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【完結】侍は迷宮を歩く  作者: DRtanuki
幕間:アーダル外伝:はじめてのパーティ
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外伝十話:砂漠の死闘

 じりじりと野盗どもが近づいてくる。

 僕たちの倍はいる数でもって囲んでくる作戦だ。

 単純だけど、包囲はやはり強い。

 そして数が多ければ強いというのもまた真理。

 数的不利をどうやって覆すか。


「おい、全員は殺すなよ。あの御方に献上しなければならんからな」


 首領がそう言うと、一人の野盗が下卑た笑いを浮かべる。

 

「わかってますよ。あの御方は女が好きですからねえ。へへへ、おあつらえ向きに僧侶の片割れと魔術師が女と来たもんだ。中々器量もいい。あれを献上すれば俺たちの覚えもよりよくなるってもんですよ」


 曲刀を舌なめずりしながら野盗どもは近づいてくる。

 あの御方がどの御方かなんて知らないが、イヴェッテとリースヴェルトが明確に狙われているのはわかった。

 もしや、死すらも生ぬるい程の屈辱を受けるのかもしれない。

 目の前が真っ暗になりそうなほど、僕の頭の血管が浮き出ているのが自分でもわかる。

 

 二度と仲間を失いたくはない。

 野盗どもは全員、倒す。


 そう思った瞬間に体は動いていた。

 前衛組よりも前に進み、僕はハンドアクスを構えて一人の野盗の胸を叩き斬る。

 野盗はうめき声をあげ、あっけなく倒れ伏す。

 白い装束の下にはごつい革で作られた鎧を着ていたが、僕の一撃はその程度の鎧ならぶった切れるように成長したのだ。

 斧の一撃は思いの外深かったのか、野盗の一人は身じろぎすらしない。

 流れ出た血が砂を赤く染めている。


 初めての殺人。


 殺すと明確に意識し、覚悟した上での戦いだ。

 冒険者をやっていればいつかは起こりうる事。それが今日であるだけの話だ。

 それでも僕の手は震えている。

 呼吸が浅く、早くなり、冷や汗もじわりと浮かび上がる。

 同じ人間を殺すというのは、例え悪行を重ねた奴だとはいえ気分が良いものではない。

 出来る事なら殺しはやりたくない。

 これは本音の一つだ。

 でも、もう一人の僕は殺さねばならないと叫んでいた。

 

 野盗や追い剥ぎと言った連中は何をしてきたか見ていただろう。

 お前の仲間も一度は命を失った。幸いにして命を取り戻せたとはいえ、その所業は今でも鮮明に思い出してしまう。

 躊躇うな。

 でなければ自分たちが餌食となる。


「……感情的になるんじゃない」


 ぽつりと小声で自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

 あくまで僕は、僕たちは自分の身を守る為に戦うんだ。

 過剰な怒りと怨みは自分の身を焦がす。

 

「リース! スリープ(睡眠)だ!」

「またぁ? 折角だから違う魔術使いたいわ」

「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」


 イヴェッテからたしなめられて、口をとがらせるリースヴェルト。


「ちぇっ、わかったわよ。スリープ!」


 リースヴェルトがスリープを唱えると、十一人のうち半数の六人が眠気に襲われてうとうとしだしている。

 人型の魔物にはスリープがよく通る、とは言われていたが人間ならばなおさらだ。

 とはいえ、これだけの数が居ても一人も眠らない、という事もありうる。

 今回半分の数に効いただけでも上出来だ。


「これで数は互角だ! 覚悟しろよ」


 イサームとユリウス、ルロフが野盗の群れに斬り込んで三人を戦闘不能に追い込む。

 イヴェッテは遠距離からフォース(衝撃)を飛ばし、一人の野盗の顔面に叩き込む。

 もろに衝撃を顔面に喰らった野盗は顔の骨を折り、倒れる。

 そして僕は、ショートボウに矢をつがえて射る。

 矢は正確に野盗の喉元を穿ち、射られた野盗は首を押さえて倒れ伏す。

 

 さて、これで五人は倒した。合計で六人。

 

 スリープの効果が切れて目覚めた残りの野盗どもは、目の前の光景を見て目を見開く。


「おい、どうなってんだこりゃ!」

「駆け出し冒険者だって聞いてたのに、話が全然ちがうじゃねえか!」


 明らかに狼狽し始める野盗たち。


「お前たちは当然知らないだろうが、俺たちはオーガだって退けた事がある。オーガより弱いお前たちに負ける道理はない!」


 イサームが勇ましい口振りで武勇を自慢する。

 あれはオーガが手負いだったから何とかなったんだけどな。

 でも、野盗たちには効果があった。


「オーガも倒せるなんて絶対俺たちには無理じゃねえか! 畜生、てめえらハメやがったな!」

「勝手に襲い掛かっておいてハメたも何もないだろう」


 ユリウスの当然の突っ込み。僕も同感だ。


「あの御方は気が短い、早くしねえと!」


 だからあの御方って何なんだよ。

 最後の一人になった時点で尋問でもしてみるかな。


 僕はショートボウからハンドアクスに持ち替え、前衛組の間をすり抜けて突撃する。

 冷たい空気が頬を撫でる。

 砂漠の灼熱の空気には本当に参ったけど、夜の空気は割と好きだ。

 暑いよりも寒い方がやっぱり性に合っている。

 僕の故郷はここから遥か北にある。北の辺境と揶揄されるくらいの地方だ。

 このくらい涼しい方が体にもキレが出る。


「さっきからこの盗賊のガキ、やたら強ええぞ!」


 僕の斧の一撃をなんとか曲刀で受ける一人の野盗。

 冒険者の常識で言えば、盗賊なんて後ろで隠れてこそこそしているのが当たり前なのだから、驚くのも無理はない。


 金属同士が勢いよくぶつかり合い、火花が飛び散る。

 スリープに掛かったのは後ろに控えていた野盗たちなのだが、こいつらはたぶん手練れだ。それなりに剣の腕には覚えがあると見ていいかも。

 一撃を受けた野盗は、剣戟を僕に加えようと曲刀を振り下ろしてくる。

 ちょっとは鋭いけど、でもあの人には遠く及ばないな。

 あの芸術的なまでに美しくほれぼれするような剣筋は、鋭く素早く無駄がない。

 僕が今からどれほど剣の修行を積み重ねても、あの境地には至らないだろう。


 野盗の振り下ろしを懐に潜り込んで躱す。

 

「なにっ」


 目を見開いて驚く野盗を後目に、僕は左腕のレザーシールドで顎をかちあげた。

 革と言っても煮詰めて堅く加工してあるだけに、強く振り回せばそれだけで武器になる。

 まともに顎に入って仰け反った野盗はそのまま倒れ込み、気絶した。


 しかし、野盗の首領は配下が倒れてもまだ目の輝きは失っていない。


「野郎ども、これが舐めてかかった奴らの末路だ。こいつらはもういっぱしの冒険者だ。そのつもりで掛からねえとお前らが死ぬぜ」


 言われ、狼狽していた野盗たちは途端に冷静な動きを取り戻す。


「それと、生け捕りは無理だとわかった。あの御方には悪いが、やはり全員殺すしかない」


 首領が配下たちに目配せすると、一斉に奴らは前衛には目もくれずに、後衛のイヴェッテとリースヴェルトに向かい始めた。

 やっぱり、生け捕りにしようとしていたから今まで狙いから外していたんだな。


 冒険者パーティが争いになった時、まず真っ先に狙われるのが後ろにいる僧侶や魔術師だ。

 彼らは体力こそ少ないものの、仲間を回復、支援したり、強力な魔術や奇蹟で遠距離から攻撃してくる。

 いくら前衛を倒しても、彼らが生き残っている場合、魔術の一撃でこちらが全滅する事だってありうるのだ。

 特に魔術師は恐ろしい。魔術の深奥を究めるほどに強力な魔術を使いこなすようになる。

 流石に亡国の女王のような、空間と重力を操る魔術は別格すぎるけども。

 倒す優先順位としては、魔術師、僧侶、戦士、盗賊の順番となる。


「このっ!」


 リースヴェルトは詠唱が比較的早く終わるファイアアローで迫りくる野盗を追い払おうとしているが、奴らの持っている金属盾で弾かれてしまう。

 イヴェッテもフォースを唱えるものの、フォースは放つ瞬間に印を結ぶ必要があり、手を向ける方向に射出されるため、よく見られていると相手に悟られてしまう。

 その為か、上手く当てられていない。

 こういう所で戦闘経験の差が明確に出てしまう。

 野盗たちは人間相手の戦いは経験豊富であり、僕らは初めてだ。

 故に、癖を見抜いたりするのは奴らは上手い。


「待て、クソっ!」


 リースヴェルトに向かう野盗を追いかけるが、流石に足が速い。

 野盗はリースヴェルトの目前まで迫る。


「へへへ……ようやくここまでたどり着いたぜ」


 曲刀を振り上げる野盗。

 振り下ろされるまでに間に合いそうにない。一か八か斧を投げるか?


 その時、ルロフが野盗とリースヴェルトの間に割り込んだ。

 ルロフはどうやら後衛が狙われたその瞬間から既に走り込んでいたようだ。

 ごつい見かけによらず、足は速いらしい。

 メイスで受けようとしたみたいだが、野盗の斬撃を見切れなかったのか、右腕を斬られてしまう。

 鮮血が夜空に迸り、ルロフは地面に片膝を着いて呻く。


「ぐうっ」


 滴る血は砂の地面に落ちて赤黒い染みを作る。

 痛みからか、彼の額には脂汗が滲んでいた。


「ルロフ! 私の身代わりになるなんて!」

「君がやられたら、小生たちの火力が一気に落ちるのです。君は死んではならない。それに、小生がやられたとてまだイヴェッテはいますからな。小生の代わりは居るから心配は無用です」


 理屈はそうかもしれないが、そうじゃないだろう!


「だめだよルロフ。君も死ぬな。僕らは誰一人欠ける事なく街に帰るんだよ」

「……すまぬ。つい弱気になってしまいましたな」

「そうだ。俺たちはこの程度の輩には負けない」


 イサームが先ほど斬りつけた野盗を背後から切り伏せる。これで七人。


 冷や汗を拭い、リースヴェルトが魔術を唱えようと詠唱を始める。


「そうはさせるか!」


 それを見た野盗は、投げナイフで詠唱を阻んでくる。

 しかしリースヴェルトが唱えたのは、攻撃するものではなかった。


エナジーシールド(力場の盾)! 」


 リースヴェルトの周囲には薄い青色の膜みたいなものが展開される。

 膜にナイフが当たると、まるで壁に跳ね返されたかのようにナイフがはじかれる。

 エナジーシールドは指定した者に魔力による物理障壁を展開する魔術だ。

 投げナイフくらいなら容易に弾くし、剣や棍棒による物理攻撃もある程度は緩和してくれる。


「間に合って良かった」

「く、くそっ!」

「お返しだよ」


 僕は再度ショートボウを背中から取り出し、矢をつがえて射る。

 リースヴェルトを狙った野盗の首にあたり、倒れ伏す。

 それを見た野盗の一人がナイフを投げるが、盾で防いで返しざまに矢を射る。

 正確に目を射抜き、また野盗は倒れる。

 これで九人。

 

 僕の速射で更に二人を仕留め、追いついてきたイサームとユリウスが背後から斬りつけて二人を倒す。

 これで残っているのは首領ただ一人だ。


 僕がハンドアクスを構えると、首領は地面にひざまずいて頭を砂にこすりつける。


「すまなかった! 君たちがこれほどの手練れだとは思わなかった、勘弁してくれ」

「何が勘弁してくれだ。僕らをこんな場所に連れ込んで逃げられなくしておいて、とんだ言い草だ」

「頼む、君たちが悪く思っているのは当たり前だろうが、もうこのような行為はしないと誓う。この通りだ」


 みっともなく涙と涎を垂らしながら哀願する。

 こいつらは凄いな。

 不利と見るや誇りも何もかもをかなぐり捨てて助かる為に命乞いまでする。

 土下座をし、靴までも舐めようとする勢いだ。

 でもこれに騙されてはいけない。

 見逃した所でまた配下を募り、狼藉を働くに決まっている。


「ふむ。なるほど。その気持ちに嘘偽りはないな?」


 騙される奴が居た。


「イサーム。こいつらは魔物にも劣る外道だよ。ここで息の根を止めないと同じ事をやらかすに決まっている」

「しかし、同じ人間じゃないか。反省の態度を見せている相手に慈悲を与えずしてどうするのか」


 こんな時に、貴族の甘ちゃん精神を発揮するなよ……。

 僕とイサームが押し問答をしている時、背後に寒気を覚えた。


「馬鹿め、こうなったら一人ふたりは道連れにしてやる……!?」


 言葉を残し、首領は前のめりに倒れ伏す。

 奴の背後から現れたのはユリウスだった。

 彼が握っているロングソードが血に濡れている。

 剣を振って血を払い、鞘に剣を納めて嘆息する。


「ユリウス……」

「イサーム、これでよくわかっただろう。この世にはどうしようもなく浅ましい人間もいるんだ。こいつらのように」

「……命乞いは嘘だったのか」


 肩を落とし、うなだれるイサームの前に立ち、肩に手をやるユリウス。


「イサーム、君は少し人が善すぎる。もっと人を疑う事を覚えた方がいい。もっとも、僕のように疑い過ぎるのも良くないけれどもね」

「……ああ」


 イサームも今回の事で、人間という生き物にも善いものばかりではなく悪いものが居るのを知っただろう。彼はあまりにもお人よしすぎた。

 貴族のお坊ちゃんのままならそれでいいかもしれないが、冒険者となったからにはまず疑わなければ生き残れないのだから。


「ルロフの怪我は大丈夫? イヴェッテ」

「いま、わたしがヒール唱えて傷は塞いだよ。あんまり深い傷じゃなくて良かった」

「うん、それなら良かった」


 今回もどうやら、仲間を失わずに済みそうだ。

 敵の数が多くてどうなるか少し不安だったけど、ほっと胸をなでおろす。

 

 その時だった。

 

 上空を何かが飛来する音が聞こえた。

 ゆらゆらと不規則に飛んでいく姿は、恐らくコウモリなんだろうけどその数が多すぎる。

 コウモリの群れが夜空を支配するかの如く飛び交っている。


「な、なんだあれは?」


 ユリウスがうめくと、コウモリの群れはやがてオアシスに降りてきて霧に変わったかと思えば、徐々に人の形を取り始めた。

 

「我が贄を調達すると言って出かけてから、何刻も経つのに一向に戻ってこないから何事かと思えば、これはこれは。贄に返り討ちにされるとは全く使えぬ連中だ」

「貴様、一体何者だ」


 イサームが剣を構える。

 完全な人型に姿を変えたものは、見かけ上は砂漠を旅する商人たちと同じように見える。

 しかし、恐ろしく血生臭い。

 かなり離れていて、風も今は吹いていないのに吐き気がするほど臭いがここまで届いてくる。

 怖気を感じるほどに冷たく酷薄な笑みを浮かべると、口から犬歯が見え隠れする。

 あれはもはや、牙だ。肉食獣が備えているものと等しい。

 

「物を知らぬ愚かな君達に自己紹介をしよう。我こそはヴァンパイア(吸血鬼)。夜を支配する者なり」

「ヴぁ、ヴァンパイアだと」

「役立たずどもに頼るのではなく、贄を探すのならやはり自分でやらねばダメだな。好みではない奴を持ってくる癖に愚痴ばかりで全く使えん連中だった」


 ヴァンパイアは僕らを見据えて舌なめずりをする。


「しかし今宵は良い夜だ。なんせ上物の贄が二人も居るのだからな。他の四人も、まあ我が配下のグール(屍鬼)の餌にはなるだろう」


 怖気と寒気が同時に足先から這い上がってくる。

 

 でも、負けてなるものか。

 今一度、ありったけの勇気を絞り出す為に僕は懐に手を入れる。

 エルフの魔術師が遺してくれた、水晶の儀式剣。

 懐から抜いて構えると、儀式剣は月明りに煌めいて淡い光を放っているように見えた。

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