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【完結】侍は迷宮を歩く  作者: DRtanuki
幕間:アーダル外伝:はじめてのパーティ
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外伝十一話:血を吸う鬼

 野盗を撃退したかと思えば、次はヴァンパイアと来たものだ。

 一難去ってまた一難。

 しかもそれがオーガ以上の厄介な魔物。

 戦って少しばかり経験を積んだ僕でも倒せるかどうかは本当にわからない。

 僕はてっきり迷宮にしかいないものだと思っていたが、普通に外の世界にも居るもんなんだな。


 ヴァンパイア。


 彼らは夜の支配者とも言われる。弱点が山ほどあるのに、それでも昔から今日まで恐れられているのは何故だろうか。

 色々言われるが、やっぱり僕は一度血を吸われてしまえば彼らの仲間になってしまう所だと思う。一応、吸われる血の量によっては助かる時もあるみたいだけど、一定量を超えると駄目らしい。

 その他にも単純な腕力が尋常じゃなく強かったり、霧やコウモリに変化できたりなどもあるけども、やっぱり化け物にはなりたくない。

 中には彼らの眷属に進んでなりたがる人もいるみたいだけど。

 太陽の光を避けて夜にしか歩けなくなるなんて、まっぴらごめんだ。

 僕は半ば叫び声に近い声を上げた。


「誰もお前の贄にも、供物にもなるつもりはない。失せろ化け物」


 僕たちは隊列を整え、ヴァンパイアと対峙する。

 誰もが震えていた。

 あれだけ勇ましさを見せていたイサームすら青ざめて冷や汗を流している。

 ユリウス、ルロフ、イヴェッテは戦う前からもう腰が引けて話にならない。

 しかし、リースヴェルトだけは違った。

 彼女は息を荒くし、杖を握った手が白く変色するくらいに力を込めていた。


「見つけた、ようやく」


 怨念がこもった声と共に、リースヴェルトは前に出る。


「ヴァンパイア。いいえ、確か貴方の名前はクドラッカだったわね」

「……我の昔の名を知っているとは、何者だ」

「貴方はこれに見覚えがあるはずよ」


 そう言ってリースヴェルトが懐から差し出したのは、銀で作られた月を模ったペンダントだった。

 銀を見て、にわかに顔をしかめるヴァンパイア。

 そういえば銀はヴァンパイアが嫌う物の一つだったかな。


「そうか、貴様はあの村の生き残りか。全員滅ぼしたと思っていたが」

「クドラッカ。貴方は村の禁を破り、遺跡を探索して秘術を見つけ、不老不死という欲に負けて術を発動させた。その結果、ヴァンパイアとなって本能のままに村の人全てを貪った。覚えているわよね」


 なんだなんだ、何か始まったぞ。


「つまりリースは、孤児になった理由はこの男に村を襲われたからって事?」

「そうよ。私はその時、親に地下室に隠されて助かった。いつか復讐してやろうと思って魔術師として修業を積んで、冒険者になった。冒険者ならどこを放浪しても疑われる事もないしね。サルヴィに来たのも、ヴァンパイアの噂を辿った結果だもの」

「迂闊に痕跡を残しすぎたか。まあよい。リースヴェルト、貴様は処女か?」


 そう問われると、リースヴェルトは顔を真っ赤にしてヴァンパイアを睨みつけた。

 

「で、あるか。ならば貴様も我が眷属に入る資格がある。我が仲間になれば復讐などという下らぬ感情に縛られる事も無くなるぞ」

「どの口でほざくか!」


 リースヴェルトが詠唱を始める。

 杖を前に構え、詠唱を唱えている間もけっして対象から視線を外さない。


「我が体に内包される炎の精よ。今一度、我が眼前に立ちふさがる魔の手を振り払う為に一筋の灯を我が手に託せ! フレイムウィスプ(炎の精)!」


 リースヴェルトの杖から、ファイアボール大の大きさの炎がいくつも発され、ヴァンパイア目掛けて飛んでいく。


「ふん、只の火の玉ではないか」


 余裕をもって、火の玉の描く軌道から体一つ分移動して躱すヴァンパイア。

 火の玉はそのまま描く軌道通りに過ぎ去るかと思いきや、いきなり直角に軌道を変えてヴァンパイアの背中を焼く。


「ぐうっ!?」

「間抜け。貴方のような化け物にただの火の玉なんか放つわけないでしょ」


 火球は意思を持ったが如く、執拗にヴァンパイアを追いかけまわす。

 それも一つや二つではなく、多数の火球であり、一つを避けてももう一つが襲い来る。

 一体どれだけの修行を積めば、これほどの魔術を習得できるのだろう。

 このパーティ内では、もしかしたら一番の実力があるのかもしれない。


「炎に付きまとわれて焼け死ね」


 憎悪を吐き出し、目が血走っているリースヴェルト。

 対照的に、ヴァンパイアは炎を避けながらも涼しい顔をしている。

 そして一つ、後ろにステップして火球の群れから離れて大きく一呼吸をする。

 

「噴、破!」


 ヴァンパイアが両手を前に構えて気合を発すると、火球は消し飛んでしまった。

 

「中々楽しめたが、これで我を滅そうとするにはまだ火力が足りぬな」

「ならば、これでどう!?」


 リースヴェルトは次の魔術を唱える。


「我が体に内包される炎の精よ。汝が枷を全て解き放ち、荒れ狂う嵐の如き本性をこの現世に現せ! ファイアストーム(炎の嵐)!」


 魔術の名前を唱えた瞬間、砂の地面から炎の柱が何本も現れたかと思うと、それはうねりを伴って嵐の如く地面を巻き上げながら対象に襲い掛かる。

 炎の嵐はヴァンパイアの周囲をも焼き払い、焦げた空気が鼻につく。

 ヴァンパイアはしばらく炎の嵐に焼かれて立ち尽くしている。

 リースヴェルトはこれで魔力を使い果たしたのか、顔色がいつになく青ざめている。

 杖で支えていなければ立っていられないようだ。


「お願い、これで死んで」


 すがるようにつぶやく言葉は、しかし無惨にも裏切られる。

 やがて炎が消えて収束しだす頃、ゆらりと人影が見えた。

 

「嘘でしょ。私のいまできる最高の魔術でも殺せないの……」


 がくりと膝を着き、うなだれるリースヴェルトとは対照的に、ヴァンパイアは高らかに笑っていた。


「ちと熱かったぞ。しかしこの程度ではやはり我は火葬など出来ぬ。さて、次の魔術はまだかな? それともこれで打ち止めか?」

「……畜生」


 リースヴェルトは砂の地面を拳で叩き、無力を味わう。

 

「ふん。諦めた人間に興味など無い。後でゆっくりと贄として味わわせてもらう」


 ゆっくりとヴァンパイアは周囲を見る。次の獲物を品定めするかのように。

 仲間たちは固まって動けない。

 ヴァンパイアの視線がゆらりと動き、イサームに止まる。

 するとイサームはいきなり解き放たれたかのように剣を構え、走り出した。

 

「うわああああっ!」


 破れかぶれの、作戦も何もない、半ば恐怖に駆られた動き。

 それについていくかのように、ユリウスとルロフも一緒に駆け出していく。

 

「駄目だ、そのまま向かっても勝ち目はない!」

「その通りだ、小僧」

 

 イサームの袈裟斬りは確かにヴァンパイアの肩口から胸元までを斬り裂いた。

 生臭い血のむせ返る匂いが辺りに漂う。

 血はどろりと流れ、地面を染める。

 ユリウスが胴を薙ぎ払い、ルロフが脳天にメイスの打撃を叩き込む。

 そのどれもを受け止め、なおもヴァンパイアは笑っている。


「ぬるい」


 一撃を受けた後、ヴァンパイアは踊る様にひらりと回転した。

 瞬間、イサームとユリウス、ルロフはそれぞれ物凄い勢いで吹っ飛んでいく。

 イサームはオアシスの岸辺まで、ユリウスは砂丘の中に、ルロフはオアシスの側にあった岩へと激突する。

 みんな起き上がってこない。たぶん一撃で気絶してしまったのだ。

 あの一回転で一体何を叩き込んだんだ?


「我を倒したいのなら、首を刎ねるか心臓に杭をぶち込め。それとも、朝を待つか? そのどれもが貴様らには成し得ぬだろうがな」


 弱点を自らバラすヴァンパイア。自分と僕たちの力量差がはっきりとわかっているからこそこういう行動が取れるのだろう。

 

「さて、贄だ。二人目の」


 ヴァンパイアがじりじりとイヴェッテににじり寄る。

 その笑みはまるで獣が獲物を獲り、いよいよ牙を肉に突き立てようとしているようにも見える。

 イヴェッテは必死でフォースを唱えるものの、衝撃波が体に何度も当たった所で意に介していない。

 というよりも、喰らったはしから再生しているようにも見える。

 やがてイヴェッテの奇蹟の力が尽き、ヴァンパイアはゆっくりと彼女の肩を掴んだ。

 

「何故ヴァンパイアは恐れられるかを知っているか」


 イヴェッテに問うヴァンパイア。イヴェッテはゆっくりと首を振る。

 

「誰もが眷属にされる、力が強いだの言うがそれは本質ではない。ヴァンパイアは血を吸えば吸う程、より多く生命の力を取り込めるのだ」

「……あなたは何人の血を吸ったの?」

「数えてはおらぬが、数百人くらいは吸ったと思う。これだけの血を吸ったのだ。そこらの冒険者が幾ら束になって掛かって来た所で敵う訳が無かろう」

「ああ……」


 イヴェッテの瞳が絶望に染まる。

 

「わが寝室に持ち帰ってから喰らうつもりだったが、お前は匂いまでもが素晴らしい」


 我慢できぬとばかりにヴァンパイアはイヴェッテを組み伏せ、生臭い息を吐き出す。


「いやあっ!」


 先ほどからヴァンパイアは僕の存在を忘れている。

 きっとイヴェッテがあまりにも魅力的なのだろう。

 あるいは盗賊など取るに足らぬと思っているのか。

 

 今なら、殺せる。


 そっと僕は背後に近づき、水晶の儀式剣を振りあげる。

 瞬間、イヴェッテの瞳に輝きが戻った。


「この変態を速くぶっ殺してよ、アーダル!!」

「なにっ!?」


 僕とヴァンパイア双方が驚いた。

 息と気配を殺してあと少しで殺せる所だったのに、あと一秒も我慢してれば殺せたのに、イヴェッテは何をしてくれるんだ本当に!

 振り向いたヴァンパイアが、僕の持っている短剣を見つめている。

 ええい、ままよ!

 そのまま、僕はヴァンパイアの首筋に水晶の儀式剣を振りぬいた。

 でも、ヴァンパイアは剣の切っ先を人差し指と中指で挟み込んで止めてしまう。


「クソっ!」

「その娘が不用意なおかげで命拾いしたわ。ふん!」

「うぐっ」


 鳩尾に蹴りを入れられ、僕は砂漠を転げまわる。

 明らかに殺さない様に手加減されているが、それでも革の鎧なんか着こんでいる意味がないんじゃないかと言うくらい、胃がキリキリと締め上げられるような痛みが襲う。

 息ができず、脂汗を流して僕はうずくまっている。

 蹴られる瞬間に後ろに飛んだのに意味がなかった。クソったれ。

 傷みが消えて動けるようになるのを待つしかない。

 その間、僕はイヴェッテが襲われるのを見るしかできなかった。


「お前が間抜けなおかげで助かったぞ、小娘」

「いや、いやあっ!」

「そう嫌がるな。全ての血を今ここで吸う訳ではない」


 つまみ食いだ、と言ってヴァンパイアはイヴェッテの白い首筋に牙を突き立てる。

 イヴェッテの悲鳴が小さく響いた。

 ものの十秒程度だった。

 ヴァンパイアは首筋から口を離し、口から零れた血を舌で舐め取る。


「やはりいつ飲んでも処女の血は甘美な味わいがある。しかし、眷属も増やさん事にはいずれ我らが国を興せんからな……。どちらを眷属にすべきか、迷う所だ」


 イヴェッテは血を吸われてからすっかり青ざめてしまい、失血で動けなくなっているようだ。

 ヴァンパイアの国だなんて考えるだけで恐ろしい。

 その野望はどうにかここで潰さなければ。

 

 ようやく痛みが抜けて来た。

 僕は背負っていたエルフの短弓を取り出し、今度は水晶の矢をつがえて狙い撃つ。

 不死を祓う魔力を持つ弓と矢。

 どんな強力な不死であれども、これに撃ちぬかれれば昇天は免れない。

 矢は月の光に煌めきながら、鋭く真っすぐに空気を貫く。

 しかし今度は気を抜いていなかった。

 ヴァンパイアは飛来する水晶の矢を簡単に掴み、握りつぶした。

 そして僕の居る方向に首を向ける。


「さっきから煩いネズミめ。グールどもの餌として手加減してやっているのが面倒になってきたわ。殺してしまうか」


 ヴァンパイアは音も無く走り出し、瞬く間に僕の目の前まで近づいてくる。

 人知を超えた、獣とも異なる動き。

 魔物と形容するに足る、恐ろしい程の速さだった。

 距離にして一人分の空間しかない間合いにまで近づいた所で、鼻をひくひくと動かし、舌なめずりをする。


「貴様、女だな。 遠間からでは馬の臭いも混じってよくわからなかったが、ここまで近づけばより香しい匂いが漂ってくる」

 

 ちっ、気づかれたか。

 他の皆にはこいつの声は聞こえていないだろうか。

 ぼそぼそとした喋り声だし、リースヴェルトを除く皆は気絶しているはず。

 それにオアシスから大分離れた場所だから、聞こえていないだろう。

 そう願うしかない。


「貴様も処女だろう? 処女ならば我が王国の民となる資格がある。あの二人よりも是非、貴様を国民として迎え入れたいと思うのだがどうかな?」 

「光栄だね。僕の答えはこれだよ!」


 レザーシールドを投げつけ、僕は真っすぐに懐に踏み込む。

 シールドを目くらましに、儀式剣を心臓に抉り込む。

 いや抉る必要すらない。体のどこかに触れればいい。

 それでも、僕の小細工すらまるで通用しない。

 シールドは腕で弾かれ、武器を持っている右手をあっさりと掴まれる。

 

「その跳ねっかえりの腕をおとなしくしてから、ゆっくりと血を吸おう……?」


 ヴァンパイアが掴んだ手が、なにやら煙が燻り始めている。

 途端にヴァンパイアの顔色が苦痛に歪み、手を離した。


「貴様、籠手の下に何を仕込んで――!」


 瞬間、僕は儀式剣をヴァンパイアの胸に突き立てていた。

 儀式剣は光を発し、細い鋼線を弾いたかのような甲高い音が辺りに響き渡る。


「なにっ」


 ヴァンパイアの体は瞬く間に白い灰へと変わっていく。足下から体へ、体から頭へと徐々に灰は地面に積みあがっていく。


「馬鹿な、こんな生の終わり方など、我はゆるさ……」


 最期の言葉を全て吐く事もなく、ヴァンパイアは白い灰の山へと姿を変えた。

 そして灰は、風に流され砂漠の中へと散っていく。

 あまりにもあっけない最期だった。

 それでも、僕の背中は冷や汗でぐっしょりと濡れている。

 あいつ、僕のレザーグローブを握ったらいきなり手が燃え始めた。

 一体どうして。

 グローブを外してみると、確かにその証拠は月の光に輝いていた。


「シルバーバングル……」


 ヴァンパイアは銀を嫌う。

 祝福を受けた銀であれば、向けられた瞬間に身を焦がすくらいに。

 そうでなくとも、純度の高い銀は触れた瞬間、ヴァンパイアの肉体を容赦なく焼き払う。

 このシルバーバングルも純度最高の銀だ。

 ヴァンパイアにとっては、焼きゴテを握ってしまったかのような苦痛を味わった事だろう。

 

 僕は自分の運に感謝する。

 いや、悪運の強さとも言うべきか。


「でも、僕はまだまだ弱い」


 あの人には比べるべくもないくらいに。

 僕が地上に立っているとすれば、あの人は雲の上、いやそれ以上の月に居るような天上人だ。

 あの人なら、ヴァンパイアくらい一刀のもとに斬り伏せておしまいだろう。

 そうでなければ、サルヴィの迷宮地下五階なんて辿り着けないのかもしれないけど。


 強くなりたい。


 オアシスまで体を引きずるように歩き、水を一口飲んで仰向けになる。

 皆の様子は気になるけど、流石に疲れた。

 もう少しだけ、僕は星空を眺めていたい。

 それくらいの時間は貰ってもいいだろう?


 それにしても、オーガ(人喰い鬼)についで今度はヴァンパイア(吸血鬼)か。

 つくづく僕も鬼に何かしらの縁があるのかもしれないな。



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