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【完結】侍は迷宮を歩く  作者: DRtanuki
幕間:アーダル外伝:はじめてのパーティ
62/203

外伝十三話:それぞれの道へ

「暑い……」

「疲れた。喉乾いたぁ」

「もう二度と、砂漠を歩くなんて御免だわ」


 全く同感だ。

 体は熱を持って悲鳴を上げている。

 汗がとめどなく溢れてくる度に、水筒の蓋を開けて水を流し込んでは歩いていた。

 サルヴィに辿り着いた時には、何本も用意していた水筒はもう空っぽになっていた。


 昼前にオアシスを出発し、灼熱の砂漠の太陽に焼かれながらもどうにか夕方には戻ってこれた。

 日は傾いて、街と僕らをオレンジ色に照らしている。


 皆、疲れ果てていた。

 

 街への方角がわかっているとはいえ、慣れない砂漠を歩くのは本当にしんどかった。

 砂に足を取られて砂丘を転げ落ちるわ、行きでは出なかったジャイアントスコーピオンなるサソリの魔物やら、サイドワインダーという毒蛇が大量に出てきて、クソ暑い最中の戦いをしなければならなかった。

 怪我が治った戦士組と、魔術師のリースヴェルトの強力な火魔術があったおかげで何とか倒せる程度ではあったのが救いではある。

 でも後で聞いたら、ジャイアントスコーピオンはともかく、サイドワインダーの毒はヤバいらしくて、噛まれたら死を覚悟しなければならないって聞いて、背筋がぞっとした。


 ともかく、無事に僕たちは帰って来た。

 

「とにかく、渇きを潤そう。酒場に行こう」

「賛成。もうそうしなきゃ死ぬ。生きていけないわ」





 冒険者ギルドに併設されている酒場に来た。

 が、今日は珍しく閑散としており、活気がまるでない。

 店員たちも油を売っている有様で、一体何があったのかと思うくらいだ。


「何でも、迷宮にフェアリーが大量発生したんだとさ。フェアリーには踊る宝石袋もセットでついてくるからな。みんなそれ目当てに迷宮に潜ってんだよ。おかげで今日は商売あがったり。君らが初めてのお客さ。折角だからサービスするよ」


 頬に傷がついた、元冒険者のバーテンが言った。

 サービスというわけで、最初のお酒の一杯はタダにしてくれた。

 

「かんぱーい……」


 乾杯の声を上げたものの、僕らも疲れ果ててはしゃぐ元気はもう無かった。

 それでも皆、喉が渇ききっているからか一息でエールを飲み干し、お代わりを頼む。


 他にも元気の出ない理由はある。

 

 今回の依頼料が全部、治療とテレポート代で吹っ飛んでしまった。


 幸いなことに赤字にはならなかったが、そもそも今回の依頼を受けなければ怪我も何も無かったので、骨折り損のくたびれもうけにしかなってない。


「いい加減、終わった事を愚痴るのはやめよ? ね?」

 

 僕とユリウスが延々と愚痴っているのを見かねてか、リースヴェルトが口をはさんだ。

 それと、先ほどからイサームの元気が僕らに輪をかけて無い様な気がする。

 砂漠を歩いている時から、何か考え事をしているようだった。

 

 ふと、不意にイサームが口を開いた。


「俺は引退する」


 この場に居る誰もがその言葉を聞いて、目を丸くしていた。

 誰もが彼が引退するなんて思わなかったから。

 冒険者となって、いつかは英雄になる夢を見ていた彼がどうして?


「どうしてやめようと思うわけ? ドラゴンを倒すとかなんとか言ってたじゃないか」


 僕が問うと、彼は自嘲気味に笑う。


「怖くなったんだよ」

「怖い? 何が?」

「一瞬でヴァンパイアにのされて気絶した。あいつが本気だったら、俺は間違いなく何もわからないうちに殺されていたはずだ」

「何もわからないうちに死ぬのが怖いって事?」

「そうだ」


 何となく、わかるような気がする。

 僕は短い間ながらも、冒険の最中に命が危険に晒された事が何度もあった。

 それでも危機を切り抜け、何とか冒険者を続けられているけども。

 でもイサームにとっては初めての死の危険が訪れたわけだ。

 自分が死ぬという現実を身近に感じて、心が折れる人は少なからず居る。

 イサームもその一人だった。


「今後、どうするつもり?」


 リースヴェルトに問われると、イサームは頭を掻いて苦笑いをする。


「一度、実家に帰るよ。頭を下げて頼み込めば、住むくらいなら許してくれるはずだ。その後は、商売でもやってみようかと思う」

「商売? 何かツテでもあるのか?」

「我が家と懇意にしている商人が居るんだ。その人に頼んでみる」

「イサームが商人とか、似合わないなぁ」

「うるさいな」


 貴族のプライドが抜けないと、商売なんて大変だと思うけどな。

 アル=ハキムのおじさんだってあんなにお店は大きくしたのに、本人は朝から晩まで働いている。そしてめちゃくちゃ腰が低い。

 そうでなければ、商売人として大成出来ないだろうけども、イサームには頑張って欲しい。


「それにしても、リースヴェルトにあんな事情があったなんて知らなかったよ」

「敵討ち? まあ、誰かに話すような事でもないし。結局、私の手では奴は倒せなかったわけだしね」


 彼女はエールを飲みながら、僕の方をちらりと見やった。


「最終的にはあいつを倒せたから、良しとするわ。積年の恨みは晴らせたわけだし」

「それで、これからどうするの? 目的は果たしたし冒険者は辞める?」


 リースヴェルトはゆっくりと首を振って笑う。


「しばらく続けるわ。このお仕事、危険だけど実入りは凄く良いし。あと、魔術の修練にもなるからね」

 

 注がれたエールを飲み干し、つまみの干し肉を齧る彼女の笑顔は、晴れやかなものだった。

 そして皆の視線はユリウスへと移る。


「僕は辞めないよ」


 言われる前に、彼は力強く言った。

 

「手柄を上げるまでは、故郷に帰るつもりはない。それか、老いて体が衰えるまではね」


 彼の瞳には、強い意志の光が煌めいている。


「ユリウスは、どうしてそこまで冒険者にこだわるの? 失礼だけど、ユリウスには戦士としての才能がそれほど無いように見えるよ」


 お酒が入ってか僕はつい口が滑ってしまったが、ユリウスは卑屈な笑みを浮かべて、おつまみのナッツを口に放り込む。


「辛辣だね。でも正しい。僕は確かに、大きい体も、筋力も卓越した剣の技も、素早さもあるわけじゃない」

「だったらなんで?」

「故郷に仕事がないからこっちに出て来たなんて、真っ赤な嘘なんだ。店員さん、エールお代わり!」


 ユリウスはお代わりのエールを一息に飲み干す。

 目が据わり始めている。


「僕は故郷では除け者で孤独だった。僕を馬鹿にした連中を見返す為に、冒険者になったんだ。ドラゴンを倒した日には手のひらを反して大騒ぎするだろう。絶対に僕は、一旗あげるまでは帰らないって決めたんだ」


 いつの間にか、ユリウスの握るグラスにはヒビが入っている。

 あまりにも強く握りすぎたせいだろうか。思わず力がこもってしまったようだ。

 ……凄い執念だ。

 確かに彼は肉体的には平凡かもしれない。

 でも、その精神力は冒険者として十二分の素質があるように思える。


「アーダルはどうなんだ。冒険者、続けるのか」


 イサームが尋ねて来た。


「うん」

「即答じゃないか」


 当たり前だろう。

 冒険者ほど、僕にとって魅力的な仕事は他にない。

 そりゃ確かに危険だよ。

 魔物との戦いは怖いし、迷宮には罠が一杯ある。

 それでも、迷宮を踏破して巡り合った宝箱を開くときは心が躍る。

 何より見知らぬ場所を歩き回り、故郷とは異なる風景を見るのが一番楽しい。

  

「辞めるつもりなんて毛頭ないね。皆なんでこの仕事をやらないのか、僕には不思議で仕方ないよ」


 僕の答えに、皆は納得の笑顔で返してくれた。

 

 

 そして話は、いつしかパーティの今後の行く末に移っていく。

 

 イヴェッテはしばらく治療が必要とのことだ。

 ヴァンパイアの眷属への呪いを解くには数か月の期間が必要らしい。

 それほどまでに呪いは強力なのだとか。

 

 ルロフの怪我はグレートヒール(大回復)で治ったものの、背骨の骨折だけでなく、神経の断裂まであったらしい。

 もちろん奇蹟で修復はされたが、ルロフは今回の冒険で自分の実力不足を痛感したと言って、しばらく寺院に留まり修行をする事にしたようだ。

 信心を高め、僧侶としての徳を積んでさらなる奇蹟を習得し、自分が納得できるまでは寺院を出ないとの伝言があった。


 イサームも冒険者を辞める。

 そして僕も、パーティを抜けると伝えた。


「三人、いや四人も抜けちゃうか……。それなら、このパーティは解散だな。個人的には中々良い集まりだと思ったし、臨時じゃなくて固定にしたかったけど、残念だ」


 ぽつりと、ユリウスはつぶやいた。

 パーティ解散。

 やはり言葉として発されると寂しいものがある。

 

「でも、私とユリウスは仲間として組み続けるわよ。そうよね?」

「ああ。リースヴェルトは中々の手練れだし、新たに探すよりもこのまま組んでいた方がいいだろう」

「それが良いよ」

「迷宮で会ったら、よろしくな」

「その時はお互いに無事である事を祈るよ」


 自然と、僕たちはお互いに握手を交わし合っていた。


 そして僕らは、酒場を後にする。

 いずれどこかで会えたらいいな。

 

 


 夜はさらに更ける。

 僕は今夜の宿に帰る。

 今日も馬小屋。

 なぜなら、今日こそは絶対に居るはずだから。

 

 馬の臭いが漂い、いななきが響き渡る建物に足を踏み入れる。

 すると、先ほど見た侍の姿がそこにはあった。

 

「どうしたアーダル。今日はここに泊まるのか」


 もう寝床を作り、寝る体勢に入ろうとしている。

 藁を敷き詰めたその上にシーツを被せ、枕の外には手元の灯り用の魔石ランプを置いている。可燃物がたくさんある馬小屋では火気厳禁だ。だからこういうちょっとお高いランプを使っている。


「今日も、ですかね。馬小屋、慣れるとそれなりに快適なんで」

「それで、俺に何か用があるんだろう? わざわざ来たって事は」


 僕もミフネさんに倣って隣りに藁を敷き詰め、革のシーツを被せる。

 干し草は意外に柔らかく、虫よけさえあればそれなりに寝心地は快適だ。

 距離はほど近いけど手が届きそうで届かないくらいに間を空けた。

 流石にこれ以上は近づけない。

 特別な間柄でもない限り。


「ええ。聞いてもらえますか。今週の僕の冒険の事を」

「眠くなるまでなら、いいぞ。それでどうだった? 初めての迷宮探索における最大人数での冒険と言うのは」

「いやー。こう言ったらなんですけど、ミフネさんと比べちゃいけませんね」


 そう言うと、流石にミフネさんも苦笑した。

 

「俺と比べたらそいつらが可哀想だろう。俺が何年冒険者やってると思ってるんだ。それに、侍として人生を掛けて剣技を磨いてきたんだぞ。並の剣士と一緒にされたら困る」

「だからこそミフネさんに頼りきるんじゃなくて、皆で考えて相談して冒険をする、というのは僕にとっては初めてだったので、新鮮でした」


 最初の冒険は、誘われるがまま言われるがままについていって、訳の分からないうちに全滅しかけたので、本当にパーティを組んで冒険をしたと言えるのは今回が初めてだ。

 ミフネさんと一緒に冒険したのは含まれないのかと言われるかもだけど、ミフネさんが圧倒的に経験があるから、僕はその指示に従って動いているだけだったしな。

 

「本当はそっちが本来の冒険だからな。俺と一緒に組んで二人だけで冒険する、っていうのはいわば例外なんだよ」

「そうですよね。で、迷宮探索なんですけど、最初はゴブリンやらゾンビやらと戦っていたんですが、後でオーガが出てきて相当焦りましたよ」

「オーガ? なんだって地下三階の魔物が一階に出てきたんだ?」

「多分ですけど、下に潜ってたパーティがオーガを怒らせたんじゃないかと。逃げたパーティを追いかけてきていたみたいなので」


 ミフネさんはそれを聞いて、大きなため息を吐いた。


「他のパーティに魔物を結果的に擦り付ける事になったわけか。逃げて行ったパーティは最悪だな。しかも、低階層にまで上げてしまったのはダメだ」

「やっぱりだめなんですか?」

「冒険者は生き延びるのが最優先とはいえ、他の冒険者に迷惑を掛けたらギルドにも良い顔はされないし、擦り付けられたパーティがもし生き延びて恨んでいたら、後ろから襲われても文句は言えん」


 やっぱりそうなんだな。

 自分たちだけで冒険してるわけじゃないし、他のパーティになるべく迷惑をかけないようにしたいところだ。あと、逆に恩が売れるなら売っておくといいかもしれないな。


「でも、死にたくはないって気持ちはわかりますし、逃げたくなるのも仕方ないですよ」

「そう思える内が幸せだぞ本当に。今回は無事だったが、もっと強い魔物が上がってきてたら果たして生きて戻ってこれたかどうか」


 ミフネさんはそう言って眉根をしかめ、苦い顔をしていた。

 

「とにかく、迷宮は何があるかわからないんだなって思いましたよ。で、その後の護衛依頼なんですが……」

「それは昼間聞いたが、しかし吸血鬼が現れるとはな。しかも数百人もの血を吸った奴とか、大物だぞ」

「そんなにヤバい奴だったんです?」

「俺が遭遇した中の吸血鬼は、せいぜい数十人の血を吸った奴くらいだな。よくそんな奴と遭遇して生きていたものだ」

「まあ、どうやら相手が手加減していたようですから」

「それでもだ。お主が如何に素晴らしい武器を持っていたとしても、当てられなければ意味がないからな」


 それは痛感している。

 あのヴァンパイアには、僕らの攻撃は全然通じなかった。

 むしろあえて受けるのを愉しんでいた節がある。

 僕の持っている武器だけは警戒していたが。

 ヴァンパイアが僕の手首ではなく、普通に腕の部分を掴まれていたらどうなっていたか。

 今思い出してみても、背筋がゾッとする。

 

「ミフネさん……」

「なんだ?」

「僕、強くなりたいです。やっぱり、今のままじゃミフネさんの足を引っ張ってます」


 そう言うと、ミフネさんは一つ息を吐いて僕の方に少し近づいた。

 顔が近づいてくる。

 少しだけ、僕の体の芯から熱を帯びていくのを感じる。

 僕の肩に手を置いて言う。

 

「今はそんな事を考えるな。一緒に組んでいれば、いずれは地力もついて腕前も上がってくる。そうなったら、職業を変えていけばいい。もっと戦い向きの奴にな」

「そうでしょうか」

「ああ。俺が言うんだ。間違いないさ。お主はゼフの血を受け継いでいるんだ。戦いの機微については間違いなく才能がある」


 腕力ばかりが戦いの能じゃないさ、とミフネさんは言ってあくびをした。

 

「そろそろ寝ないか? 流石に眠くなってきた」

「はい。そうしましょうか」


 ふと、窓から外を眺めてみるともううっすらと明るくなってきている。

 いつの間にこんなに時間が過ぎたんだろう。

 この人と一緒にいると、時間があっという間に過ぎ去ってしまう。

 楽しい時間は短く、苦痛の時は長いなんてどうして人の体はそう感じてしまうのか。

 僕はもっと一緒に居たい。


 ミフネさんはランプの灯りを消し、目を瞑った。

 

「おやすみ、アーダル」

「おやすみなさい、ミフネさん」


 ここでそっと、僕が口づけをしたらどうなるだろうと邪な考えがよぎった。


 実行してしまえばいいじゃない。

 既成事実を作ってしまえばいいじゃない。


 僕の中の悪魔が囁く。

 

 ダメだ。

 そんな事をやった日には、僕は二度とパーティに居られない気がする。

 例えミフネさんが許しても、僕が、自分が許せない気がする。

 少しだけ歯を食いしばり、ミフネさんに背を向けて僕は目を瞑った。


 僕の冒険の話は、一旦ここで終わる。

 でもいつか、また冒険をした日があればこうやって記していきたいと思う。

 

<アーダル外伝 終わり>

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