第四十九話:合成獣キマイラ
「方向感覚を狂わせる、ですか」
「そうだ」
先ほどから十字路を通るたびに感じていた小さな違和感。
あの時から、俺たちは既に何度も罠に掛かっていたのだ。
「十字路に差し掛かった時、小さな違和感を覚えていた。アーダルは感じなかったか?」
「うーん……ちょっとよくわからなかったですね」
「あの時、実は俺たちの向いている方向は変えさせられていたんだ」
妖精の地図があったから早く気づけたが、もし自分たちで地図を描いていれば地図も滅茶苦茶な記述になっており、より迷っていた可能性は高かった。
それどころか、この階層で死んでいてもおかしくはない。
今一度、俺はこの地図を手に入れていた事に感謝する。
「回転床とはまた違うんです?」
「床は目を回して感覚を狂わせるが、それなら飛び越えればいいだけの話だ。この罠は多分空間そのものに罠が仕掛けられている。罠がある空間に入った時点で作動する。避ける方法はないな」
「じゃあ、何度も十字路に入り直して、行きたい方向に向き直るまで試すしかないって事ですか」
「その通りだ。しかし、十字路を通るたびに妖精の地図を開いて確認すればいいだけの話だよ。少し手間だがな」
俺たちは十字路を通るたびに地図を開き、進みたい方向に進んでいるかそうでないかを確認しながら進む。
地図は徐々に埋まっていき、ようやくこの階層の全貌がわかって来た。
予想通り、延々と同じような構造が続いている。
風景も意図的に同じような雰囲気にしており、侵入者が迷うように仕向けているのだ。
その上、通路の終端が存在しない。
通路の最期まで行くと、その先に見える風景は通路の始まりの部分。
つまり、通路の始まりと終わりは空間転移の罠で繋がっているのだ。
階層と罠の意図を見抜き、それに対応できるものでなければ暗殺者など務まらないと言う訳か。
中々どうして、本部までたどり着けばいいと言う条件だけ聞いて、簡単じゃないかと思ったがとんでもない。
暗殺者となる為には、高い壁がそびえ立っている。
だが、階層の特徴と構造を掴んでしまえば、何も怖くはない。
通路の途中にある小部屋の調査も一つ一つ進めていく。
すると、ある小部屋に入った時に変化があった。
小部屋に入って数歩進むと、空間転移の罠に掛かった。
転移後に地図を確認してみると、今まで行った事の無い小部屋に俺たちは居た。
この小部屋は他の小部屋と違って入る扉が無く、独立している。
転移の罠経由でなければ来れない場所だったのか。
グルルルルルル……。
低い唸り声が、松明で照らされている空間の更に奥、闇の中から聞こえてくる。
「なんだ?」
アーダルが声を上げると、ごう、と叫び声を上げながらそれは飛び掛かって来た。
「うわっ!」
アーダルは咄嗟に飛び退いて難を逃れたものの、襲い掛かって来た敵は明らかに人間ではない動きをしている。
ここに来て、暗殺者以外の敵が現れたか……。
腰に提げていた提燈を手に持って掲げると、灯火はより遠くを照らす。
襲い掛かって来た敵は、獣であった。
ただの獣ではない。
サルヴィより南の草原地帯にて時折見かける、たてがみを生やした獅子という生き物に見えるが、獅子の頭以外にも猛禽類と山羊の頭を生やしている。
素体は獅子だと思うのだが、背中には亜竜の如き羽を生やしている。
多分飛べるのだろう。
尻尾となる部分には大蛇が生えていて、こちらを睨みつけている。
「なるほど、合成獣という魔物か」
「こ、こんな魔物見た事ないですよ!」
俺も名前と見た目の特徴を伝え聞いているだけで、見るのは初めてだった。
こんな悪趣味な造形のものを作ろうと考えたのは一体誰なのだろうな。
気にはなるが、今はこいつを倒す事だけを考えねば。
よく見れば、皮膚から生えている毛は光沢を放っている。
金属の光り方に似ている。となれば、硬さも金属に近いと考えた方がよさそうだ。
生半可な攻撃は通じそうにない。
合成獣の背後には下に降りる階段が見える。
なるほど、こいつは恐らく次に行く階段を阻む守護者なのだ。
暗殺者となる為の試験者からすれば、必ずしもこいつを倒す必要は無さそうだ。
気を逸らして逃げるのも一つの選択肢だ。
むしろ、暗殺者は任務が失敗した時のことも考える。
必ずしも暗殺は成功するとは限らない。
その時、素早く逃走に転じて危険から離れるのも暗殺者としての資質と言えるかもしれない。
無理に戦う必要はないが……。
こいつは予想以上に動きが素早い。
背中を見せて、後ろから襲い掛かられたら命の危険がある。
俺は野太刀を抜き、呼吸を整えて霊気を刀に巡らせる。
さらに体の霊気の循環を徐々に速めていく。
身体は活性化しはじめ、普段無意識に抑えつけられている力を解放する。
「霊気錬成の型・瞬息」
俺の霊気に反応してか、びくりと体を震わせる合成獣。
同時に毛が逆立ち、俺に対して威嚇を始める。
獣なりに強さを感じ取っている証拠だ。
「怖いのか。尻尾撒いて逃げ出してもいいんだぞ」
そう言うと、言葉がわかるのか侮辱の印象を感じ取ったのかは知らないが、羽を羽ばたかせて浮遊し始めた。
そこから急降下で目にも止まらぬ速さで、俺に向かって突撃してくる。
並みの人間であれば何が起こったかわからずに、獣の牙と爪で斬り裂かれるだろう。
しかし、今の霊気が巡った俺にはその毛並みが揺らめく様すらよく見える。
「奮、破!」
太腿と脹脛の筋肉に力を込め、跳躍する。
高く飛んで逃げるなどとは夢にも思っていなかった獣は、俺が居た場所を通りすぎてそのまま壁に激突するかに見えたが、流石に反応は良い。
前脚を使って壁を蹴り、こちらに向き直る。
もう遅い。
「奥義、四の太刀・兜割!」
跳躍した勢いを得て、俺は合成獣の獅子の脳天に野太刀を叩きつけた。
頭は原型をとどめぬほどに砕け散り、血が噴水の如く噴出する。
兜割は単純な技だ。
跳躍し、落下の勢いと体のバネを生かして刀を振り下ろす。
それだけだ。技のコツなどあったものではない。
隙は膨大であるものの、それだけに破壊力は大きい。
霊気による身体能力の強化はあったものの、硬い毛皮に覆われた合成獣であろうとも、この通り脳天を砕いた。
残っていた山羊と猛禽類の頭も、二の斬り上げと三の薙ぎ払いで両断すると、ようやく合成獣は大人しくなった。
「ふむ。初見は驚いたが所詮は獣、こんなものか」
しかし人間以外の敵を配置しているとは思わなかった。
今後は認識を改めなければいけないな。
「じゃあ、行きましょう」
付着した血を振り払い、野太刀を鞘に納める。
さて守護者を倒した事で、次の階層に進めるようになった。
俺たちは階段を降りていく。
果たして、次の階層には何が待ち受けているのか。




