1-17『俺は……ただ、』
「処理って——あんた、特殊召喚ですよね?」
「とく……?」
「あれですよ、ええと……何が召喚されるかわからない方で召喚された配下ですよね?」
「俺は、量産されたエンジェルの中の一体……ですけど」
その返答にジュゼートは思わずといった様子で額を押さえた。
「まずそこも違ったんですね。レアリティDを通常召喚? 居住区を知らないようでしたからてっきり同世代かと思っていたんですが……絶対に主サマと同世代の魔王の仕業じゃないですねェ」
「俺が知るわけ、ないじゃないですか……」
「ああそういえばそうでした、あんた捨て駒ですもんねェ」
「この性悪――イ“ッ !?」
「おっと失礼、地面に寝っ転がっておられるので床と間違えて踏んでしまいました」
ニッコリとわざとらしい笑みを浮かべるジュゼートを青年は涙目で睨みつけた。
「なんで、こんなのが……」
「それはこちらの台詞といいますか、逆によくそんな魔王の為に尽くせますよねェ。私だったら早々に三行半叩きつけて別の魔王に寝返りますよ」
「寝返り……、ハハ……よく言うよ」
青年の濁ったエメラルドグリーンの瞳がジュゼートを捉える。その瞳に宿る感情は強い怒りと嫉妬だ。
「俺に、死ねって?」
「はぁ? 誰もそんな事言ってないでしょう」
「配下に、主は選べない。……だったら、死以外にどうしろと……」
「そんなの——」
「ずるい」
ジュゼートの返事も耳に入っていないのだろう、青年は虚空を見つめながら小さな声を紡いだ。
「ずるい、あなたばっかり、どうして。俺は……ただ、俺を見てくれるだけで、――それだけで、よかったのに。どうして、なんだよぉ……」
その言葉で、ジュゼートは理解してしまった。きっとこの青年には主の魔王に対する忠誠心はなんてものはない。だからこうして、聞かれれば驚く程素直に答えるのだ。それにも変わらずヤト達に牙を向いたのは、断ち切り方のわからない繋がりを前に奇跡めいた可能性を信じたが故——否、信じるしかなかったのだ。
洞窟内に響く嗚咽を聞きながら、ジュゼートは僅かに目を伏せる。ジュゼートには、目の前の存在がひどく虚しいもののように感じた。
「あんたが、今の今まで動かなかったのは——」
自分を駒としてではなく個として受け入れてくれるヤトと出会ってしまったから、だろう。
もしバグによる崩壊がおきなければ、青年がヤト達を殺そうとしない未来があったのかもしれない。
だけど、青年の存在で――バグが起きてしまった。
バグはいずれ領域を崩壊させる。全ての終わりを悟った青年は、だからこそ、行動したのだろう。
ずっと彼が渇望し続けたものを自らの手で壊さなければならないのはなんたる皮肉か。
「先ほどの話ですけど」
これから言おうとしている言葉は、正直殺そうとしてきた相手に告げるものではない。彼自身もどうかと思っているが……脳裏に浮かぶのはヤトのあの一言で。
ジュゼートは小さく息を吐くと、青年の感傷をぶち壊す一言を投下した。
「今のあんたなら選べるんですよ、主」
「…………は?」
たっぷり間をおいて、青年の口から間抜けな声がこぼれ落ちる。驚愕と疑念に揺れる瞳を前にジュゼートはふんと鼻を鳴らした。
「名無しなら主サマの名付けスキルによって主従契約の上書きが可能なんですよ。まぁあんたが了承すればの話ですケド」
「なに、を…………うそ、だ」
「まぁそういう反応になるのもわかりますが……あんたに嘘をつくメリットが私にあると?」
ジュゼートのダメ押しに、青年は泣き笑いのような表情を浮かべた。
「アハ……最初に、知りたかったなぁ……」
「あんたの事、ずっと名前持ちだと思ってましたからねェ」
「なんで、今更……」
「今更も何も、それであんたはどうしますかって話ですよ」
青年のエメラルドグリーンの瞳が、大きく見開かれていく。その表紙に溜まっていた涙がぽろりとこぼれ落ちた。
だが、青年はそれすらも気づかない様子でただ呆然とジュゼートを見上げていた。
「どう……して、だって、俺、殺……」
「甘っちょろいですよねェ。ですが、あんたが敵だと分かっても説得できないかと未練たらたらだった主サマがいましてねェ。優秀な配下としては極力叶えてあげたいわけです。……それに、前の領域じゃどうだったか知りませんけど、ここじゃあんたも十分戦力になりますからねェ」
青年からついと目を逸らしたジュゼートが「使える者は使う派なんですよ私は」と少々早口気味に告げる。
「それで? 正直聞くまでもないような気もしますけど……あなたは何を選びますか?」




