第五十九話:洞窟竜と呼ばれた蚯蚓
洞窟竜と呼ばれた魔物は、竜とは似ても似つかぬ姿だった。
しかしその巨体と力を目の当たりにすれば、竜と畏怖してもおかしくはない。
洞窟竜はとぐろを巻いて俺たちを見下ろしている。
蚯蚓と言えばあまり目が利かないはずなのだが、灯りがあるこの洞窟に棲みついている為か見えているようだ。
口からは涎を垂らし、腹を空かしている様子が伺える。
魔物も人も当たりかまわず食い散らかしたのはこいつだろう。
体表にはヤマアラシを思わせる、針にも似た剛毛が表皮を覆うように生えている。
剛毛の隙間から蒸気が噴出している。
ぱっと見た限りではそんな所だろうか。
さて、どうやって戦うか。
俺よりも何倍もの背丈を持つ巨人や亜竜などとは戦ってきたが、竜と見紛う程の巨大な蚯蚓とは戦った事は無い。
蚯蚓の特性とはどうだったろうか。
思い出そうとしている矢先に、洞窟竜が動き出した。
巨体に似合わない素早さで、頭をもたげて食いかかろうとしてくる。
さながら蛇を思わせる動きだ。
だが、躱せない程ではない。
真っすぐ俺に向かってくるだけで、背後に一足飛びすれば避けられる。
轟音を立てて俺が居た場所に頭をうずめる。
だが、洞窟竜は頭をうずめたまま動かない。
……いや、奴は土を咀嚼している。
蚯蚓は土を食べて大地を肥やす。そうして田畑は豊かになり良い作物が出来る。
日ノ出国の土地では蚯蚓はよく見かけていたが、こちらの国ではあまり見かけた事がなく、つい忘れてしまっていた。
土を咀嚼していた洞窟竜はそのまま地面を潜り始める。
「何処へ行くつもりだ?」
「ま、まただ! あいつは潜って下から皆を喰っちまったんだ!」
子供が怯えて叫んだ。
蚯蚓は元々土の中に埋もれて生きている。
地面の中を進むことなどお手の物というわけか。
地面を掘り進む轟音はしばらく響き渡ったかと思うと、ぴたりと止んだ。
「む?」
突如、俺の足元から微細な震動が伝わってくる。
子供の言う通りだ。ならば。
「奥義・地走り!」
霊気を巡らせ、刀を地面に突き刺して衝撃波を叩き込む。
「GUOOOOOO!」
洞窟竜は衝撃波に驚いてか、泡を食って地上に這い出てきた。
「もうひとつ!」
再度地走りを放ち、頭を出した洞窟竜の頭に衝撃波が直撃する。
だが洞窟竜は衝撃に怯む程度で、こちらを睨みつけている。
なるほど、この程度の攻撃では傷も付けられぬという訳か。
より強力な一撃を叩き込むしかない。
「溌!」
巡らせた霊気を、更に脚と刀に集中させる。
地面を踏みしめて跳躍し、狙うは頭部目掛けて刀を力の限り振り下ろす。
「奥義・四の太刀、兜割!」
洞窟竜の頭に野太刀の刃は果たして食い込むか。
がつん、と岩を叩いたかのような硬い感触はあったものの、剛毛を断ち切り表皮を斬り裂き、刃は頭部の肉を確かに斬り裂いた。
青い鮮血が吹き出し、洞窟竜は痛みでのたうち回る。
振り落とされ、慌てて俺は地面に転がって受け身を取った。
効いた、が。
それでも深手を負わせた訳ではない。
その上、傷口から泡のようなものが噴き出ている。
よくよく観察してみると、傷口が徐々に修復されているではないか。
「参ったな。まさか自然治癒能力があるとは思わなんだ」
先日戦った貪食の悪魔の事を思い出す。
あれは流石に再生どころか、分裂までするのだから格が違うが。
鬼の力には頼れない今、どうやって倒すべきか。
「GAAAAAAAAAAAAAAA」
洞窟竜は怒り狂って暴れまわり、巨体を身勝手に振り回し始める。
鍾乳石や石筍を当たりかまわずに破壊し、破片が飛び散って俺を襲う。
「ぐっ」
無数の破片を刀で弾くには限界があり、幾らかの飛礫が身体に当たる。
それでも急所に当たるのだけは防ぎ、致命傷は避けた。
次いで、洞窟竜が身体を何やら収縮を始めたかと思うと、爆発的に膨れ上がって何かが弾け飛んで来た。
「ぬおっ!」
高速で射出されたそれは、躱しきれずに肩に一つ突き刺さってしまう。
鋭い痛みが走る。
幸いな事に毒は無いようだ。
突き刺さったものは洞窟竜が生やしている剛毛だった。
食らいついてくる以外にも遠距離攻撃があるのは不味い。
兜割のような大きな隙を晒す攻撃でなければ傷をつけられず、かといって多少の傷ではすぐに治癒してしまう。
逃げようにも、相手は土を掘り進んで先回りしてくるだろうし、子供を狙われてはひとたまりもない。
となれば、手段は一つ。
自分を危険に晒す事になるがやむを得まい。
霊気を再度、身体に巡らせる。
「奥義・霊気錬成の型、瞬息」
霊気を巡らせる速度を速めていき、更に身体を活性化させて潜在能力を引き出す。
速度、反射神経、腕力、集中力全てを高めて引き出さなければ、この魔物には勝てない。
だがこの奥義を持ってしても、蚯蚓の体を斬りつけるのでは倒しきれぬだろう。
「噴!」
俺は大地を踏みしめ、足を地面にうずめる。
自分が動かない事を相手に示し、同時に足下の安定を図る。
洞窟竜は俺が動かないのを見てか、大口を開けて涎を垂らし始めた。
やはり所詮は蚯蚓。竜とは比較にならぬ知能の無さだ。
「来い。お前の餌はここから動かぬぞ」
果たして洞窟竜は思惑通りに襲い掛かってくる。
大口をばっくりと開け、真っすぐに俺を呑み込まんと向かってきた。
「そんなに腹が減っているのなら、これでも喰らえ!」
納刀し、居合の型から強化した身体力をもって刀を抜いた。
音速を超えた剣は、無数の真空の刃を剣先から生ずる。
大口を開けた洞窟竜は、そのまま真空の刃を全て体の中に呑み込んでしまった。
「奥義・二の太刀、虚空牙」
身体の中に真空の刃が無数に侵入すればどうなるか。
身体の表面を硬くして守っている生物は数多く存在する。
だが体内まで硬い生物など居るだろうか。
否。
少なくとも俺は、そのような生物には今までお目にかかった事は無い。
故に洞窟竜は内臓をズタズタに斬り裂かれ、体中の穴と言う穴から鮮血を噴出し、叫び声を上げながら地面に倒れ込んだ。
「もしかして、やったの?」
しばらく俺の戦いを見守っていた子供が、顔を出してくる。
「恐らくはな」
「すごい……まさかケイブドラゴンをやっつけちまうなんて」
奇しくも貪食の悪魔を倒した時と似たような倒し方となった。
内臓をやられれば、流石に死ぬだろう。
「GUUUUUUUU……」
その時、洞窟竜は身じろぎして蠢いた。
あれだけの傷を受けてもまだ動けるというのか。
改めてその生命力にだけは感服する。
これ以上は、俺は奴を倒す手立ては持っていない。
「どうやら殺すまでには至らなかったようだ。早く立ち去ろう」
「うん、こっちだ」
子供の案内に従い、俺たちは何とか次の階へと続く階段を見つけた。
洞窟を削り出した洞窟を降りて行くと、一階の自然あふれる風景とはうって変わり、人工的な建造物が目に入る。
彼らザフィードが信仰するシュラヴィク教の聖堂なのであろう。
柱や床、天井には何らかの装飾が施されている。
イアルダト教に見受けられる天使や神を模った像、偉人を描いた絵画などは一切存在しない。
装飾は何らかの聖句を連ねた文字、幾何学的模様が何度も繰り返された図柄が刻まれたもので、異教徒である俺には何を表しているのかは勿論わからない。
だが、これには人が神をここに示そうと言う意思を感じる。
素直に興味深い。
聖堂の奥には、祭壇の前で神にひざまずき祈りを捧げている人物がいた。
子供はその様子を見ると駆け出していき、二人で何やら話し合ったかと思うと、やがて一緒にこちらへと向かってくる。
互いに人間二人分くらい距離を空けた所で、彼は足を止めた。
彼の姿を間近で見た瞬間に、俺は涙が止まらなかった。
「やはり貴方でしたか、師匠……!」




