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第3話 最初の戦い



 そのころ、襲撃に来たそいつらは不審な顔をしていた。


「ムエトの奴、遅いが……何かあったのか?」


「大きな音が聞こえて来たな。まさか、人質が逃げて階段から落ちた?」


 残った二人の男が心配そうな様子を見せている。だが、この時点では仲間が死んだかもしれないなどと露とも思っていない。

 ただ、人質に死なれると困るというだけだ。交渉には生きていてもらったほうがいいというのももちろんあるが、人死には多い方がいいなどという狂った思考はしていない。


 そもそもが、危害を加えてきた奴だから殺すなんて言う思考は精神異常者の類に当たる。

 人間と言うものは、殺せと無責任に言いはしても、実際に自らの手を汚すのはできない生き物だ。そういう本能がある……例えばアメリカならその本能を無効化するノウハウを軍は持っている。

 死というのは、生物にとっては無意識に避けるもので、表面に昇らせたくもないものだから。


「どうします?」


「放っておけば来るだろう、と言いたいが……」


 まだまだ誰かが死んだなど考えず、話し合っていた二人だが……そのうちに”べきり”、という音が響いてきた。

 まぎれもなく、骨の折れる音だった。


「まずいんじゃないですか?」


「あいつ、ガキの腕でも折っちまったのか? いや、待て。おかしいぞ――悲鳴が聞こえねえ」


「あ、そうだ。おかしいですね。見てきましょうか」


「俺も一緒に行く」


 まだ、仲間が危機に陥っているなどとは思ってもいない。

 しかし、静寂と言うのは人の不安を掻き立てる。

 さらにいえば、何かあれば大声ででも報告が来るはずなのだ。ここで、何も音がしないと言うのは不審に過ぎる。


 ――それでも、彼らはまだ仲間が生きているだなんて甘いことを考えている。


「ここか?」


「血痕が……」


 そして、彼らはほどなくしてそれを見つけた。

 音はどこからしたかを見分けることは軍人として必須スキルだ。ましてや地図さえあるのだから、難しくはない。


「――ムエト」


「誰が? まさか、ロキ・ダインスレイフがやったとでも言うのか。たかだか8歳のガキが……」


「さすがは頭がイカれた王族の一人ってことか? だがな、そんな簡単にアイツがやられてたまるか」


「……けれど」


 今になって二人は不安な顔をする。

 この血を見ていれば、人質ではなく仲間の方が傷ついた可能性が大きいことが現実味を帯びてくる。

 それでも、長年連れ添った仲間が簡単に死んだなどと言うことは考えもしていない。


「行くぞ」


「はい」


 だから、血痕を辿っていく。ロキ・ダインスレイフの誘導したままに。

 人間は通常、殺し合いを日常的に考えることができるようにできてはいないのだから。

 ゆえにこそ、これは彼らが甘いというより、ロキが殺し殺されの物騒なことしか考えていない救いようのない人間であるだけだ。


「……これ、は」


「――ムエト!」


 仲間の方が即座にそいつの元に近寄った。血がとめどなく出ている。

 しかも、重症になりやすい頭から出血しているのが見える。そんな痛々しい姿を見てしまえば、心が仲間への心配で一杯になって、他の何も見えなくなる。

 例えば、頭から血を流すその仲間の体勢が明らかに”何か”を抱えていようとも。


「ムエト、生きてるか!? 返事をしろ!」


 仲間の身体を起こして、顔を確認して無事を確認しようとする。

 その瞬間に何かがちぎれる感触がした。糸をちぎる軽い感触。そんなものには気付かないほど彼は仲間を心配していた。

 それはきっと、美徳と呼ばれるものとなるだろう。


 ゆえに、それが彼の感じた最後となった。


「――ッ!」


 爆風、そして破片が炸裂した。

 仲間が心配で何も考えず仲間の死体を起こした結果、死体の顔側にひざまづいてその顔が正面に来るように起こしてしまった。

 結果、不運にも仲間の死体を盾にできなかった。もちろん、それを意図してやるような人格をしていなかったとしても。


 結果は、即死と言う形で訪れた。


 手榴弾の本命は爆発よりもむしろ高速で飛翔する破片の殺傷力だ。

 彼らは兵士の割にはレベルが高かった。いや、古参兵なのに一般兵よりレベルが低かったら悲しいが。

 だが、それも兵士のレベルであることは事実であろう。

 戦場を支配する英雄のレベルには程遠い。馬と同レベルの速度、鉄さえも斬れる剣技を有していても、ただの物理現象に殺されてしまう程度でしかなかったのが彼の不幸だ。


「ノール! おい、ノール!」


 リーダーの彼は幸運にも被害を逃れていた。

 もしかしたら用心深さのためとも言えるかもしれない。不審を感じて駆け寄るのを躊躇したか今も生きている。

 手榴弾のトラップはあくまで死体を起こした者に作用するトラップだ。

 扉の近くにぼけっと突っ立っていたのなら、運が悪くない限り怪我はなく……そして彼の運は悪くなかった。


「……なぜ、だ」


 足から力が抜けて、崩れ落ちてしまう。そのまま、力なく床を叩いた。無念が胸の中に渦巻いて、どうにかなってしまいそうだった。


「なぜ、お前たちが死なねばならん!?」


 目の前の不条理に涙を流した。

 確かに死を覚悟して反乱を起こしたが、こんな最期を望んでいたわけではなかった。

 いや、そんなことよりも前に……長年連れ添ってきた仲間の死を前に冷静に居られるわけがない。


「――『電磁抜刀(レールガン)


 そして、その隙をロキは逃さない。

 原作を知っているがゆえに、彼はロキがどういう必殺技を編み出すかは知っている。

 鞘と剣に磁力を与え、高速で撃ち放つ抜刀技。普通は剣でそれを行いはしないが、能力で加速した物体を逐一制御すると考えれば必殺技にはふさわしい。……けれど。


「ロキ・ダインスレイフか! 貴様が!」


 受け止められた。

 電磁抜刀の制御がわずかに狂っていた。

 いや、むしろ彼のレベルとしてはよくやっていたはずだった。

 兵士二人を殺したことでレベルアップして出力が上がった、が……それがわずかな狂いを生み出していたことも事実で。

 だが、元のままでは出力が低すぎて先の技など実用できなかったことも事実で。

 つまりは純然たる地力の不足。

 年齢が足らなければ修行も足りず、体格に至っては言わずもがな。

 そんな有様では真の一撃必殺など望むべくもなく、こうして1対1などと無様なことになってしまう。


「っち! だが、都合がいい。ムエトとノールを殺した罪を償ってもらおう!」


「は! 罪だと? 俺はただ俺を殺しに来た奴を殺しただけだ。死にたくなければ、農民でもやっていろ! 剣を俺に向けたのは貴様らが先だ!」


 剣は捨てた。

 そんなものはそこら中に隠してあるし、もっていたところでガキの身体では重りに過ぎない。これまた虎の子の銃を取り出す。 

 冒険者だろうが兵士だろうが、普通相手にするのは魔物……その延長として敵国の兵士を相手にする機会も多いが、基本のルーチンは魔物を相手にするものだ。

 銃は基本、民間人制圧用としての用途しかないために逆にレアである。 

 だが、”それ”は今やロキの手の中にある。


「俺を傷付けるものは皆死ねばいい!」


 取り出したのは多少ごつめのハンドガンだ。実はこれでも魔物にはあまり効果はなくて、鎧など着ていない兵士ですら倒せるかは怪しいところ。


「――っこの、恥知らずが!」


 ゆえに銃と言うものは嫌われる。

 それは力なき者に向けられる代表的な暴力だ。民間人を虐殺する専用の武器と言っても遜色がない武器だ。

 弱い者いじめの武器をありがたがる奴などいやしない。


「そんなもの、俺が知ったことか!」


 撃ちまくって後退、銃も捨てて逃げた。当然、古参兵レベルの人間だから、傷も負わせられない。

 当然、それも予想の範疇でまだ策はいくらでもある。


「……逃がすか」


 銃を全て切り捨てたリーダーの彼は怨念とともに吐き捨てる。

 仲間を殺してくれたロキを逃がすつもりはない。

 こうなれば、一人でも作戦を遂行するしかないと覚悟した。死んでいった仲間たちに報いるためにはそれ以外の方法を知らないのだ。

 相手が子供であったとしても、許せる範囲は通り過ぎた。


「っち!」


 ロキは思わず舌打ちをする。

 敵は幾多の罠をこともなげに切り捨てて向かってくる。

 下から跳ね上がるナイフ、合図で飛ぶナイフ、曲がり角にしかけたロープを飛んでかわした瞬間に銃弾を浴びせても全て対処された。


「待て、貴様には必ず報いを受けさせる! 腕を折り、彼らの骸の前で謝罪させる。戦士として戦うこともなく死んでいった彼らに!」


 やはり、一流の戦士の前にはただの罠では足を鈍らせる程度の役にしか立たない。どうにか、決定的な隙を作る必要がある。


「は――下らん! 俺は生きる! 俺を脅かすものは全て殺す!」


 廊下で足を止める。ここは行き止まり。そして、敵もそのことを知っていた。

 いくら広いとはいえ館は館、走り回っていればすぐに袋小路に入ってしまうのだ。もちろん、それを知っていてそうしている。


「――」


 ロキは廊下の向こう側で剣を構える。

 だらりと腕を下げて、まるで引きずるように……それは敵も使う、この国の流派。その技の一つ。

 敵めがけて走り、すれ違い様に首を落とす”魔物を殺す”技。


「……は。腕が震えているぞ。曲がりなりにも習ったようだが、そんなものは所詮付け焼刃だと言うことを教えてやる!」


 だから、当然敵も同じ技を使える。

 お手本だとでも言うように同じ技の構えを取った。完成度は段違いだ、誰が見てもロキに勝ち目はない。

 ロキの方は剣の重さに負けて剣先が震えているほどに拙いが、彼はというとお手本のように剣先がブレていない。


「俺は……生きる!」


 そのレベルの低い剣技でもって駆け出した。

 褒められない程度の代物ではない。

 体格と年齢を考えれば、いくらでも褒めようはあるのだ。けれど、ここは戦場……そんなものは何の言い訳にもならない。


「生意気な!」


 一瞬遅れ、こちらも駆けだす。こちらの方が、早く力強い。勝つのはそいつだ、誰もがそう確信できる。


「「――」」


 交錯する、その一瞬前。


「っが! な――がふっ!」


 そいつは喉元に灼熱を感じ、すぐに激痛へと変化する。

 息を吸おうとする度に激痛が走り、身動きするたびに喉で違和感がする。目の前が真っ赤になった。


「馬鹿が! 誰がまともになど戦うかよ!」


 ロキが吐き捨てる。

 彼は違和感の元、喉元をかきむしろうとして……しかし目にしたのはそのまま突っ込んでくる敵の姿だ。

 その技はお世辞にも褒められたものではなかったが、二人殺してレベルアップしたロキの腕力は強い。

 そのそっ首を一刀両断に刎ねてのけた。


「は――馬鹿め。まともに罠が通じないのなら、まともでないやり方をするだけだ」


 そいつを引き起こして、剣を使ってのこぎりのように引き斬った。断面を傷つけて、殺し方をわからなくさせる偽装工作で、遺体の損壊だ。


 本当に彼を殺したのは糸のトラップだった。


 極細のワイヤーを使って、敵の喉元の高さに張った。

 そして、周りへの注意力を奪った上に全速力で突っ込ませれば、敵の速さそのものがギロチンに変わる。

 その条件は表裏一体で達成可能、全速力で走らせれば自然と注意など働かなくなる。


 だから、あの技を使った。もちろん、全力でやったし、あの状況に一番合っているのもあの技だった。

 だが、全てが劣っていた。そんな拙い技など挑発に他ならない。案の定、我を忘れた彼はトラップに突っ込んできてくれたのだから。


「……はん。RPGの世界だけあって、どいつもコイツも間抜けばかりだな」


 この世の悪を煮詰めたような殺し方で三人の兵士を殺してのけたロキは、この世全てを嘲るように笑った。




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