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1-9『私が作りましたけどなにか文句でも?』


黒いドレスの女が一人、 無機質な白でできた床を歩いていた。

 

――コツリ、コツリ


 静まりかえった廊下には女の足音だけが響いている。廊下は壁一面が黒いカーテンで覆われ、ひどく薄暗い。


——コツリ


 足音は、廊下の突き当たりにある重苦しい雰囲気の真っ黒な扉の前で止まった。

 女が深く息を吸う。何かを覚悟するように僅かに緊張の色を纏った女は、両開きの扉を押し開きその先の空間へ一歩足を踏み入れた。


 そこは謁見の間だった。天井に咲くシャンデリアの群れに照らされがら、真っ直ぐに伸びた黒い絨毯の上を進む。

 女の視線の先——少し段差のついたその場所には黒い玉座に気だるげに腰掛ける男の姿があった。


マスター


 抑揚のないアルトボイスが広間に響く。

 ()()の背もたれに行儀悪く寄りかかりながら眼前の画面スクリーンを退屈な顔で眺めていた男は、視界の隅で跪く女を一瞥した。


「遅ェ」

「申し訳ございま——」

「さっさと報告しろヌル」


 男は苛立たしげに舌打ちした。じわりと、男から殺気が滲む。


「承知いたしました」


 理不尽な殺気を浴びてもなお、女――ヌルはピクリとも表情を動かさずに顔を上げた。


「予期せぬ意思の発露が見られる新たな20個体の処理、無事完了いたしました」

「新たに補充しておく。3日で使えるようにしておけ」

「承知いたしました。……報告は以上です」

「なら消えろ」

「承知いたしました」


 ヌルは一礼すると身を翻し扉へと向かう。その顔は相変わらず無表情だった。


「ヌル」


 扉へ触れたヌルの動きがピタリと止まる。そして、無機質な榛色の瞳が男を捉えた。


「いかがいたしましたか、(マスター)

「余計な事するんじゃねェぞ」

「わきまえております」

「わかってりゃいい。もう行け」


 頭を下げ静かに扉の向こうへと消えていくヌルの後ろ姿を、男は苛立たしげに見送った。


「どいつもこいつも道具の分際で一丁前に意思なんか持ちやがって。……生意気にも程があンだろ、糞が」


 男以外誰もいなくなったその空間に、ガンッという鈍い音が反響した。





 扉の先に広がっていたのは、自然みの強い洞窟とは対照的な——ライトブラウンの床とアイボリーの壁に囲まれた人工的な空間だった。


「……洞窟の中にこのような場所があるなんて」

「今はまだテーブルとソファだけなんだけど、そのうち色々充実させていきたいなって思ってるんだよね」


 部屋の中心にはシンプルな白い天板のテーブルが置かれ、その周りをシック調の黒いL字型ソファーがとり囲むように配置されている。

 部屋の広さのわりには置かれている家具がまだ少なく、どこかもの寂しい印象を受けた。

 ひどく驚いた様子の青年にヤトは満足そうな顔で笑う。


「えっと……ここは普段何をする為の部屋なんでしょうか?」

「んーとね、休んだり、ご飯食べたり、簡単な作戦会議したりかな。一応談話室のつもりで作ったんだけどね」

「なるほど」

「ちなみに魔物はここには現れないから安心して休んでね」


 その言葉に青年は目を丸くした。

 通常、魔物は領域内のどこにでも現れるがこの『居住区』だけは別だ。魔物が入れない結界が張られていると言えばイメージしやすいだろうか。敵に追い詰められた際のシェルターにも使える優れもので、ゆえにヤトは真っ先に導入するのを決めた。

 余談だが、この居住区はもちろん導入時のカスタムポイント消費量が非常に多い。加えて維持するのにも定期的にポイントの消費が必要なのでヤトの所持ポイントはいつもカツカツだ。


「すごいですね……居住区って」

「あれ、お兄さんもしかして居住区自体が初めて?」


 ヤト的には洞窟と部屋のギャップに驚いてもらうつもりだったのだが、それにしては青年の驚きっぷりがすごい。

 ヤトの問いに青年は少し困ったような表情で曖昧に微笑んだ。


「……(マスター)は領域整備よりも戦力の増強に力を入れておられた方だったので」

「ふぅん、そうなんだ。じゃあお兄さんのところは、ご飯や休息は居住区じゃなく領域内でとってたって感じ?」

「えっと、それ以上は……」

「あっごめん、お兄さん!」


 慌てて口を噤んだヤトに申し訳なさそうな表情を浮かべた青年は、気まずげな空気を取り払うように奥の扉を指さした。


「そ、そういえば奥の方にも扉がありますね。ええと、居住区はこの部屋だけではないのですか?」

「うん、そうだよ。じゃあ次の部屋に行こっか!」





 そうして一通り居住区を巡り終えたヤト達は現在、談話室のソファに腰を下ろしていた。


「わーいごはんー!」


 嬉しそうなヤトの視線の先には机の上に置かれた出来立ての料理があった。

 基本、魔王は食事を取る必要がない。しかし、以前うっかりポイントで食材を入手しすぎてしまった際に食して以降なんだかんだと食べる習慣がついてしまった。

 ヤトの視線が料理に釘付けになっているその横で青年は驚いた表情のまま交互にジュゼートと料理を見やる。


「ねぇねぇジュゼートもう食べていいー?」

「ああはい、どうぞ」

「わーい! いっただっきまーす」


 ぱちりと手を合わせたと思いきやカトラリーを手に早速料理を口に頬張り始めたヤトにジュゼートは苦笑いを浮かべた。


「ほら、あんたもキョロキョロしてないでさっさと食べてください」

「え、ええ。……いただきます。あの、これはあなたが?」


 がっつくヤトをチラチラと見ながら慣れない手つきでカトラリーを手に取った青年は、そう言って目の前の料理——飴色のやや不透明なスープに、一口大に切られた色とりどりの野菜がゴロゴロと入った一品だ——を見る。


「私が作りましたけどなにか文句でも?」

「い、いえ。そういうつもりでは。ただ初めて目にしたものでしたので……」

「? そりゃ創作料理ですから」

「……」

「……」


 二人の系統上、相性が悪いとは聞いていたがおそらく性格もあまり合いそうにないらしい。

 ギスギスしたやりとりに耳をそばだてていたヤトは、さてどうしたものかと思考をめぐらせつつ野菜を頬張った。


「そういえばお兄さんはどんなご飯が好きなのー?」

「ご飯ですか」

「そう! 僕はお芋の入ったスープが好き」

「やたら芋を入れろってせがんできますもんねェ、主サマ」

「せがんでないし! かるーくお願いしただけじゃんか。それで、お兄さんは?」

「わたし、は——」


 青年が言葉を詰まらせる。カチャリ、と食器の音だけがその空間に響いた。

 固まってしまった青年に小首を傾げたヤトだったが、青年の状況を思い出し紫苑の瞳に同情の色が浮かぶ。

 かげりを帯びた表情からそっと目をそらして、ヤトはあえて明るい声をあげた。


「好きなご飯、見つけたら教えてね?」

「……ええ」


 その際、青年が少しホッとした表情を浮かべたように見えて、ジュゼートは僅かに眉を顰める。


「そしたら今度ジュゼートに作ってもらお——うわっ」


 食べ終わった食器を片手にヤトの頭を乱雑に掻き乱すとジュゼートが立ち上がった。

 喚くヤトを適当にあしらいながらジュゼートは青年を睨みつける。


「……なにか?」

「ヤト様とあなたの距離感が随分近いなと思いまして。わたしがいた領域とは随分と異なっていたものですから、つい」


 そう言って詫びる青年にジュゼートはあまり納得の言っていない様子だった。

 二人の間を漂う不穏な気配を察してかヤトが心配そうな顔で二人を見上げる。

 その視線に気づいたのだろう、ジュゼートはそれ以上何かを言うことなく、代わりにもやもやとする感情を吐き出すがごとく深く息を吐き出した。


「距離……ねェ」

「え、魔王と配下ってこんなもんじゃないの?」

「他の魔王は知りませんケド、それだけは絶対に違うと思いますよ」

「えっ」

「魔王が皆主サマのようにポンコツなわけないでしょうが」

「ポンコツ言うなし意地悪配下!」

「誰が意地悪ですかこのお馬鹿」


 賑やかな会話を繰り広げるヤトとジュゼートを見つめる青年の瞳が一瞬、翳りを帯びる。その瞳に混ざる感情の色は何色か。


「いい、なぁ――」


 無意識に彼の口から溢れた小さな小さな独り言は誰の耳にも届く事なく、あたたかな空気の中に儚く溶けて消えた。


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