奨学生部②
「し、失礼いたしますっ」
いささか緊張したような声の持ち主は、よほど身についているのか動きには一切の無駄がない。
「こ、こんにちは。あ、あのこちらに行くようにと、保健室の久々井先生に言われまして……」
「ええ。聞いていますよ」
俺の聴き間違いでなければ、この声は美樹だ。口調というか、態度が俺に対するものとは別人のそれであるが。
「奨学生部部長、青山美樹です。ようこそいらっしゃいました」
部長だったんだ、知らなかった。
「存じております。私は二年二組の神崎 楓です。本日は、貴重なお時間をいただきましてありがとうございます。」
流石はお嬢様学校と言ったところか。挨拶の仕方が、いちいち洗練されている。悠陽はなんだか異様にビクビクしてるし。
美樹はこの学園に推薦入試か何かで入学していたはずだ。在籍する財閥の子女が少なくないこの学園に推薦入試で入学、それは美樹がその財閥の子女であることに由来している。
勿論、推薦入試と言っても一般入試と窓口が違うだけで、一般組と比較しても遜色ない学力が求められる。この推薦は、はっきり言って財閥との癒着に他ならないが、学力的には一般入試組を凌駕することの方が多いため、そこからも不平不満は上がっていない。
俺たちとちゃぶ台を挟むこの女生徒も、この推薦組のようであふれ出る気品を漂わせていた。
ちなみに、悠陽は推薦組だが他の生徒とは一線を画している。財閥関係者でないにもかかわらず推薦入試で入学した、ある種本当のの化け物であった。
「うえー。こういうやり取り苦手っす」
げんなりとした表情の悠陽が部屋の隅で小さくなっている中、来訪者はここに来た理由を語りだした。
「私、実は好きな人がいて。幼馴染なんですけど……」
「なるほど。それで私たちに相談ってことですね。ちょうどいいし、ここで志島君にも説明しておきましょうか。ごめんなさいね、神崎さん」
「いえいえ」
美樹の謝意に短く笑顔で神崎さんは答えた。
「この部活はね、生徒の悩みを解決するためにあるの」
「相談?」
なんとなく、来訪者の様子からも想像できたが実際問題、なぜ俺たちがそんなことをやらねばならない? 文句ではないが単純に、なぜ? という気持ちが強い。
「学費免除の代わりに、学校運営に協力しろってことっすよ。ほぼ、バイトっすよね」
「口を慎め、赤坂」
「でも事実っすよね」
「うむ……否定はできんが」
強権に対し、毎度のことながら反抗的な態度をとる悠陽をせっちゃんが諫めようとしているが今回に関しては悠陽の意見が図星らしい。悠陽に負かされるスーパーせっちゃんは新鮮である。歯に衣着せない物言いに神崎さんも苦笑いだし。
「お客様の前で、醜い言い争いはしないで頂戴」
美樹はいたってにこやかに悠陽とせっちゃんを見る。そう、不自然なほどにこやかに。
「うちの部活の目的は生徒の相談に乗り、解決すること。勿論、私たちにとって専門外のことや、解決できないこともあるのだけれど」
美樹や悠陽の話——個人的な意見も十分に含まれているが、をまとめるとこういうことになる。
・奨学生部の目的は、生徒の悩みを聞き、解決すること。
・解決できないことによるペナルティーなどはない。
・はっきり言って、教師の手が出しにくい問題を解決するための組織である。
・この奨学生部の実体を知っているのは学内でも、ごく少数に限られている。
と、こんな感じだ。
実情を知っているのは、奨学生部に相談を持ち掛けてきた生徒本人。学園長、せっちゃん、保健医の久々井先生。そして、奨学生である俺たち三人。このほかの生徒はもちろん、教師でさえ俺たちのことをなんか知らんけど集まってる奴ら、と思っているらしい。
「それで、私の相談なのですが……」
「そうでしたね。話を遮ってしまってすみません。それで、好きな人がいるとのことでしたが?」
「はい。三年生の公助くん……いえ、内藤先輩のことがずっと好きなんです。家が近所なので昔は、仲良くしてもらっていて」
「なるほど」
「でも、内藤先輩が先に中学生になって、疎遠というか、なかなか会う機会がなかったんです」
そう言って、軽く頬を赤らめる神崎さん。美樹も興味津々といった様子で、話を聞いている。対照的な悠陽は既に興味を失ったようで、壁に体を預けながら目を閉じていた。
「その時は特に何も思っていなかったんですが、私が中学生に上がったときに気づいたんです。あ、私この人のこと好きだなって」
「ふむふむ」
若干詩的な雰囲気を感じる語り草に、俺が胃が重くなるような感覚に襲われるが、美樹は相槌を打ちながら、小さなノートにメモを取っていた。
「なぜ、そのタイミングで気づいたの?」
「彼は二年生でサッカー部のスタメンになってたんです。練習中に女の子がたくさん見に来るような、そんな人気者に。私の知っている公助くんも元からクラスの中心のような人だったんですけど、それでも他の女の子にチヤホヤされる公助くんを見てたら無性にイライラしちゃって」
「嫉妬?」
「はい。今まであんな気持ちになったことなくて。それで、気づいたんです。これが恋なんだって」
こういう話が好きなのだろう美樹はわくわくした表情で、口調も客人対応のものから、友達対応のものへと変貌を遂げている。
「一度中学生の頃に告白したことがあるんです。あっさりフラれちゃいましたけど」
神崎さんは自嘲するわけではなく、良い思い出だとでもいうようにからっと笑った。
「でも、まだあきらめきれなくて。次の日曜日にサッカー部の引退試合があるんです。公式戦はもう負けちゃってるので、練習試合なんですけど。これを機会にもうもう一度挑戦しようかと」
「頑張って! 応援するわ!」
そのチャレンジ精神を称賛するかのように立ち上がって、神崎さんの両手を握る。感動したのか、目に涙を浮かべている。
「それで、俺たちは何をすればいいんだ? 決意表明を聴けっていうだけなら、これで終わりだけど」
別に身の上話に興味がある訳では無い俺は、結論を急ぐ。空気読めよ、と睨まれたのは言うまでもない。
「す、すみません」
「気にするな。こいつの目つきが悪いのはいつものことだ」
一瞬で恐怖を感じたらしい神崎さんを庇うように、せっちゃんが間髪入れずにフォローした。俺に対する気遣いは皆無だが。
「すみません。私が皆さんにお願いしたかったのは料理の指導です。家庭的な女性がタイプだと言っていたので、今度お弁当を作っていこうかと」
相談者がその相談内容を俺たちに告知した刹那、この部屋の空気が一瞬で凍り付いた。それもそのはず、この部屋で料理のできる人間は限られている。
「し、志島くん! いえ、志島先生! 私に料理を教えてください!」
そう言って勢いよく立ち上がった神崎さんは、俺の目の前まで一目散でやってきて頭を下げた。勿論、床に膝をつき、手をつき、頭をつけて。ここが畳の上なので当たり前だが、土下座である。
料理の指導なんて家庭科の先生に頼めと言いたいところなのだが、こんなことでいちいち先生の手を煩わせられないということなのだろう。
「私は昔から料理を作るのが下手で、でも女の子として頑張りたいんです!」
——グサッ!
「確かに今まで作れたことのあるのはホットケーキぐらいで」
——グサッ!
「それも、ちょっと焦がしちゃって」
——ほっ。
「あ、でも味はおいしかったですよ、ちょっと見た目が悪くなってしまったくらいで」
——グサッ!
「うん、熱意は分かったから、そろそろやめてあげて。うちの女性陣三人のHPがもうゼロだから」
ホットケーキは焼けると胸を張る神崎さん。他の三人が絶望したように俯いている。
「え? あ、はい?」
意味が分からない、という表情を見せた神崎さんだがいうことは素直に聞いてくれるらしい。
「わたしもやります」
「あたしもやるっす」
「……私もだ」
そう言った三人も含め、女子力優秀者による調理実習が開催されることとなった。
「へ? 皆さんもですか?」
きっと、神崎さんはこの三人の本性を知らないんだろう。俺が来るまで部屋はどうしていたんだろうという疑問は、心の奥にしまっておくことにする。
せっかくやる気だったのに、即座に戦力外通告を食らった美樹は、
「そうですよね……ふふふ」
と、ただただ不気味に笑い続けていた。




