2-5『……家族、ときたか』
「そう、ヤトちゃんは同盟相手探しを頑張っていたのねぇ~」
誘拐発言でなんとも弛緩した空気の中ヤトに興味津々なマー君もといマクベスの配下ーーカトレアのマイペースっぷりに流されるままに、ヤトは今までの事をまるっと——流石に同盟相手のヨシュアについては濁したり端折ったりしているが——話す事になった。
配下を置いてきた理由を語られたところでマクベスの視線が残念な子を見るようなそれに変わったが、その事に気づくそぶりもなくヤトは聴き役に徹するカトレアに熱のこもった主張を繰り広げている。
「ヤトちゃんの気持ちもわからなくもないけど、流石に『ついてこないで』は可哀想よぉ~?」
「だってゼト僕の心配全然分かってくれないんだもん」
「だもん、じゃないだろう阿呆」
罰の悪そうな顔をするヤトに、カトレアは自身の頬に手を当て困り顔で微笑んだ。
「それで、貴様はこれからどうするつもりだ?」
「同盟を組んでくれる魔王を探しに行くよ。ゼトに見つけるって啖呵切ったもん。だから僕、そろそろ探しに戻るね。色々教えてくれてありがとうマクベスさん、カトレアさん」
そう言って気の抜けるような笑みを浮かべたヤトに、マクベスは思わず微妙な表情を浮かべた。
「本当に見つかると思っているのか?」
「わかんない。だけど簡単に諦めたくないし」
「何故だ?」
「え?」
「貴様は何故諦めない。貴様を突き動かしているのはなんだ?」
ぱちくりと紫苑色の瞳を瞬かせたヤトは、やや間を置いてから困ったような笑みを浮かべた。
「僕はね、僕の大事な配下が——かけがえのない家族が傷つくのが傷つくのが嫌なんだ。もし死んじゃったらって考えると、すごく怖い。でも僕は弱っちくて配下を守れないから、その代わりに今できる事をするんだ」
「それが3人目探か」
「うん」
ほんのり苦笑が混じった呆れ顔でマクベスは軽く目を細めた。
「……家族、ときたか」
「ふふ。アー君を思い出すわね、マー君」
「?」
「チッ……ほらチビ、さっさと行くぞ」
「どこに?」
不思議そうに首を傾げたヤトに、マクベスは顰めっ面で舌打ちする。
「お前の配下と同盟相手を回収しに行く」
「えぇ……? マクベスさんまでゼトみたいな事する……。僕そんなに危なっかしい? 確かに転びかけたのを助けてもらったけどさ」
口を尖らせるヤトにマクベスは思わず片手でこめかみを押さえた。
「ええいこのド阿呆、察しの悪い! 俺が3人目になってやると言ってるんだ! お前のような弱小チビには身に余る戦力だろう。光栄に思えよ」
「なんで!?」
二人のやりとりを見守っていたカトレアはどこか楽しげにくすりと笑みをこぼした。
なおも会場は喧騒に包まれ魔王と配下でごった返している。
3人目に全く見通しのついていなかった状況で、格上の魔王と組めたのは僥倖だといえよう。だからこそヤトは疑問に思わずにはいられない。
ーー彼が何を思って手を差し伸べてくれたのか
疑問を色濃く宿す紫苑の瞳から逃れるように、マクベスはヤトの顔面を鷲掴み瞳を覆い隠した。手加減はしてくれているのでヤトに痛みはないのだが、側から見たら絵面が酷い。
「……ねぇマクベスさん、なんで僕顔掴まれてるの?」
「お前の視線がうるさいからだ」
「だって気になるんだもん。なんで手を差し伸べてくれたのかなって」
「阿呆ーー単なる気まぐれだ」
ヤトを見下ろすマクベスの表情に一瞬滲んだ感情は後悔、あるいは懐古か。
「もううるさくしないから外してってば……外してくれなきゃ僕もマー君って呼んじゃうぞ」
「ほぅ? 格上相手に随分と怖いもの知らずじゃないか、チビ」
「僕はチビじゃなくてヤトだし」
マクベスの手を顔から外そうと奮闘するヤトを意地悪そうに見下ろすマクベスにはもう先ほどの感情は見当たらない。
そうやってヤトをからかって遊んでいれば、ーーふと突き刺すような殺気を肌に感じた。
「探す手間が省けたか」
「?」
「いいかチビ、今から少し黙れよ?」
「だからチビじゃ——もぅ、わかったけどさぁ」
マクベスの視線の先で、敵意と怒り、そして殺意を宿した真紅の瞳が爛々と輝いている。
ああこいつか、とマクベスが囁くように呟いた直後ーーマクベスとヤトを突風が襲った。
「主から手を離せ」
突如至近距離から聞こえたドスの効いた声にヤトの肩がびくんと跳ねた。
ヤトが記憶している中でここまで怒りに染まった彼の声を聞いたのは初めてだった。
混乱するヤトを置いてきぼりにして、ジュゼートとマクベスは睨み合っていたーー否、マクベスの方は目をすがめ嗜虐的かつ挑発的な笑みでもって眼前の相手と相対していた。
「反骨心のある奴は嫌いじゃないぞ。叩き潰し甲斐がある。だがな——思考がなおざりなのは減点だ」
マクベスに向けられた指のには魔力を纏った濃紫の鋭利な欠片が浮かびかけていた。
「こんなところで暴れりゃ、大事な主もろとも消されるぞ?」
「——ッ」
ここはナンバーズが管理する会場、ある意味敵地である。そんなところで騒ぎを起こせば容赦無く消されかねない。
加えて今この会場にいるのは格上の魔王と配下ばかりなのだ、彼らにうっかり攻撃が被弾しようものならこの先の未来は絶望的だ。
マクベスにつかまれたジュゼートの腕がミシリと嫌な音をたてる。と同時に、指先の魔力が陽炎のようにゆらめきフッと掻き消えた。
腕の痛みか或いは至らなさゆえの後悔からか、ジュゼートは冷や汗の伝う顔を顰めるとギリと奥歯を噛み締めた。
それでもまだ真紅の瞳が目の前の脅威に屈する様子はない。
「さて、次はどうする。これで終いか? ン?」
必死で打開策を巡らせるジュゼートを眺め、楽しげに嗤うマクベスの姿は獲物を追い詰める狩猟者さながら魔王らしい強者としての傲慢さが滲んでいた。
マクベスの口元がより一層弧を描き、ジュゼートの表情に苦悶の色が濃くなっていったところで——。
「マー君」
「——おっと」
苦笑混じりに嗜めるカトレアの声に、マクベスは己の殺気をぱっと霧散させるとおどけた様子でジュゼートを解放した。
「チビ、もういいぞ」
「ねぇねぇねぇねぇマー君マー君!」
「喧しい。あとしれっとマー君言うな」
「外してくれなきゃマー君って呼んじゃうぞって言ったもん僕」
「今のやりとりを聞いていて怯えもせんとは大物かはたまた底抜けの阿呆か」
「阿呆言うなし。ってそんなことより何今の? ミシッて言ってなかった!?」
「少し興が乗ってな。お前の配下の腕を握り潰しかけた」
「何してんの!?」
「マー君たら、相変わらず気の強い子の心をへし折っちゃうの好きよねぇ~」
和気藹々と格上の魔王と会話を交わすヤトを前に、理解が追いついていないらしいジュゼートは目を白黒とさせながら立ち尽くしていた。
今まで主の危機だと信じて疑わなかったのに、ヤトがその相手と平然と会話を交わしているのだ、無理もない。
「ゼト大丈夫!? あとさっきはごめんね」
「……ちょっと待ってください、どういう状況なんですかこれは」
心配そうなヤトを纏わりつかせながら、ジュゼートは困惑と警戒の混ざった真紅の瞳でマクベス主従を見やった。
「その無警戒チビの配下がどういった奴か手っ取り早く知る為だ」
「知るとは…………主サマ、この方達は一体?」
ジュゼートは痛む腕をさすりながら困惑した顔でヤトを見下ろす。
「えーと、マー君と——」
「マクベスだ、阿呆」
「……マクベスさんとカトレアさん。3人目だよ」
目を見開いたジュゼートに、ヤトはまるで悪戯が成功した子供のように笑った。
「おい主バカ、流石にもう状況把握は済んだな?」
ぐっと言葉を詰まらせたジュゼートが物言いたげに頷いたのを確認したマクベスは、相変わらずの不遜な態度で人混みへ顎をしゃくった。
「さっさともう一人の魔王を回収しに行くぞ。その後開戦まで作戦会議だ」
-おまけ-
ゼ「先程は申し訳ありませんでした」
マ「や、別に謝罪はいい。……わざと勘違いするように仕向けたのは俺だしな」
間違えたらちゃんと謝るゼト、ゼトが思っていたのと違った為ちょっとバツの悪いマー君




