1-1『まるで僕が仕事してないみたいな言い方やめてよ!』
2つの『層』と呼ばれる二つの空間によって構成された世界、ファルネウシア。
1つはこの世界の人々が暮らしている表層。
そしてもう一方、生き物が住める環境ではないとされる裏層。
ところが死の空間とでも呼ぶべき裏層で暮らす者達がいた。
管理者と称されるこの世界を管理する者の手によって造られた特殊な存在——魔王である。
彼らは造られると同時に領域と呼ばれる専用の空間を裏層に設けられ、そこで生活し始めるのだ。
——与えられた1つの使命を胸に
*
裏層に存在するとある領域の最奥にて。
一面が岩で覆われた洞窟のような空間に玉座がぽつんと一つだけ存在していた。玉座といっても煌びやかなものではなく、装飾の類が一切見当たらないとてもシンプルなものだ。燕脂色の背もたれ以外すべて黒塗りとなっている為、洞窟の中にあっても違和感はそれほど感じない。
そんな玉座に一人、小さな子供がしょぼくれながら腰かけていた。背中ほどまで伸びた少し癖のある濃いグレーの髪に紫苑の瞳を持つ幼い子供である。
その子供の前に腕を組み仁王立ちする青年が一人。
「このポンコツ魔王、あんた今何してました?」
「いや、その」
子供を魔王と呼んだその青年が身につけているのは執事服、つまりはこの子供の配下なのだろう。ただその表情はどこか冷ややかで、とても主に向けるようなものではなかった。対する子供は椅子に身を縮めひどく気まずげな顔をしており、威厳も何も感じない。
「主サマ?」
「えっと……」
そう言ってもごもごと口籠る子供であったが、青年の「早く言え」とばかりの無言の圧力に耐えきれず、おずおずと口を開いた。
「えっと、あの、領域運営の事をちょっと」
「へぇ。ではあの天井のゴブリンに似た岩が領域運営に役立つ、と?」
「げッ、なんで知って――!?」
「なぁにが『あっあの岩ちょっとゴブリンに似てる……』ですかこのお馬鹿! 誤魔化そうとするんじゃありません!」
ゴスッという鈍い音と共に子供がうめき声をあげながらうずくまる。容赦無くその頭に手刀を落とした青年は、二発目を構えながら真紅の瞳でジロリと睨みつけた。
「痛ッ!? 暴力反対!」
「はんっ、拳じゃないだけいいでしょう。」
「いや手刀ならいいっておかしくない?」
「まったくちゃんと主らしく仕事してください。そんなだからいつまでたっても配下にポンコツって舐められるんですよ」
「それ遠回しに舐めてるって言ってるよね? 僕の配下ジュゼートだけだからね?」
はぁとこれ見よがしにため息をついた青年を見て、子供は不満げに口を尖らせた。
この子供は数十日前に造られたばかりの新米魔王——810番目の魔王であった。といっても造られたのはこの子供だけではない。
魔王が一度に造られる数は決まって100体。現存する魔王の総数が一定数まで減った時に造られ、そうやって現在までかれこれ9回――総計900体もの魔王が造られてきた。
ちなみにこの100体を一般的に『世代』と呼んで区別する。
「だいたいさぁ、まるで僕が仕事してないみたいな言い方やめてよ! 今は本当にやることなかったんだってば。領域運営だってポイントすっからかんで貯まるまで何もできないし、侵入者はジュゼートが対処しにいってくれたから僕にできる事ないし――」
「……ふぅん。それで?」
青年――ジュゼートの瞳がさらに細められる。
「だ、だから……怠けてた訳じゃない、というか……」
視線の圧力に負けて、810番目の魔王――以降は810と称する――の声がだんだんと尻すぼみになっていく。
真紅の瞳に夜の菫を彷彿とさせるような黒紫色の髪も合間って、いっそジュゼートの方が魔王のようだった。
「強くなるために自主鍛錬でもしてはいかがです。主の為に健気に仕事をこなす私が哀れじゃないですかねェ」
「え?」
本気で聞き返してしまった810が慌てて口を閉じるが、時既に遅し。ジュゼートはあからさまに黒い笑みを浮かべながら眼下の頭を鷲掴んだ。
「何か異論でも?」
「やーあはは、なんでもな――イダダダダッ暴力反対だってばこの不良配下!」
「領域経営1人じゃまわらないってどこかのお馬鹿さんがいうから手伝っているというのにこのポンコツ主は! 大体ですね――」
「あーーーーーーーーッ!」
流れで小言を続けようとしたジュゼートを遮るようにして810は叫びながら勢いよく立ち上がった。
「!?」
危うく顎に頭突きを食らいかけたジュゼートがのけぞった隙に810が鮮やかな身のこなしで玉座を降りトトトッと駆けていく。
その光景をぽかんと眺めていたジュゼートは、ハッと我に返るやいなや眦をさらに吊り上げその背を追いかける。
「話は終わっていませんよ主サマ!」
「タイミング良――悪く侵入者が来たんだよ! さー仕事仕事!」
「は!? あんた弱いくせに何馬鹿な事を——こら待ちなさい!」
だがその呼びかけに810の足が止まる気配は全く無く、やがてその姿は薄暗い洞窟の向こうに消えてしまった。
「んのっポンコツめ、毎度毎度どうしてこう……ッ!」
ジュゼートの舌打ちと同時に、彼の背中に黒いコウモリのような羽が現れる。
「後でさんっざん説教してやりますから覚悟しやがりなさいッ!」
バサリとやや光沢がかった羽を羽ばたかせ、ジュゼートは小さな主の後を追いかけるのだった。




