

 ヤトがそんな風に思っていた傍らで、尚も弾幕の勢いが途切れないジュゼートをまじまじと眺めていたメルヒオルははた、と何かに気づいた様子でヤトを振り返った。


「ところでーージュゼート殿はまだご機嫌斜めなのですか」


 え”っ、と声を詰まらせたヤトは気まずげにそっと目を逸らした。


「……イヤー……ソ、ソンナコトナイトオモウヨ?」




ーー余談ではあるが領域戦が始まる直前の事


「主サマと離れろ、と? 正直言って主サマは戦えません。それなのに、そばを離れろ……と?」

「だから、それはこいつに兼任させると言っているだろうが」


 マクベスがそう言ってメルヒオルを指さした。そう言われてもなお、ジュゼートは憮然とした顔だ。


 ことの発端は簡単明瞭ーーマクベスがヨシュアとジュゼートを前衛、メルヒオルを前衛の予備要員兼ヤトの護衛、ヤトを後衛(※見学)として作戦立てた事であった。

 ジュゼートとしては単独で戦うならいざ知らず、今回は自分がヤトを守る気でいたらしい。そもそも、まだ出会ったばかりの相手に自身の主を任せるというのは配下として彼の矜持が許さないらしかった。


「貴様のそばをこいつがちょこまか動く方が危ないだろうが」

「それなら背負うか抱くかして戦います」

「こいつは貴様のアタッチメントか」


 その後、堂々巡りで埒が明かないと判断したマクベスが放った


「そんなに守りたきゃようは後ろに敵を通さなければいいだけの事だろ。あぁ、貴様もしやその自信がないのか」


 などという挑発じみた発言により収束したのであった。売り言葉に買い言葉、うっかり「できます」と言質を取られてしまったジュゼートはしぶしぶながらもヤトのそばを離れる事を承諾したのである。以上、主が絡むと途端に面倒臭くなるジュゼートのエピソードであった。




 そんな事もあって、あの戦いにはちょっとばかり、行き場のない感情の八つ当たりというか、鬱憤ばらしも込められているような気がする。私情甚だしい事この上ない。


「戦い方と言えばーー」


 そう言ってメルヒオルはマクベス達が戦っているであろう会場の奥の方を見やる。奥の方ではマクベスとカトレアが魔王の一人とその配下を相手取って現在も交戦中だ。マクベスの口ぶりから相手は彼と同じ第7世代ーーしかも顔見知りらしいーーなのだろう事は理解している。彼らの戦いを完全に把握できているわけではない。が、粉砕され瓦礫と化していく柱や巻き起こる砂埃、そして時折こちらまで届く地響き等、遠目から見ても色々と次元の異なる戦いが繰り広げられているのは明らかだ。


「マクベス様のアレ、驚きました」


 同意だとヤトも頷く。


「だってマー君の武器ってーー」






 どうやらあちらは優勢のようだーーと内心ホッとしつつ、自身に振り下ろされた斧を糸で逸らす。


 そう、マクベスの武器は”糸”だ。糸といっても色々な素材ーー何の素材を使っているかは企業秘密らしいーーで強化されている特殊なものらしいが、なんにせよ、指輪に仕込んだ糸を操って攻防をこなすのが彼の戦闘スタイルである。


 そらされた斧はズンッと大きな音と共にマクベスの横の床を砕いた。衝撃で床が破片を撒き散らしながら粉々に壊れていく。


「まさか貴様と当たるとはなぁ、ウィンプ」


 大柄の男ーー第7世代の魔王が一人ウィンプは目の前の少年魔王に憎々しげな表情を向けた。


「クソッ! このマザコン野郎がッ」


 そんな言葉を吐きながら身を引いたウィンプと入れ替わるように、マクベスへと突っ込んできたのは巨大な猪型の魔物ーーヒュージボアだ。ヒュージボアの突撃をコートを翻しながらひらりと危なげなく躱したマクベスはウィンプに間合いをとられた事に気づき忌々しげに舌打ちした。


「誰がマザコンだッ! ええいあのデカブツ邪魔だッ。……カトレアッ!」

「はいはぁい、任せてねぇ〜マー君」


 くるりとその身を反転させ、なおもマクベスを狙おうとしたヒュージボアだったが、唐突に眼前に現れた透明な壁に慌てた様子で立ち止まった。


「だぁ〜め。あなたの相手は私よぉ〜。うふふ、こっちでおかーさんと一緒に遊びましょうねぇ~」


 しばらく壁に向かって体当たりを繰り返していたヒュージボアだったが無駄だと判断したのだろう、壁の元凶ーーカトレアへと向き直り新たに標的と定めたようである。自分よりも遥かに大きいヒュージボアに相対してもなお、のほほんと笑みを讃えていた。


 カトレア達を一瞥した後、マクベスは目の前のウィンプへと顔を向けた。


 獲物を見定めた、その姿はまるでーー蛇だ


 マクベスの視線を絡めとられたウィンプが、ごくりと喉を鳴らした。知らずのうち、ウィンプの額から一筋の汗が流れ落ちる。

 気圧されるウィンプに気づいてか、琥珀色の瞳が楽しげに細められた。


「これで俺は、貴様とたっぷり遊んでやれるなァ?」


 マクベスは口元に嗜虐的な笑みをたたえーー


「なァ、ウィンプ」


ーー嗤った


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