1-11『僕信用なさすぎない?』
——居住区/ヤトの自室にて
背もたれのない木製の椅子に腰掛けたヤトと丸テーブルにちょこんと座ったキリマルが顔を付き合わせていた。
あれから幾分か時間が過ぎ時刻は22時程。魔物の出現は8時から12時、13時から17時の期間に集中していてそれ以外の時間ではほとんど現れない。その為、現在は皆居住区に引っ込み各々自由な時を過ごしている。
キリマル曰く魔王や配下が過労にならないようあらかじめそういう風に領域が調整されているとのことだが、相変わらず謎だらけである。
余談だがこの世界の1日は24時間、1年は400日で巡っている。
「それで、伝達だったよね。……ジュゼート達に聞かせたく無いってことは配下に関して?」
キッチンから頂戴した果物をあぐあぐと丸齧りしがらヤトが尋ねた。その様子にキリマルから呆れ混じりの視線が飛んできたが、ヤトは知らん顔だ。
「通常、こういった伝達事項は魔王のみに伝えるのですよぅ。それを配下に伝えるか否かの判断は各魔王に一任しておりますぞ」
「なるほどね、続けて」
「ええ、それで伝達の内容ですが——領域に関する厄介なバグの修復の為、目処が立ち次第少しの間領域のメンテナンスを行う事になったというものですよぅ」
ヤトは今ひとつピンとこない表情で、ふぅんと曖昧な返事を返した。
「ちなみにどういうバグか聞いてもいい?」
「はいですよぅ。バグは全部で2つ。1つは特定条件下で魔王あるいは配下が領域外に出てしまうというバグですな」
「……それって前からあるやつだよね?」
事実それによって青年がヤトの領域に流れ着いている。ヤトの問いにキリマルが頷いた。
「今回ようやくそのバグの条件が特定できたんですよぅ」
1つ目のバグの発生条件だがキリマル曰く、魔物が領域に侵入し始めたその瞬間に魔物へ攻撃を当てる事らしい。どうやら魔物が領域を通り抜けようとした時その一点がひどく脆くなるらしく、それゆえ、部分破壊が可能だったとの事だ。
「これが修正されれば領域外に出てしまう事故も無くなりますな」
「ってことはもう安心なんだね。それで、2つ目は?」
「2つ目は特定条件下で領域が崩壊するバグですな」
「えっ崩壊……?」
さらっと告げられた2つ目の内容はなかなかに恐ろしいものであった。
2つ目のバグの発生条件は、別の魔王と主従契約を結んでいる配下が領域内にいる事だそうだ。どうも主従契約が領域の外膜の構築を阻害するらしく、そのせいで領域が脆くなるらしい。ゆえに、対象となる存在が領域に留まれば留まる程領域の脆さが加速していきやがて崩壊するとの事だった。
魔王のレベルに見合わない魔物が出現したり、魔物の出現ペースが異様に増えたりしたら崩壊の前兆である可能性が高いという。
「なにそれこわ。ちなみに出現ペースが増えるってどの程度?」
「倒しても倒しても次から次へと湧いてくると当方は聞き及んでおりますぞ」
「な、なるほど……」
口元を引き攣らせながら、ヤトは震え声でつぶやいた。
「でもなんで急に原因がわかったの?」
「ああそれなんですけど、半年程から何かの『肉片』とか『体の一部』とか――ああもちろん『綺麗な状態のもの』も含めてそれらがいきなり領域内に現れるという報告がやけに増えましてな。おかげで原因特定に至るデータが十分に集まったのですよぅ」
一応キリマルは軽く言葉をぼかしてはくれていたものの、うっかり想像してしまったのだろうヤトの顔色はあまりよろしく無い。
「……増えた原因ってまさか——」
「この件が1つ目のバグを利用して作為的に行なわれていた事だからですよぅ」
ひょうひょうと告げられた事実にヤトはやっぱりかと顔を顰めた。キリマルの話の途中で疑問に思ったのだ——どうしてこの2つのバグの原因が同時に特定されたのか、と。薄々この答えを想像していたにせよ、やはり胸糞悪い事この上なかった。
「……そいつ、なにかのお咎めはあったの?」
「さすがにお上から注意程度はありますよぅ」
「なんで! だってそいつ、わざと配下を外に出したんでしょ!?」
ガタンと椅子から立ち上がりヤトがキリマルへと詰め寄る。その瞳には珍しく激しい怒りが渦巻いていた。
「そりゃあ外に出した理由が『配下の処理』だからですよぅ。これが意図して他の魔王の領域を崩壊させようとしたならば別ですけれども」
「そんなのって……」
「我々管理側は規定の範囲内ならばこの程度は特に問題にはなりませんぞ。魔王様はお忘れのようですが配下は所詮魔王が召喚した存在なのです——ゆえにアレらは魔王の所有物に過ぎませんよぅ」
この程度と、声なくつぶやいたヤトは信じられないといった表情でただ呆然とキリマルを見つめている。
「そういうわけですので、今後メンテナンスまでバグが起きないようくれぐれも気をつけるんですぞ、魔王様」
「……うん」
平然と話し始めるキリマルにぼんやりと返事を返しつつ、ヤトはトスンと椅子に座った。
「当方はまたしばらく不在になりますけれども何かあったらすぐに連絡を飛ばすのですぞ——って魔王様、どうかなさいましたかな?」
「……んーん。なんでもない」
きょとんとした顔で首を傾げるキリマルに、ヤトは無理やり口角をあげたようなどこかぎこちない笑みを浮かべる。
「そんなに何度も言わなくても分かったってば。……僕信用なさすぎない?」
「いやー魔王様危なっかしいですからな……」
「危なっかしいってなんだよもー!」
結局キリマルは領域を離れるまでずっと口すっぱく念を押し続けていた。そんなキリマルをヤトはげんなりとした表情で見送った。
シンと静まり返った部屋の中、脳裏に蘇ったのはキリマルのあの言葉。
「所有物、かぁ……。やっぱり僕には理解できないや」
薄々感じていた、感覚の齟齬。それが先程の話を聞いてより強くなった。
魔王のあり方としてはむしろヤトの方なのだと——突きつけられたような気がした。




