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【完結】侍は迷宮を歩く  作者: DRtanuki
幕間02:ノエル外伝:僧侶は廃城を巡る
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外伝一話:一夜明けて

 久しぶりに現世に戻ってきた。

 生きている事のありがたさが身にしみてたまらない。

 まず、誰かに話しかけて反応が返って来るのだから。

 狭間の世界では、誰一人話しかけてもロクな反応が返ってこなくて、寂しかった。

 そんな所で何カ月も待っていたわたしは相当にエライんじゃないかなぁ。

 その間、天使さまが何度もやってきてはわたしを狭間の世界から天国へと案内しようと誘ってくれていた。

 わたしはその度に約束があるからと、断っていた。

 他の人は次々と天界へ昇っていくのに、一人ぽつんとこんな場所に残っているわたし。

 わたしはこんな所で何をしているんだろうってよく思った。

 それでも、宗一郎が言ったんだ。

 必ず蘇らせてくれるって。

 それだけを頼りに、ずっと孤独の中を耐えていた。

 

「んん……」


 目を覚ます。

 隣には宗一郎が穏やかな寝息を立てて眠っている。

 

 夕食を取った後、皆はそれぞれの部屋に戻った。

 でもわたしは、夜も深まった頃にそっと宗一郎の部屋に入ったのだった。

 宗一郎は少し驚いたけども、わたしが寂しいと言うと黙って懐に受け入れてくれた。

 人のぬくもりが欲しかった。

 宗一郎のぬくもりが。

 今日だけはどうしても一人で眠りたくない。

 彼に甘えたかった。

 一晩中、わたし達はひとつになった。

 何度も何度も求めあって、気絶するようにわたし達は倒れ込んだ。


 少し強引すぎたかな。

 

 でも、数か月も会っていなかったのだから、これくらいは我が儘を言ってもいいはず。

 わたしの気持ちにも応えてくれた訳だし。

 

 わたしは宗一郎の切れ長の目をすっと指でなぞり、宗一郎の体に掛かっている毛布をそっとはぐ。

 体には至る所に傷がついている。

 どれだけの戦いを経たらこうなるのか、わたしには想像もつかない。

 侍とは一体どんな存在なんだろう。

 彼に聞く限りでは、侍は戦いの中に生きるのが本質とか言っていた。

 そして祖国は小さな国であり、戦乱の真っただ中を生き抜いてきたらしい。

 彼の人生の大半は戦いに塗れていたんだろう。

 最終的には国を追われ、この西方大陸までやってきた。

 殆どの血縁者を失い、孤独な身の上になって冒険者をやるようになって。

 

 でも、宗一郎は今のほうがよっぽど良い人生だと屈託なく笑っていた。


 わたしと同じく天涯孤独の身になっても、自由を選べるようになった今の方が。


「過去に貴方に何があったのかしら、ね」


 宗一郎のほどいた長い髪を手のひらにすくう。

 何時も髪を後ろに縛ってまとめているのだけど、わたしの金色の髪とはまた違った、黒く艶めいた髪が本当に綺麗。

 これが水に濡れると、カラスの濡れ羽のように七色に煌めく。

 それが見たくて、一緒にお風呂に入る事もあったっけ。

 照れくさいからと言って、一緒に入りたがらない彼を無理やり押し切って。

 その時、顔を真っ赤にするのを見るのがたまらなく良かった。


 宗一郎の良い所でもあり、悪い所でもあるんだけど、彼はこっちの男があまり持っていない謙虚さや恥の概念みたいなものを持っている。

 それと厳格な男女観みたいなものも。

 侍特有のものなのか、それとも宗一郎の持っている価値観なのかはまだわからないけど、わたしは彼のそう言う所が好きだ。

 

「ちょっと汗かいちゃったかな」


 背中がじっとりと濡れている。

 イブン=サフィールには大浴場が一階にあったはず。

 お高い宿だけあって、お風呂も一日中入れるようになっているのは本当にありがたい。

 ようやく夜明けが訪れ始めた頃。

 宿に泊っている人たちはまだ寝静まっているはず。

 今入れば、大浴場は貸し切りだ。


 ゆっくりとお風呂に浸かりながら、日の出を眺めようかな。


 宗一郎に毛布を被せ直し、部屋をそっと出た瞬間にどすんと言う音が聞こえて来た。

 

「あっ」


 ドアを開けたその先には、アーダルが尻もちをついて痛がっている姿があった。


「えっ?」


 とても気まずい。

 わたしは宗一郎の部屋から出て来た所で、アーダルはなぜか天井から落下してきた所であるわけで。

 なんで天井に居たのかちょっと聞きたいけど、でもそうするとわたしが宗一郎の部屋から出て来たのかを聞かれちゃうし。

 あえて平静を装ってわたしは聞いた。


「どうしたの、こんな朝早くに」

「い、いえ、なんでもないです」

「そ、そう」


 アーダルの顔は赤らんで、額に汗がにじんでいる。

 

「風邪でもひいた? ホテルの人に言って薬でも貰う?」

「ほ、本当に大丈夫ですから」


 アーダルはまるで忍者らしくない様子で、けたたましく足音を立てながら自分の部屋に戻った。

 

 多分これ、覗かれたよね。

 彼女はきっとわたしが部屋に入る所を見たんだろう。

 そして彼女は忍者。

 忍者ともなれば天井裏に忍び込んだり聞き耳を立てるくらいはお手の物だろう。

 わたしと宗一郎の一夜を、全て見られてたとしたら。


 やばい。顔から火が噴くくらいに暑い。


 余計に汗が出てきて、大浴場で汗を流してもちっとも心が休まらない。

 そんな時に限って、太陽は何時でも同じように地平線の向こうから顔を出してくるものだけれども。




「二人ともどうした? 昨日は随分と仲が良かったのに今日は随分と大人しいな」

「そうかしら。そんな事はないわよ、ね?」

「は、はい」


 朝になってから、わたし達は食堂で朝食を取っていた。

 鳥の出汁を取って作った鶏肉と野菜たっぷりのスープと、パンにバターをつけてサラダもあるという簡単な朝食。

 どの一皿もしっかりと美味しいのは、流石にサルヴィで高級とされる宿屋だけはある。

 でもそんな朝食も、わたしの舌を上滑りしていくのだけど。


 アーダルはさっきから黙々と食べているばかりだし、わたし達の一夜がアーダルに知られているとまるで知らない宗一郎は、さっきから首を傾げながらパンを頬張っている。


「それでさ、ノエルはこれからどうしたい?」

「え? 何?」

「いやさ、蘇ってすぐにサルヴィの迷宮入りは流石にどうかと思ってね」


 確かに。

 流石に蘇ったばかりで、まだ体の感覚が馴染んでない。


「そうね。でも簡単な採集依頼とかは流石にやる気になんないなぁ。ある程度骨のありそうな事をやりたいかな」

「アーダルはどう思う?」

「……」


 アーダルはまだうつむきながらスープを飲んでいて、宗一郎の問いに全く気付いていないみたい。

 まだ昨日の事を思い出しているのかしら。


「アーダル? 返事をしてくれないか」

「あ、ああ! すいません、なんでしたっけ?」

「サルヴィの迷宮に今すぐ行くか、それとも違う依頼を受けようかと言う話だ」

「それなら、僕もまだ行くべきではないと思います。地下六階以降の迷宮の構造はどうなっているのか全くわかりませんし、今は三人しか居ません。そうなるとノエルさんも前に出ざるを得ない。そんな状況での探索は避けたい所です」

「あら、わたしだって前に出て戦えるわよ」


 そう言ってぐっと力こぶを作るポーズをしてみるけど、流石に宗一郎に笑われてしまった。


「君はハーフエルフなんだから、力はそれほど強くない。その細腕では人間は殴り倒せても魔物はちょっと厳しいだろう」

「え? ハーフエルフだったんですか、ノエルさん」

「そうよ。わたしの耳を見てごらん。エルフほどじゃないけど、尖ってるでしょ」


 わたしは髪をかき分けて耳を出した。

 普段は長い髪の下に隠れて見えないようになっている。


「本当だ。ハーフエルフって細工師のレオンさん以外にも居たんですね」

「結構色んな所にいるものよ。エルフと人間、結構くっつきやすいから」


 わたしの父もエルフの国に訪れて、母と出会い一目で恋に落ちたと母が言っていた。

 しかし人間との婚姻を許さなかった母の両親たちは、結局父を追い出してしまい、それから父はどうしてるのかわたしは全く知らない。


「それで、ノエルさんの出身は?」

「ここからずっと北の国、森に包まれたエルフばかりの小国があるんだけどもそこから母と共にサルヴィにやってきたわ。母はずっと前に死んじゃったけど」


 そう言うと、アーダルはちょっとバツが悪そうな顔をした。


「やだ、気にしないでよ。人はだれしも死ぬものなんだから。それに今は宗一郎がいるし」

「俺も君よりは早く死ぬんだぞ。ハーフエルフの寿命はエルフ程ではないにせよ、結構長いだろう」

「じゃあ、早く結婚して子供を」


 と言いかけた時、物凄い衝撃がイブン=サフィールの建物を襲った。

 建物全体が揺れ、窓ガラスも全て割れて飛び散り、もちろんテーブルの上に置いてあった食べ物やお皿の類も全て吹っ飛んだ。

 人々は騒然とし、慌てふためいて食堂を右往左往している。

 

「何がどうなってる!?」

「二人とも、外!」


 割れた窓から外を伺うと、サルヴィの迷宮の方角からとてつもない土煙がもうもうと上がっているのが見える。


「何かが落下したのかしら」

「すぐに出よう。何があったのか調べたい」


 こうなると宗一郎は行動が速い。

 部屋に戻り、身支度を整えて宿の出入り口に向かっていく。


「わたし達も行きましょう。騒ぎにかこつけて魔物が外にあふれ出るかもしれないわ」


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