第四十七話:暗殺教団本部侵入
「……それで、お前は私に直接会いに来た、と言う訳か」
「はい」
「ふん、国境を超える為に特別に便宜を図れなどとは聞いた事のない要求だ」
今、俺はイル=カザレムの王宮、謁見の間に居る。
目の前に居るのはこの国の王、フェディン=エシュアだ。
フェディン王は長く伸ばした髭を撫でつけながら、俺を見据えている。
王となって何年かは知らぬが、若い。
俺と同じくらいか、もう少し上だろうか。
彫りの深い顔に高い鼻。
そして額に深く刻まれた皺。
浅黒い肌は砂漠に生きる民の特徴の一つだ。
精悍な顔つきはその髭とも相まって、王の威厳を感じさせる。
謁見の間でありながら、飾り物は極力抑えられている。
大きな振り子時計と絨毯、煌びやかな集合灯や幾らかの壺などが置かれているくらいで、他には歴代の王の肖像画が掲げられている程度だ。
フェディン王は倹約家で有名である。時には吝嗇と揶揄されるくらいに。
しかし彼は古いしきたりなどに囚われたりせず、合理的な思考を持っており、物事に対する偏見が少ない。
だからこそ、俺のような冒険者などと直接会う事も厭わない。
俺がサルヴィで名が通っている冒険者だから、という事情を差し引いても。
王は顎に手を当てたまま、俯いて言う。
「カナン大僧正が帰ってこない。これが真実であれば由々しき事態であることは間違いない。ミフネ、お主が行くのは勿論賛成だが、我々も捜索隊を送り出すべきかと思うが?」
「それは控えた方がよろしいかと」
「何故だ?」
「大がかりに動けば、もし大僧正が何らかの組織に囚われていた場合、気取られます。ここは自分にお任せ願いたい」
「ふむ、それも道理。サルヴィの冒険者ギルドの中でも最上級に位置する冒険者ならば、一人でもやり遂げてくれると信じている」
しかし、と王は続ける。
「ミフネよ。お前までも戻ってこないような事があれば、即座に捜索部隊を送る。それで文句はないな」
「はっ、王の厚意に感謝いたします」
「感謝など良い。それよりも、必ずや大僧正を連れて戻ってくるのだ。たとえ死んでいたとしてもだ」
「御意」
「では、隣国に通行する際の手形を即座に発行しよう。我がサイン入りのな。それと、我が手紙を持たせる。シルベリア王に事情を説明し、お前が自由に動けるようにする為にもな」
「一つ考えたのですが」
「何だ?」
「シルベリア城内へ直接空間転移できる魔術師などはいないのでしょうか? そうすれば手間は省けるかと思うのですが」
そう言うと、側近の一人が前に出て説明する。
「そのような事をすれば、不法侵入を疑われるぞ」
「そうですか。空間転移を覚えた魔術師が、転移を使って書簡を届けるなどの仕事をしていたものですから、私もそうできれば良いかと思ったのですが」
「あれとて城の中に直接転移などすまいよ。どちらにしろ我が国とシルベリア王国の両方に顔が利き、地理を正確に把握していてテレポートが使える魔術師は存在しない」
それに、と王が付け加える。
「テレポートを使える魔術師を、自由に領土内を歩き回らせたいとは私なら思わん。もし戦争になった時、その魔術師を起点に奇襲を喰らうのがオチだ。シルベリア王も私と同じ考えだろう。 結局、普通に国境を渡った方が話はややこしくならずに済む」
俺は単なる一介の冒険者だったからそこまで頭が回らなかった。
王ともなれば国防も考えなければならない。
空間転移が出来る魔術師を、自由に歩き回らせるなんて自殺行為と言う訳だ。
もっとも、魔術師などと言う人種はおよそ社交にも政治にも興味がなく、人づきあいという単語とは程遠いのだがな。
宮廷魔術師は論をこねるのは上手だが、魔術の水準は迷宮に潜っている魔術師と比べれば劣っている事が多い。
空間転移を使える魔術師など居たとしても一人くらいで、他国の領内を歩ける暇と自由はとてもあるまい。
「今回カナン大僧正を送った理由は、恩を売っておけば貸しに出来ると考えたからだ。とはいえ、このような事になっては失敗だったと言わざるを得ないが」
王は玉座から立ち上がり、俺の前まで進んで肩に手をかける。
「こうなった以上、今はお前だけが頼りだ。よろしく頼む」
「はっ」
思惑通りに事は進んだ。
王の署名と手紙さえあれば、関所如きで足止めを喰らう理由も無くなった。
そして国を出て調査する前に、片付けておくべき事がある。
「暗殺教団の長と直接、話を付ける」
それ以外に刺客が送り付けられてくる状況を解決する手段は、俺の頭では思いつかなかった。
「本気ですか?」
馬小屋に戻ると、アーダルが外の水道で簡単な食事を作っていた。
季節の野菜と肉を炒めたもの、麺麭にクズ野菜と塩コショウで味付けし煮込んだ汁物。
冒険者の日々の食事はこんな手軽なものだ。
俺はアーダルから汁物を貰い、口に運ぶ。
「いい加減、刺客に狙われるのもウンザリだ」
「それでサルヴィを一時離れていたんですね」
「それもある」
もう一つは食料調達の為だったが。
「水臭いですね。どうして僕を遠ざけるんです」
「お主を危険な目に遭わせたくなかったんだよ。許してくれ」
暗殺者どもは甘くない。
対象を殺害する邪魔になると判断すれば、即座に排除していく。
「でも、仲間でしょ? 相談くらいしてくれてもいいじゃないですか」
口をとがらせるアーダル。
「そうだな。悪かったよ」
それを聞いて、満面の笑みを浮かべるアーダル。
彼女の顔は以前よりも自信に満ちているように見える。
経験を積んだからだろうか。
それ自体は実に良い事だ。
だが、暗殺者とそこらの魔物を一緒くたに考えてはいけない。
「どうやってアサシンギルドの本拠地を探すんです?」
「おそらく今夜も刺客が来るだろう」
「今夜もですか。しつこいですねえ」
「狙った対象を殺し損ねたとあれば、奴らは面子が潰れかねないと躍起になっているからな。ま、今夜の刺客が上手い事ひっかかってくれればいいが」
そして深夜。
俺は昨日と同じように馬小屋を寝床とし、藁の上に転がっている。
今宵は満月。
月の光が煌々と窓から差し込んでくる。
不意に、光が遮られて影が出来た。
音も無く歩く暗殺者。
距離はまだ遠い。狸寝入りを決め込んで更におびき寄せる。
奴らは警戒心、猜疑心が強い。
少しでも暗殺の機会を失ったと判断すれば、撤退も厭わない。
今回はただ殺して終わりではない。
暗殺者を捕まえ、教団の居場所を探らねばならない。
じりじりと詰め寄って来る。
俺が偽りの寝息を立てているのを奴は確認している。
俺の間近まで来た。
懐から短刀を抜いている。
お決まりの液体に浸けられた刃は、毒々しく輝いている。
刃を振り上げて下ろそうとしたまさにその時。
新たな人影が馬小屋の入り口に立っていた。
「誰だ!」
咎める叫び。
暗殺者はそれを聞いて、殺すか逃げるか、一瞬だけ迷った。
その隙に俺は跳ね起きて、暗殺者の短刀を叩き落とす。
床に落ちた短刀は甲高い音を周囲に響き渡らせる。
「!」
得物を失った暗殺者の決断は早い。
一瞬で後ろに飛び退き、狭い窓に体を滑り込ませて外へ逃げ出した。
「よくやったアーダル、行くぞ!」
「はい!」
俺たちは奴の後を追う。
追っている事を悟られないように距離を保ち、物陰に隠れながら。
時折、背後を気にしているようだが俺も追跡は慣れている。
故郷に居た時、お抱えの忍者の長から追跡の術は教わった。
暗殺者の隠密と逃走の技術は確かに高いが、忍者には及ばない。
追いかけるのは俺にとっては容易いものだ。
やがて暗殺者はとある場所へとたどり着く。
「ここって……」
「アル=ハキムの店だな」
アル=ハキムの商店と言えば、生活用品から冒険に必要な道具までを多種多様に揃えている雑貨店だ。
安く、物が揃っているだけに街に住む人々から冒険者まで、利用する者は多い。
アル=ハキムは身一つからここまで成り上がった人物だけに、尊敬する商人は多い。
何より実直で、商売に真剣だ。
誰にでも愛想よく、親切に振舞う。
貧しいものに対する寄付も怠らない。
まるで非の打ちどころが無いように見える。
そんな人と暗殺者が繋がりがあるとでも言うのか。
いや、そういう奴ほど裏の顔があるのかもしれない。
いずれにせよ、ここの店員が何故暗殺者として俺に襲い掛かって来たのか、一つ疑問は解けた。
同時に疑いの心がもやもやと立ち上ってくる。
アル=ハキムは暗殺教団とどれくらい関わっているのか。
事によってはサルヴィの街を揺るがす事態になりかねない。
調べる必要があるな。
店の表門は固く閉じられている。
流石に表から堂々と入るわけはなく、暗殺者は裏口に回る。
そっとついていくと、暗殺者は何やら壁をなぞっている。
壁の一部をぐっと押すと、壁がぐるりと回転して中に入った。
迷宮の隠し扉のような仕組みだな。
俺たちもそれに倣って侵入すると、暗殺者は枯れた井戸の底を眺めながら何かを探っていた。
「何処に行くつもりだ」
暗殺者の背後から声をかけると、奴は驚いて飛び退こうとする。
すんでの所で奴の腕を掴み、捻り上げる。
「うぐっ」
「その声、女か。この下に何がある?」
「答えると思ってるの?」
「いや、答えたくないならそれでも構わん。その場合、お前は殺して街の晒しものにする。四肢を切断し、首を斬り落とし、はらわたを引きずり出してな」
そう脅すと、暗殺者はにわかに震えはじめた。
「待って待って待って! 私は教団に雇われた、ただの殺し屋なんだ。お前みたいな手練れが相手だとわかっていたら、手出しはしなかったよ」
「何故教団は貴様のような者を雇っている」
「最近は人員が減っているらしくて、私みたいなのにも声が掛かっているんだ。今回の仕事をこなせば、教団直属にしてくれるって言う話でね……。でもとんだ藪蛇だったよ」
なるほど。俺が暗殺者を返り討ちにしているのも全くの無駄じゃなかったわけだ。
教団に忠誠を誓っている奴だったら、相討ち覚悟でも襲い掛かって来た可能性がある。
俺にはまだ運がある。
「それで、この下は教団の本部に繋がっているのか」
「そう。井戸の縁に一つだけくぼんだ石がある。それを押して」
言われるがままに石を探し、押してみる。
すると物音を立てながら井戸の壁から石がせり出し、梯子となった。
「よくできた仕掛けだ」
「私は逃げる。お前に教団への入り口を教えてしまった以上、もはやサルヴィには居られない」
「好きにしろ」
殺し屋を放してやると、脱兎の如く逃げ出していった。
全く、ああいう連中は逃げ足だけは本当に速い。
「では、行くか」
「はい」
俺たち二人は、井戸の中を降りていく。
湿気てかびた匂いが鼻を突く。
井戸の底に、入口に繋がる道があるのだろうか。
井戸の下は暗くて何も見えず、一歩一歩足下を確かめるかのように降りていくしかない。
……俺の邪魔をする奴は、誰であろうと許さん。
覚悟しろ。




