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1-24『これが性分なものでして』


 かくして青年とヤトとの間に主従契約(リンク)が結ばれ、ヤトの脳内に矢継ぎ早のごとく鳴り響いていた合図も随分と落ち着いた。

 そう、『落ち着いた』だけだ。バグの原因が解消したにもかかわらず、魔物の出現が止まる気配はない。

 原因として考えられるのは例の化け物だ。あの化け物は他の魔物と比べ明らかに異質であった。

 ゆえにキリマルの連絡が来るまで居住区(安全圏)で籠城していたいところだが、実際問題そうは言っていられない事情があった。


――ねぇ、キリマル。居住区に侵入者がはいってこれないならわざわざ討伐なんてしなくても良くない?


 かつて居住区を作った際、ヤトはこのような事を尋ねた事がある。それに対するキリマルの答えは――否、だった。


——侵入者が領域に溢れかえってしまうと、領域が壊れてしまうのですよぅ。そうなってしまえば皆仲良く『闇』の中ですぞ


 つまり、この状況を放置すれば遠からず領域は崩壊しデッドエンドを迎えることになる。

 そんな未来を回避する為、例の化け物を回避しつつ領域内の魔物を討伐していくこと——それがヤト達の次なる目標となった。

 当然討伐行うのはジュゼートとカルセメイヤだ。というか彼ら以外は正直戦力にならない。

 そういった経緯で両名は心配そうなヤト達に見送られ居住区を後にしたのである。



「弱くても、こう数が多いと手こずりますねェ……」


 岩陰から新たに飛び出した狼の魔物——ウルフを黒い欠片で蜂の巣にしたジュゼートはうんざりとした顔で剣を握り直す。居住区からそれほど離れていないにもかわらず討伐数はすでに3桁にせまる勢いだ。


「いっそ別行動で討伐していった方が効率的じゃないですかこれ」


 天井付近から光の羽でコボルトやスケルトンの群れを一掃したカルセメイヤもまた辟易とした顔でそうつぶやく。

 このあたりの魔物はあらかた狩り尽くせたようで、彼ら以外に動くものは見当たらなかった。


「例の化け物の事もありますし、警戒しすぎるくらいが丁度いいでしょう。ほら行きますよカルセメイヤ」

「……うへぇ」


 倒した魔物がすべて粒子と化したのを見届けてからジュゼートは宙へと羽ばたいた。

 いちいち確認しなければならないのは面倒ではあるが、倒した魔物が消えず化け物化したという前例もあるので手は抜けない。


「このままいけば十字路ですっけ」

「えぇ。十字路に着いたら右の細道を拠点として魔物の討伐を進めましょう。あそこなら大型の化け物は入ってこれないでしょうし、いざと言うときは反対側に逃げられますから」

「なるほど。じゃあそこを確保してきますね!」


 そう言うや否やカルセメイヤはグンとスピードをあげジュゼートを追い抜いた。


「慎重に行動しなさいカルセメイヤ!」


 その後ろ姿をジュゼートは慌てて追いかける。


「大丈夫ですって。ドタドタ歩く音も聞こえませんし、そもそもあんなに大きかったらすぐにわかるはずでしょう?」

「それはそうですが……」

「それより、細道はーっと……あの岩の後ろですっけ?」

「岩? そんなもの、ありましたっけ——」


 訝しげな顔で岩を見るジュゼートの声が不自然に、途切れた。


 深淵のような暗い暗い闇色の()と目があう。

 岩陰に息を潜めるように、化け物(ソレ)は居た。





——管理者居住区/休憩室にて


「もォォオオオォオォオッ! どうして駄目なんですかぁああッ!」


 ヤト達が危機的状況を迎えていたちょうどその頃、キリマルはというと憤る感情をむき出しにしてソファに腰掛けた黒紫の髪の青年へ食ってかかっていた。

 ヤトから連絡を受け取ったキリマルは、すぐさま管理者たる存在に領域の現状を報告しバグの修復要請を出した。

 対する回答は、経過観察である。その事に納得できず何度も食い下がった結果、キリマルは補佐妖精の越権行為を危惧され待機と連絡禁止を命じられてしまった。


「魔王の領域を管理するのは当方達の役目ではないですか! それなのに経過観察ですよ!? 管理者様は一体何を考えておられるのですかな!」

「いや私に言われましてもねぇ。あれくらいで消滅するような魔王は必要ないというだけでしょう?」


 気怠げに自身の紫苑色に染まった毛先を指で弄びながら、青年は心底面倒臭そうな表情で憤るキリマルを見た。

 キリマルがどうしてこの青年に訴えているのかといえば、青年が修正手段を持っているからである。


「異常事態で見極めるなんていくらなんでも厳しすぎますよぅ! クロック殿、ぱぱーっと行って、ちゃちゃーっと直してくださいよぅ!」

「無茶言わないでください。命令もないのにタダ働きなんてご免ですよ」

「このクズー!」

「はぁ、勝手に言ってくださ——おや」


 首を傾げた青年——クロックは、片手をスッと前に伸ばした。

 その手のひらの上に透明な水晶玉が現れる。水晶玉の内部にもやのようなものが漂い始めたかと思えば、やがて人の姿を形取った。


『クロック、聞こえるか』


 水色の虹彩と無表情が印象的な濃紺の髪の青年が告げる。


「はいはーい、絶賛神経に触る声が聞こえていますよホロウ」

『……君は本当に一言余計だね、クロック』

「これが性分なものでして。で、どうしました?」


 クロックのあけすけな物言いに、水晶玉に映る青年——ホロウが鼻白んだ。


『喜べ、今からバグのメンテナンスだ』

「げぇ」

『ぐだぐだ言わずにさっさとやってこい昼行燈ひるあんどん

「……はーいはい、()()()の仰せのままにぃ。はぁーあ、深夜労働手当って申請できるんですかねぇこれ」


 クロックのふざけた言動にもホロウは相変わらず無表情であったが、吐き出されたため息には呆れの感情滲んでいた。


『……はあ、そういうわけだから君はまずバグが進行がひどい領域の対処を任せたよ。案内役は……ああそこにいるな』

「おや、ならお眼鏡に叶ったということで?」

『及第点、だそうだ。その後の事についてはまた追って連絡する、以上だ』


 その言葉を最後に、ブツンと音声が途切れる。元の透明さを取り戻したソレを片付けたクロックは、ゆっくりとした動作でソファから立ち上がった。


「クロック殿許可がでましたぞ! さぁさぁさぁ!」

「あぁもう、わかりましたよ鬱陶しい」


 落ち着かない様子でブンブンとクロックの周りを飛び回っていたキリマルを無造作に掴み、クロックが告げる。


「ほら。さっさと領域の座標を教えなさい、キリマル」


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