外伝六話:闇、そして鬼
地下一階の出入り口から右に行った小部屋の探索を終えた。
今度は出入り口から左に向かう。
突き当りをそのまま曲がると、手前と奥に一つずつ扉がある。
両方探索してみたが、どちらでも魔物とは遭遇しなかった。
手前の方の小部屋には、さっきの僕らのように魔物との戦いに疲れて休憩していた冒険者パーティが居た。彼らも僕らと同じ初心者だ。
「スケルトンには参ったよ。骨を砕かないと簡単に体を戻されて面倒なんだ」
パーティのリーダーである戦士がそんな事を言っていた。
不死系は総じて厄介な魔物が多い。気持ちはわかる。
奥の方の小部屋には、誰かが遺したちょっとした宝があった。
地下一階のものだからたかが知れてるけど、それでも初めてのお宝だ。
みんなが興奮するには十分だった。
分け合っても冒険者の安宿なら二週間はゆうに泊まれる。
流石に個室じゃなくて、相部屋だけど。
小部屋二つを調べて更に進み、その先の扉を開ける。
「三つの分かれ道、か」
ユリウスがつぶやいた。
正面に進む道がある。見える限りでは一本道。
そして左の方を向くと、道はあるものの途中から不自然に漆黒の闇に包まれている。
暗い道へ近づいて松明の火を掲げてみても、灯りは闇に吸い込まれて消えてしまう。
「なるほど、これがダークゾーンというものか」
イサームが興味深く闇の彼方を眺めている。
ダークゾーンはどんなに強い灯りをその中に放っても、光が拡散せずに闇の中に閉じ込められてしまう。
闇のマナが吹き溜まって領域を作ったのか、それとも誰かが闇を生み出したのか、迷宮研究者の間では長く議論が交わされているらしいけど、誰も真相は知らない。
更にダークゾーンの手前にももう一つ、分かれ道がある。
道の先には下に降りる階段が見えた。
階段の手前にはまたしても扉がある。
選択肢が一気に増えたな。どこから行こうか?
「ダークゾーンを突破してみないか?」
そういう提案をするのは大抵イサームだ。
少年のように目を輝かせ、世の中の不思議はなんでも調べたいと思わずにはいられない、好奇心にあふれている。
迷宮では好奇心が強すぎると死にかねないんだけどな……。
正直な所、僕はまだ見えている道の方から探索していきたい。
パーティとして初探索だってのに、見えない所に突っ込んで死ぬ可能性を上げたくないしなぁ。
そんな僕の考えを、イヴェッテが代弁してくれた。
「でもダークゾーンに入ると方向感覚わからなくなるんじゃない? 暗い中を彷徨って行き倒れるなんて嫌よ、わたし」
「私、スペースディテクション覚えてるから現在位置の把握はできるし、迷うって事は無いと思う」
リースヴェルトがありがたい一言をくれた。
君はパーティの要の一人だよ、ホント。
でも今の一言は出来れば言わないでほしかったな!
「現在位置を把握できるんなら問題ないな! じゃあ行こうか!」
有無を言わさずにイサームが歩き出し、慌てて他のメンバーが付いていく。
「当然だけど、真っ暗で何も見えんな!」
イサームの興奮した声が闇に響き渡る。
見えないから、左手で壁を伝いながら歩く。
右手では前に居る仲間の服を掴んでいる。
そうしないとはぐれてしまうから。
「見えないとはいえ、どうやら一本道みたいですな。分かれ道のようなものはない」
「そうね。真っすぐ行くだけみたいな」
僧侶二人組も思ったほど複雑ではない道と見て、ほっとしている。
「ねえユリウス。疑問なんだけど、ダークゾーンで魔物と遭遇した場合、相手はこっち見えるのかな?」
「敵によるんじゃないか。温度や匂い、気配を察知するような魔物なら見えずともこちらの存在を把握する事はできるだろう」
「うええ、余計にこんな闇の中では魔物と遭いたくないなあ」
でも、下の階層ではきっとそういう状況での戦いもありうるんだろうな。
やだやだ。
「おや、なんだもう終わりか」
拍子抜けしたと言わんばかりにイサームが言う。
闇に包まれた通路を抜けると、その先には扉がある。
蹴破って中に入るけど、魔物の気配は全くない。
「……魔法陣?」
小部屋の奥に、ひっそりと描かれている魔法陣だけがあった。
盗賊の迷宮で幾度となく見たものだけど、流石に描かれている紋様は異なる。
白い塗料か何かで描かれているけど、僕が見た魔法陣はうっすらと光を放っていた。
これはどうなんだろう。
「魔法陣か。なるほど」
イサームが無造作に踏みつけて中に入る。
「はあああああああああああああ!? 何してんの!!!!!!!!」
瞬間、怒声が腹の底から漏れ出てしまった。
もしかしたら頭の血管が三本くらいはブチ切れたかもしれない。
仲間の誰もが耳を塞ぎ、僕をしかめっ面で見ている。
当のイサームは呆けた顔で僕を見ていた。
「は、いや、何をそんなに騒いでるんだアーダル?」
「こ、の、馬鹿! これが罠だったらどうするつもりなんだよ!」
「罠だって?」
「そうだよ。僕は前に盗賊の迷宮を踏破したけど、その中には魔法陣を使った罠もあったんだ。踏んだら石柱が召喚されて、その中に踏んだ奴を埋め込むっていうね」
「げっ、いわゆる石の中、って奴か」
聞いた誰もが恐れるもの。
石の中。
転移の魔術を使用した時、魔術師が座標指定を間違える事は結構あるらしい。
それで意図した場所と違う所に転移するならまだしも、石の中に転移してしまう事もあるという。
石の中に埋め込まれてしまった人は即死する。
しかも石と同化してしまう為に、蘇生の見込みすらない。
蘇生は肉体が残っていればこそできるものであり、物質と同化してしまっては魂の定着が不可能なのだと。
「だから何か怪しいものがあった時、僕がまず調べるから迂闊に触らないで欲しい。誰かが死んだら目も当てられないから」
「そうだな……すまなかった」
意外と素直に謝ってくれた。
踏んだ途端に作動するタイプの罠だったら危なかった。
仮に罠でなく、転移の魔法陣だったとしても何処に飛ばされるのか分かったものではない。転移した先で強い魔物に遭遇する可能性もある。
「本当に運が良かったんだよ、イサームは」
「ああ。気を付けるよ」
魔法陣の部屋は、それ以外には何も無かった。
リースヴェルトにも調べてもらったのだが、魔法陣に魔力は宿っていないようだ。
もしかしたら別の階層に同じような魔法陣があって、そっちから起動すると連動してこちらが動く仕組みになっているのかもしれない。
今は地図に記しておくにとどめて、別の場所に行こう。
ダークゾーンを抜けて、再び分かれ道に戻る。
「今度はどっちに行こうか……って、何だ?」
地下二階へ降りる階段の方から何だか騒がしい声が響き渡ってくる。
「何の騒ぎですかね?」
ルロフが通路の方を見るや否や、階段から勢いよく冒険者たちが飛び出して来た。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
誰も彼もが傷だらけで、何かに怯えるように一目散に地下一階の出口向かって走っている。
僕らの事なんか誰も気にかけてない。
「一体何なんだ?」
イサームが松明を通路に照らしてよく見ようと覗き込むと、僕らの横を勢いよく通り過ぎて行った。
壁に叩きつけられた時、ようやくそれが何なのかわかった。
恐らくは、先ほど逃げ出した冒険者たちの仲間の、戦士。
投げつけられたのか、殴り飛ばされたのかはわからないが、とんでもない力を持った奴にやられたようだ。
背中を強かに打ち付け、痙攣しているもののかろうじて生きている。
「何かが来るぞ、皆構えろ!」
ユリウスが叫び、前衛と後衛の列を成して僕らは身構える。
足音が聞こえる。
裸足のようで、べたり、べたりという音が迷宮内に響き渡る。
「FUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!」
通路の奥から現れたのは、人型の魔物だった。
大きい。
迷宮の天井はそれなりに高いはずなのだが、頭をこすりそうなくらい背丈は高い。
人間の二倍か三倍くらいはありそうだ。
額には大きな角が二本生えていて、口の牙も長くはみ出している。
筋肉は物凄く盛り上がっていて、鍛え上げた人間、いやドワーフであってもここまでの筋肉の鎧を身に纏えるか思ってしまう。
「オーガ……!!」
ユリウスがうめいた。
「えっ。オーガってどういう魔物なの?」
「アーダルも知らないのか」
「うん。僕が調べてるのは地下二階までの魔物だし」
「オーガは地下三階に居る、単体でしか行動しないけどめちゃくちゃ恐ろしい魔物だ。特に力が強くて、一対一で力勝負できるのは歴戦のドワーフの戦士くらいだろうって言われてるね。それと、戦いを生きがいとしているらしく、冒険者との戦いを愉しんでいる節があるみたいだ」
しかし、本当にでかいな。
でも傷だらけだ。
多分、さっきの冒険者たちが挑んだんだろうけど、勝てないと悟って逃げ出してきたんだろう。
途中で戦いから逃げ出されて不満なのか、オーガはいま滅茶苦茶に興奮している。
暴れまわって迷宮の壁を壊しまくっている。
魔物をいくらか倒したとはいえ、今の僕らに太刀打ちできる相手なのか?
オーガは満身創痍、でも僕らはほとんど初心者。
全くどうなるかわからない。
でもここで背を向けて逃げ出したら、多分誰かが死ぬ。
もう誰も死なせたくはないんだ。
前のパーティを組んだ時みたいに、むざむざとやられてたまるものか。
オーガは僕らを次の獲物と定めたのか、睨みつけて走り出した。
「来るぞ!」




