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蹲る男  作者: 未月かなた
7/13

互いの想い

月曜日の朝。

スマホのアラームの目覚ましで、春は普段起きるのだが、今朝は、その前に目が覚めた。

1通のメッセージの着信が、入ったからだった。

画面を見ると、美里加からだった。メッセージを開き、内容を確認すると、一気に目が覚めた。

身体をむくりと起こし、ベッドサイドに座りながら、美里加から届いたそれを、確認し始めた。

『土曜日、春くん、女の人と一緒に歩いているのを、偶然見かけました。私たちは、しばらく距離が空いているみたいですけど。これから、どうするのか、会って話しがしたいです』

美里加が怒っている時は、必ずと言っていいほど、文章が丁寧になる。淡々としたその文面から、すでにそれが醸し出されているのが、春には分かっていて、背筋がピンと伸びた気がした。

週末、デザインのイベントを、取引先の亜弥と一緒に見て回った。食事をして、駅で別れた。その何処かで、美里加が見かけていたのだろう。美里加の仕事は、デザイン関係ではないが、イベントに来ていたのだろうか? 暗雲のような不安が、春の胸の中に立ち込めていた。


亜弥と一緒に週末過ごして、素直に楽しかったと思えた。亜弥からまた、会いたいと言われ、春もそれに答えていた。視線が重なると、胸の奥がキュッと締め付けられる。可愛らしいなと、顔を見入ってしまう事も多々あった。

ふわふわした感情が、まだ、形にはならないでいたが、こういう時期が一番楽しいなと、春は一緒にいて不意に思っていた。


換気扇や、ベランダの掃除をしばらくサボっていたのを、春は知っていた。どこかで、重い腰を上げて、意を決して取り組まなくてはいけない。そんな、一大イベントのような行いなんだと、美里加への事を考えなくてはいけないんだと、自分自身に言い聞かせた。

日曜日は、一大イベントの掃除を2つ、やっつけ仕事のように、片付けた後、メインはここからだと、ソファーに座り部屋で過ごし考えていた。

寝室にあったはずの、絵が掛けられていた壁を見ながら、気がつけば、タバコの本数が増えていた事を、灰皿を改めて見て知った。


『分かった。今夜、会おう。部屋で待ってる』

ようやく 春が、美里加に返事を送ると、すぐにレスポンスが返って来た。

『ありがとう。仕事終わったら連絡します』

美里加のメッセージを確認し、春は頭を抱えて、はーっと、大きくため息を吐いた。

寝室を出て、洗面所に行くと水で顔を洗い流した。そうして、両手で頬をパンっと叩き、気を引き締めさせた。鏡に映った自分の顔は、どこか頼りなさげで情けない面をしていた。1日伸びた髭と、寝癖のついた髪が、更に一層それを引き立たせていた。

“決心、したのね?”

久しぶりに、紗良が春に話しかけた。そのトーンはひんやりとした感じだった。

「あぁ。いつまでも、だらだらしててもな…。美里加に悪い」

“いい子そうなのに”

紗良は、春の胸の内を見据えていたように言った。

“あの、可愛らしい女の子と付き合うの?”

「どうだろう。別にまだ、そう言う感情は持てない」

“でも、平気で抱けるでしょう? あの子みたいに”

紗良は、妙に食ってかかって来ていた。その言葉が、春には不快に感じていた。

「別にお前に、言われたくはない」

“そうよね。私達は、もう、とっくに終わってるしね”

春は、洗面台に置いた両手にグッと力を入れ、首を前にうな垂れらした。春の胸の奥で、重いマンホールの蓋のような何かが、動いた。そこから出てきた感情が、どんどん胸の中を埋め尽くしては、ぐちゃぐちゃにミックスされているようだった。

春は、喉の奥が締め付けられ、言葉が出なかった。胸の奥までもが苦しくなり、次第に涙が溢れ出ていた。

そうして、振り絞るように声を震わせ、春は口を開いた。

「…った」

“……”

「紗良が…好きだった。別れた後も、ずっと…。あの時は、紗良の為だと思って、自分の気持ちを、ねじ伏せたんだ。でも…どこかで、また…あの頃に戻れる日が、来るかもしれないって…」

肩を震わせ、春は涙を流した。

“……”

紗良の沈黙が、春にはとても苦しかった。

春は、分かっていた。紗良の言葉通り。もう、終わった事なのだ。紗良は、他の男と結婚し新たな道を、どんどん進んで行っている。それに比べ、春は過去にすがるように、居心地の良かった思い出に入り浸っていた。美里加と言う、恋人が出来ても、心の奥ではずっと、紗良を想っていた。

紗良は、沈黙したままだった。春は、そう捉えていたが、小さくすすり泣く声が微かに聞こえていた。

「紗良…? 泣いてるのか?」

春は、そこに聞こえる紗良が、目の前に現れるのならと、もどかしい思いでいっぱいだった。泣いている紗良を、抱きしめることも、涙を拭ってやることも出来ない。近くに居るはずの紗良に、どうしようも出来ない事が、時に苛立ちにさえ変わる事を、春は堪えていた。

“私も…”

か細く聞こえた紗良の声に、春は耳を傾けるように、気を集中させた。

“コーリくんが、好きだった。フランス行っても、淋しくて、帰りたい時もあった。でも、頑張ったの。そうしたら、次第に、やりたい事が、お花のようにどんどん開花して行って、いつしか、目の前に現れた人に、想いを寄せるようになっていた。今は、夫を愛しているわ。コーリくんとは、また違う形で大事にしたいと思ってる。でも…”

「でも?」

“コーリくんが、いちばん好きだった。でも、私は夫と、結婚する事を選んだ”

潤んだ紗良の声が、春の胸を締め付けた。気持ちが重なり合った事実を知り、春は嬉し涙を流した。

「ありがとう…」

“あの絵ね”

「うん?」

“コーリくんなの”

「え? オレ? どういう事?」

春は、タオルで涙を拭いながら聞いた。紗良は、クスクスと小さく笑っていた。

“卒業して引き止めもせずに、別れるだなんてって。ずっと、私を想って、悩み苦しんで踠いていればいいのにって”

春は、あの絵を思い出していた。モノトーンの色彩の中央に、影のように描かれたうずくまる人が描かれていた。

“コーリくんは、未だにずっと、そう言う気持ちで私を、想っていてくれてたんだね。…ありがとう”

「紗良? 紗良?」

途端に、紗良の声が聞こえなくなり、春は何度も紗良を呼んだが、声は聞こえなくなっていた。


お読み頂き、ありがとうございました。

メッセージは、文章だけだと淡々として捉えられる事もありますが。

普段は、フラットな文面の人が、突然丁寧な分に変わると、ドキリとします。


お話は、まだまだ続きます。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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