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蹲る男  作者: 未月かなた
13/13

蹲る男

夕方まで美里加と買い物をして、それらを新居へ届く手配を取り、美里加は、自分の引越し荷物をまとめると言い、駅まで見送った。


ダイスケからの連絡では、都内のダイニングを予約したと、メッセージに店のURLを添付してあったのを、春は確認した。

店は、家庭的なイタリア料理を提供しているようで、スマホの地図を見ながら店を探し歩いていた。雑貨店で足が止まり、美里加が欲しいと言っていたチェストがあり、春は美里加に電話をかけた。

「そうか、赤レンガ倉庫にもあるなら、今度そこで買おう。わかった」

美里加は既にリサーチ済で、目星をつけているものの店を把握していた。そういう事は、美里加に任せておこうと、春は思いながら、スマホの画面を再び地図に切り替えていた。

「コーリくん?」

横から聞き覚えのある声が聞こえ、春は顔を上げた。

白いパンプスとブラウスに、カーキー色したロングのフレアスカート姿の紗良が目の前に立っていた。

「紗良!」

春は声を出して、紗良の名前を呼んだ。

巻いた髪を後ろで無造作にまとめて束ね、薄いピンクのリップを塗っていた。

「良かったー。人違いだったらって、ドキドキしちゃったよ。元気だった?」

紗良は目尻にシワを作り、くしゃりと笑んだ。

変わらない笑顔に、春は懐かしさを感じていた。しかし、以前のような胸の奥を締め付けるような感情が、消えている事に、春は気がついていた。それが、違和感と呼べるものなのかは、その時は良く分からなかった。

「お店まで、一緒に行こうよ」

白いカバンを肩に下げ、紗良は歩き出した。

「あぁ。紗良、そう言えば、ソノミから聞いたけど、事故に遭ったんだって? 怪我はもう大丈夫なのか?」

「うん。頭強く打って、しばらく意識なくて。あ、あとね、腕骨折してたけど、今は大丈夫だよ」

「そうか…」

春は、少し前に自分に話しかけていた事を、聞こうか躊躇していた。

「ふふ」

不意に紗良が笑みを浮かべ、そうして春の顔を覗き込んだ。

「私ね、事故に遭ってしばらく意識失って寝てたみたいなんだけど。その時にね、コーリくんの夢みてたんだよ。コーリくんが、未だにあの絵持っていてくれて、彼女さんと喧嘩してたり、なんか身近でコーリくんの事を見てたみたい。コーリくんとも、お話したりして。なんか、リアルな夢だったんだ」

けろりとした様子で、紗良は春に話していた。その様子に、春は事実であった事を口にできず、言葉を飲み込んでいた。

「なんかね。ながーい片想いから、脱出したような。そんな気持ちだった。目が覚めたときに、夫がそばにいたんだけど、涙流してたんだって、私」

紗良は笑顔のまま、春に話しかけていた。そうして、春は、紗良の言葉と、目の前にいる紗良を見て、再開した瞬間の違和感が、何なのか分かったような気がしてきた。

「あの絵は、たしかにまだ部屋に飾ってる。けど、オレの彼女が気に入らないって言うから、今度引っ越すんだけど、その時は、オレの荷物の中にそっと忍ばせたままにしておこうと思う」

「そうだね。コーリくんも、抜け出した感があるように見える。もう、あの絵は、飾らないでもいいんじゃない?」

ふふふと、悪戯に笑いながら、紗良は言った。

もう、あの頃の紗良ではないのだと、春は分かっていた。そうして、自分の心の中の紗良も、それが既に過去に変わっている事を、受け止めきれていた。

胸の中に、清々しい風が吹いているようだった。


「ダイスケ、まだ髭伸ばしてるんだねー。大学の頃と変わらないね」

店のテーブルでは、既にソノミとダイスケが来ていて、紗良はダイスケの顔を見るなり、はしゃぐ子供のように言った。

「紗良も、相変わらずだな。もう、昔みたいに、悪戯で剃るなよな」

ダイスケは顔を両手で隠して、悪戯に笑って言った。

「ふふふ。もう、そんな事しないって。なんか、懐かしいけど。それなりにみんな、トシかさねたねー」

紗良がみんなの顔を見渡し、1人納得していた。

「まさか、紗良が1番先に、結婚するとはなぁ」

「そうね。ダイスケの方が、長く付き合ってる彼女と、もう、結婚してるのかと思ったよ」

紗良にそう言われ、ダイスケは少し身が固まった。

「どうした? 何だよ? ここで、何か告白するのか?」

春は、冗談混じりにダイスケを冷やかしたが、それでもダイスケの様子は変わらず、ゆっくり口を開いた。

「実は、来年、彼女と結婚することにした」

ダイスケは顔を赤らめ、みんなにそう言った。

「えー! めでたいじゃん。良かったな、ダイスケ」

「おめでとう」

「あー。紗良に続いて、ダイスケもか。郡くんは、まだ予定ない?」

ソノミに質問され、少し照れながら、口を開いた。

「結婚はまだだけど、来月から彼女と一緒に暮らすことにした」

「えー。なんか、いい話ばっかり。いいなぁ。私もそう言う事、言いたい」

ソノミが口を尖らせ、2人を羨ましがっていると、紗良はソノミに尋ねた。

「お目当ての人とは、どうなのよ?」

ソノミの隣で、紗良が肘を突いて質問した。

「お! なんだ、ソノミ、浮いた話あるんじゃないのか?」

「あるよねー。私達、時々メッセージし合ってるから、近況よく知ってるんだ。ソノミ、2人には話してないの?」

紗良がソノミの顔と、前に座っている春とダイスケの顔を交互に見た。

「まだね。なんか、そう言うの恥ずかしくて」

「じゃぁ、乾杯したら、ソノミの恋話を聞こう!」

ジョッキに入ったビールがテーブルに運ばれ、各々手に取り、グラスを軽く当てた。

「私たちの、再会に。かんぱーい」

紗良が音頭を取った後、

「ダイスケの結婚にも」

春が言葉を付け加え、さらに、

「郡くんの、同棲にも」

と、ソノミが口にすると、

「ソノミのこれから聞ける、恋話にも」

と、ダイスケがニヤリと笑い次々に言葉を添えた。

ごくごくと喉を鳴らしながら、ビールを口にした後、料理を待つ間、話はソノミに集中した。

合コンで知り合った、5歳上のサラリーマンと、今、いい感じになり、最近付き合い始めたらしい。

「付き合うとか、久しぶりだったから、なんだか照れくさいんだよね」

にやけながら話を聞く春と、ダイスケの顔を見て、ソノミは2人を指差した。

「ほら、こう言う顔して、冷やかすからさ。だから、話したくなかったんだよ」

「ソノミ、いいじゃん。1番楽しい時期だよね。2人だって、応援してるって。ね」

紗良は、2人の顔を見て、念を押すように言った。

「あー。なんか、居心地悪いよ。話変えようよ」

ソノミは恥ずかしくなり、顔を赤らめていた。

「もう少し、聞きたいところだけど、オレらも鬼じゃないしな」

ダイスケが春に目配せした。

「あぁ。でも、定期的に聞かせてもらってもいいと思うぞ。進捗状況は」

春が悪戯に笑って言うと、ソノミは

「もう! あんたらには、教えないっ」

と、更に照れて、答えた。


生ハムのサラダに、ブルスケッタ、ポルペッテとか言うトマトソース味の肉団子、魚介の揚げ物、チーズに、パスタ、ピザを食べながら赤ワインを飲んで、わいわいと話が尽きなかった。

そうして話題は、ダイスケの結婚に変わった。

「腹、括ったな」

春がダイスケにそう言うと、ダイスケは生白く細い腕を腕組みして、椅子に座り直した。

「すっごく悩んだんだけどな。色々考えた。ここで、決めておかないと、この先もずるずると行きそうだったし、仕事が軌道に乗った勢いも後押しの一つだったのかもしれない」

「オトコだねぇ」

「なんだよソノミ、オレに対する冷やかし返しかよ」

照れ笑いしながら、ダイスケはソノミに向かってそう言った。

「いいじゃない。次に、紗良が日本に来るときにはさ、ダイスケ、パパになってるかもね」

「コラ、さらに冷やかしてんじゃないって。まだ、そこまでは、考えられないけどさっ」

ソノミに煽られ、ダイスケは気が動転して組んだ腕をほどき、身振り手振りが大げさに見えた。

笑いながら、春が赤ワインを一口飲んだ。その一連の動作を、紗良はそっと眺めていた。そうして、小さく息を吸うと、みんなの顔を見た。

「ダイスケだけじゃなくて、コーリくんも、ソノミも、もちろん私も。みんな、変わってないようで、変わっていくんだね。しょっちゅうは日本、帰ってこれないけど。また、帰ってきたときには、こうしてみんなでテーブル囲んで話したい」

「そうだな。歳は重ねても、こうしてまた会えたらいいな」

紗良と春の言葉に、みんなが頷きながらそれぞれが、歳を重ねて今日に至る実感をしみじみと感じていた。

「で、コーリくんは、喧嘩した彼女、元サヤに戻ったの?」

けろりと紗良は、話題を変え、春の顔を見ると、小さく首を傾げていた。丁度、春はワインに口をつける所で、危うく吹き出す手前で済んだ。

「えー? 何それ? 元サヤ?」

ソノミは、さっきの様子とは打って変わって、余裕ある態度になり、春を見て言った。

「なんだよ、郡。結局、元カノに戻ったのか?」

春に質問が集中され、右ひじをつき、頭を抱えた。そうして、紗良は、本当に自分に話しかけていた事が、夢だったのだと思っているのか、疑問に思ってしまった。

「まぁな」

「え、それだけ? 何か、決意表明はないの? ダイスケは、結婚するんだよ」

目を丸くして、紗良は真顔だけれど、意地悪気に春の痛い所を付いてきた。

「ずいぶん、追い込むなぁ。ちゃんと、彼女の事は、大事にするつもりで、今回、一緒に暮らす事にしたんんだ。一応、そう言うのを、前提に」

「そう言うのって?」

紗良の目が、春の目を捉えるように、顔を覗き込んで言った。

「だから、結婚。ちゃんと、お互いの親にも会いに行ったんだ」

春がそう言うと、紗良はニコリと満面の笑みを見せた。ソノミは、両頬に手を添えて、ニヤついていた。

「郡くんも、やるじゃん。あー。私、出遅れてる? 紗良、私、大丈夫かなぁ」

ソノミが、紗良に言い寄っている最中、ダイスケはそっと春と話していた。

「よかった。お前が、まだ紗良の事引きずってんのかと思って、少し心配してたけど。ちゃんと元カノとうまくやってたんだな」

「それは、もう、終わった事だからな。今は、ちゃんとアイツを大事にしようと思う」

春は、まだ、ソノミに絡まれている紗良を、ちらりと見た。

紗良が言ったように、変わっていくのだと実感しながら、2人を温かい眼差しで見ていた。



1ヶ月後

転居先の生活も落ち着き、梅雨が明けた途端に、気温がぐんと高い日が続いた。

クローゼットの上の棚には、アルバムや大学時代の作品と一緒に、紗良に貰った絵が仕舞われていた。

「春くん、そろそろ出かけるよー」

玄関先で、美里加が春を呼んでいた。春は、クローゼットの奥にある、それが入った箱から目を離して、扉を閉めた。



蹲る男 終わり



お読みいただき、ありがとうございました。


このお話を書く前に、頭の中で一枚の絵が浮かびました。そこから、このお話が広がりました。(画家さんの絵とかではないです)




次作。

短編やら中編やらをまたここで、投稿できたらと思います。

その時はまた、ご覧いただけたら嬉しいです。


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