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第2話 最初の戦い



 突然だが、今現在のロキ・ダインスレイフは弱い。


 訓練でのレベルアップはごく緩やかなものだ。

 それでも――待ち受ける襲撃事件のリミットは変わらないのだから、笑えないというほかない。

 しかも、それが何月何日に起きるかまではゲームでは設定されていないのだ。それは、RPGという媒体でこそのふわっとした設定ゆえだ。


 つまりは、一から十まで原作知識に頼り切ることはできない。

 むしろ、未来を知っている分だけ油断して、本来生き残れたところを殺されてしまうことも考えられる。

 なにせ、ロキという人物はいくつもの暗殺事件を乗り超えて、後遺症をいくつも抱えて心がねじ曲がりつつも生きてきたキャラクターだ。

 そんな悲惨な人間だが、しかしだから生きるのをあきらめるなんて話になりはしない。


 ……現代人がインストールされたことで心が弱くなっていれば、生き残れなくとも不思議はなかった。

 ロキが生き残ったのは、原作でも奇跡のようなものだっただから。


「だが殺されてなどやるものか。殺すのは俺だ」


 もはや日本人だった男の心は、彼の中には影すらも残っていない。

 ロキ・ダインスレイフの魂の前に砕け散って喰われた。ここに居るのは殺意の塊、敵を殺さなければ気が済まない狂犬だ。

 この殺意の塊こそが彼を生かす。


「そして……今日」


 襲撃がいつかは分からない――だが、前兆を見つけることは不可能ではない。

 誰も未来を予知ながら生きているわけではない。

 おそらく、前回、いやゲームでの俺もこれは予想していた。

 なんと驚くべきことに偶然にも、この城で働くメイド10人、シェフ2人が同時に休みを取ったのだ。

 まあ、「ちょっとした偶然が重なって、明日には入れ替わりが来る」などと言っていたが……あからさまに過ぎるぞ馬鹿どもめ。

 そんな怪しい前兆を見逃すわけがあるものか。


 俺は悪意を込めて嘲笑する。

 襲撃者はどこからか手引きされているのは予想がつく。

 それは前提条件だ、なにせ俺は第6王子。いくら後ろ盾がなかろうと、警備くらいはある。

 万全を期すなら、邪魔なものはよけておくのが普通だからその夜にはロキ一人になる……と、見透かせないわけがない。


 しかし、返す返すも愚かしい。

 何の関係もないメイドたちを死なすのには忍びないなどと、馬鹿げているにもほどがある。甘いのだよ。

 この俺をガキだと思って甘く見ているのだな。訓練、そしてメイドを殺したことでレベルは4まで上がっている。

 新兵の基準が5レベルと聞いたから、それより劣っているが――それでも、大の大人に追いつける程度の実力はついている。


「来いよ、襲撃者どもめ。殺してやる、俺の経験値となるがいい……!」


 ロキ・ダインスレイフは椅子に座って目を閉じている。

 来るべき時を待ち受けている。準備は整えてある。もちろん、玄関前のホールに陣取るような馬鹿な真似はしていない。

 子供の非力な力では隙を突いて殺す以外にない。絶妙に鏡と窓の反射を使って玄関を監視できるようにしている。


 ――扉の開く音がした。


「……」


 息をひそめる。何と言っても、こちらは8歳児……敵は油断しないはずがない。

 しかも夜襲だ、この時間はガキは寝ているものだと思っているだろう。まあこれはどちらかというと、メイドたちの交代の隙を狙ったということだが。

 もちろん、対策はしてある。昼寝はしているし、訓練がたたって自律神経が多少おかしくなっているから今も夜も眠れない状態だ。

 ロキはこの年にして不眠症だ。睡眠薬さえ持っている筋金入りだ。


「おい、さっさと連れてこい」


 そう言って、奥の男が何やら用意をし始めた。おそらくは無線に相当する魔道具だろうと見当をつける。

 彼らは入ってすぐに交渉のための道具の準備を始めていた。もう一人が手伝っている。その速度はなかなかのもので、練度をうかがわせる。

 敵の数は全員で3名だ、原作の知識通りに。


「了解です、リーダー」


 敬礼をして、そいつが歩き出した。

 普通に軍靴の音をたてている。暗殺者としては素人だが、兵士としての実力は間違いがない。

 思わず舌打ちをする。

 知識からおそらくとは踏んでいたが、そいつは新兵ではない。

 処刑が前提なのか全員老いている、経験を詰んだ古参に違いないと見える。50台ほどか、白髪が混ざり始めている。


 服装は軍服、幸いなことに鎧は付けていない。


「さて、と――こっちか」


 などと言って、地図を片手にのんきなものだ。敵が潜んでいるなどと、露とも思っていない。

 もっとも、未来は死あるのみであることを自覚しているのかその表情に影は落ちている。ああ、付け入る隙ばかりだなとロキは安心した。

 こういう中途半端な緊張状態が一番罠にかかりやすい。


「――ッ!」


 ガタリ、と音を立てて逃げ出して見せた。

 いくら館の見取り図を持っていようと、この無駄に広い館の中を知っているわけではない。地図を見るのと実際に歩くのは違うのだ。

 そして、こちらはいつも館の中を走り回る練習をしていた。

 大人と子供、どちらが早いのかなど考える必要もなくわかりきっているが、しかし条件次第ではあるだろう。


 ……メイドたちの邪魔になる? どうせ、どこかからのスパイか何かが、知ったことではない。


「……っぜえ。はあ――ッ!」


 だが、やはりロキの身体は子供のものが変えられない現実というものだろう。

 すぐに息切れするし、歩幅が小さくてすぐに追いつかれる。

 だが、その前に階段にさしかかる。計算して、丁度良い位置に椅子を置いていた。全ては策の通りに。


「待て。このガキ……!」


 相手は顔を真っ赤にさせて追ってくる。

 怒りか、それとも年で運動したらすぐにそうなってしまうのか。まあ、なんにせよ好都合には変わりない。

 人間は皆違うなどと言う言葉があるが、こと非常事態に限れば異常者でもなければ同じ行動をとってしまう生き物だ。

 ゆえに、手段さえ選ばなければ罠にはめるのはたやすい。


「っふ。は――」


 階段を駆け下りる。ここでも子供の身体で大人に勝てるはずがない……普通なら。

 だが、落ちるように駆け落ちるのは何度も練習して、リハーサルまで行った。

 しかし、こと”ここ”の階段でならば今のロキより早く降りられるものなどいない。それこそ、一瞬で降りてしまった。

 これも練習のおかげ。メイドたちがどんな顔をしていても無視して続けた訓練の成果だった。


「は?」


 追いかける男はロキの猿のような曲芸に一瞬驚くが、逃がしてはならないと階段を降りようとして。


「――なッ!」


 何かに引っかかった。転ぶ。落ちる。

 ロキの能力、磁力を利用して一瞬で階段の入り口のロープを張っていた。明かりを落としてあるここでは、見破るのは難しい。


「っが! っぐ! がは――」


 すさまじい音を立てながら落ちた。身体の節々に痛みが走る。

 要はメイドに復讐した時と同じ布切れのトラップと変わらない。芸がないとは言わないでほしい、同一人物ではないのだからまだ使える。


「はじめまして、そしてさようなら」


 落ちてきたソイツは幸いなこと仰向けで、しかも顔から血が流れていた。声をかけて首をあげさせた。

 その首に全体重、ついでに磁力を付加した加速もつけて首を踏み折った。まったく躊躇しなかった。

 ロキは狂犬だ、普通の人間とは違いすぎる精神性……それが能力を使いこなす原動力になっている。

 殺意の塊、復讐の権化。


「さあ、作戦の第一段階は完了。第二段階へ移行する」


 死体をずりずりと引きずって行く。

 レベルが4もあれば、子供でも鎧なしのこの体重なら引きずれるが、能力を使って浮かせた方が楽だからそうした。

 ……流れる血が痕を残す。


「さて、と。面白いものがあったんだよな。本編の俺もこういうのを使って撃退したんだろうかね……」


 箱を空けて、中の手榴弾を取り出す。

 もちろん、全て事前に見つけて用意していたものだ。この館にも軍備はある。だから黙ってちょろまかしておいた。


 殺したそいつをうつ伏せにして、腹の下に虎の子の手榴弾をあるだけ詰め込んだ。

 一人だけではない。館に来た三人を全て殺す。




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