紗良の事故
ダイスケとソノミは、既に待ち合わせた居酒屋に来ていて、ビールを飲み始めていた。店内は、金曜の夜ともあり、客で賑わっていた。
「悪い、遅くなって。久しぶり」
「おつかれー。元気だった?」
ソノミが手を振り、にこりと笑んだ。ショートカットの黒髪に、白いブラウス姿の爽やかな雰囲気の服装だった。
「あぁ。ソノミは?」
「元気だよ。ごめん、先、始めてたわ」
「何飲む?」
メニューを差し出し、ダイスケが声をかけた。
「生かな。すいませーん!」
春は、近くにいた店員を呼び、生ビールを注文した。
「食いたいもの、適当に頼んだけど。なんか、追加で頼んでな」
ダイスケが春に言うと、春は、ぱらぱらとメニューをめくり、生ビールを運んで来た店員に食事の追加注文をした。
「じゃ、久しぶり。かんぱーい」
ジョッキを合わせると、春はごくごくとビールを飲んだ。至福だなと、春は充実した気持ちで息をついた。
「調子、どうだ? 忙しい?」
隣に座っているダイスケが、春に話しかけた。デニムのパンツに黒いTシャツ、グレーのパーカーと、カジュアルな格好だった。
「あぁ。営業の仕事も兼ねてるから、割と残業続きだ。地方まで、出張なんてあるんだぜ。オレ、デザインの仕事してたよな? って、疑問に思うことあった。ダイスケは?」
「おかげさまで、今は、スマホアプリのゲームの仕事が多くて。明け方帰って、夜中活動してる日もあった」
「ダイスケ、不健康そうだもんね? 痩せてるし。色白いし」
「笑いながら言ってるけど、ソノミそれ、心配してんのかよ」
ダイスケもつられて笑い、ビールを一口飲んだ。相変わらず、顎髭が生えているのを見て、学生時代に悪戯で紗良が剃った事が頭を掠めた。
「そう言えば、紗良はいつ戻ってくるんだ?」
春は、ソノミに尋ねた。すると、ソノミの表情が暗くなり、俯いた。
「どうした?」
ダイスケが、ソノミの顔を覗き込んだ。ソノミは、顔を上げて2人の顔を見た。
「紗良、1ヶ月くらい前に、向こうで事故に遭ったんだって」
「事故?」
ダイスケが繰り返すと、ソノミはゆっくり頷いた。春は、身が凍りつくような、気が遠くなりそうだった。
「それで、どうしてるんだ?」
春が静かに、ソノミに問いかけた。
「街を歩いていたら、バイクに跳ねられたんだって。意識不明がしばらく続いてたんだけど、先週ようやく意識を取り戻したって。右腕骨折してたって言って、今は、病院でリハビリしているみたい。妹さんの結婚式には、出られそうだって言ってた。確か、6月の終わりだとか」
ソノミの表情が、徐々に和らぎ最後には笑みが零れた。
「そうだったんだ…。一命取り留められて良かったよ」
ダイスケが力無い笑みを見せ、春とソノミの顔を交互に見ていた。
「あぁ。そうだな…」
「何だよ、郡。腑に落ちないような面だな?」
ダイスケの言葉に、春は生返事をしていた。春は、これまで紗良の声が聴こえていた事を、思い出した。まさかとは思うが、事故に何か影響があったのだろうかと。半信半疑な思いだったが、それは胸にしまっておいた。
久しぶりの友人との再会に浮かれ、ほろ酔いでふわふわした気分だったが、紗良の事が、気にかかっていた。
ちゃんと会う事が出来るのだろうか。紗良の声が聞こえていた、不思議な出来事を、紗良は知っているのだろうか。戸惑う思いを抱きながら、春は夜風に吹かれながら歩いていた。
自宅に戻ると、いつものように窓をあけ、部屋に風を通した。レースのカーテンが揺れるのを、ぼんやりと眺めながら、春はタバコに火をつけた。
スーツを脱いだ時に、胸ポケットから取り出したスマホをテーブルに置いたのを思い出し、視線を移した。画面を開くと、メッセージの着信が表示されていた。
『こんばんは。お疲れ様です。先日は、ご一緒できて楽しかったです。もし、土日ご都合良ければ、お時間ご一緒できればと思いました。いかがでしょうか?』
丁寧な文面は、亜弥からのものだった。春は、亜弥の顔を思い出していた。ふんわりとした可愛らしい印象で、甘ったるいような雰囲気があった。美里加とも、紗良とも違うタイプの女性だった。
「可愛いけどなぁ…」
タバコの煙を口から吐き出しながら、声が漏れた。今の、春にとっては、誰かと恋愛する気はなかった。それは、美里加との一件で再認識したせいでもあるが、紗良に対する気持ちを、ようやく整理しきれそうな気がしていたからだった。
それに、今の状態で亜弥と会い、関係を築くとなっても、また、美里加のように中途半端な気持ちで向き合い、相手を傷つけてしまうのではないかと言う、不安もあった。
返事に迷いながら、タバコを1本吸い終わり、春は部屋の明かりを、ぼーっと見ていた。
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