外伝五話:それぞれの理由
休憩を取る事にイサームが反対するかな、と少し思っていたものの、当のイサームも自分の疲労が激しいと感じていたのか、あっさりと休憩をする運びになった。
流石にゴブリンとゾンビの死体が転がる部屋での休息は皆が嫌がり(僕も当然嫌だ)、いったん通路に出てから魔法陣を描く。
冒険者になったときに一番最初に覚える事。
それが休息時の魔法陣の描き方だ。
迷宮や外界の危険な場所でも安全に休息が取れる優れた技術で、休息する空間に聖水を垂らした後に紋様を描くだけで、その場に聖なる魔素が満たされて邪な気を持つものを近寄らせない。
中でおとなしくしている限りは幾らでも休息できる、すごいものなのだ。
「誰か、何もしゃべらないのかしら?」
休息とはいえ、各々が壁に寄りかかって天井を見ていたり、目をつぶっているだけで沈黙が場を支配しているのに嫌気が差したリースヴェルトが口を開いた。
「せっかく命を預け合う仲間なんだし、無言は勿体ないわ」
「と言ってもな。何を話せばいいんだ?」
「こういう時はね、自分の身の上話をするといいんだ」
僕がそう言うと、みなの顔がぱっと明るくなった。
ユリウスを除いて。
「じゃあ、俺から話すとしようか!」
イサームが立ち上がって拳を握る。
「俺の家は、貴族だ! 貴族と言っても分家で貧乏だけどね。そして僕は三男だ。家を継ぐ立場ではないし、そのまま家に居ても良い立場は絶対に得られない。だったら冒険者になった方が良いと思ったのさ」
道理で武器の扱いに慣れてて戦い方もこなれてたわけだ。
貴族のお坊ちゃんなら戦いの訓練もやっているだろうし。
よくみると着ている鎧や剣も中々良いモノだし、体格も良い。
戦士としてうってつけだ。
「冒険者となって功と財をなすのが俺の夢だ。特にドラゴン。あれを狩ってこそ俺は伝説の冒険者となれるわけだ!」
目を輝かせて夢を語る青年は、純粋で眩しく思えた。
僕もそんな風に夢を抱いていた時期もありました。
今ももちろん夢はあるけど、まずは現実を見ていかなくちゃ。
「では次は小生で」
僧侶のルロフが口を開く。
「小生の家系はみなが信心深いもので、必ず一度は出家せよという言いつけがありまして。元より小生は僧侶として生きていこうと決めてました故、僧侶となりました」
「どうして冒険者をやろうと思ったの?」
「冒険者という仕事は過酷そのもの。故に、より神への信仰が試されるわけです。だからこそ、信心を深めるには良いと思いましてな。体と精神の両方を鍛えられて一挙両得でもありますし」
なるほど。だいたい見た目通りの理由だ。
でも神への信仰も強そうだし、頼りになりそう。
味方を置いてすぐに逃げ出したりもしなさそうだし。
「じゃあ次はわたしね」
イヴェッテが言う。
「わたしは元々孤児院出身で、修道院に引き取られて僧侶になったの。ルロフみたいな立派な信心はまだ持ててないけど。でもいずれは立派な僧侶になりたいわね」
「冒険者になった理由は?」
「色んな所に行って見たかったから、かしらね。修道院の中はその中で生活が基本的に完結しちゃうし、外に出れないからつまらないの」
僕と同じような理由だ。
すっごくその気持ちはわかる。
若いうちはやっぱりいろんな場所に行って、いろんなものを見て聞いて知りたいし。
年を取っちゃったら体も動かなくなるし、若いうちだよほんと。
「それじゃ、次は私かしら」
リースヴェルトがいつのまにかタバコをくゆらせていた。
「私も孤児院出身だけど、イヴェッテと違うのは魔術師のお師匠様に引き取られた所かしら。八歳の時だったかしらね。そこからずっと修行してたんだけど、やっぱり机上の理論というか、魔術を試しているだけでは上達は中々しないって話も聞いたの」
「それで、実戦経験を積む為に冒険者に?」
「そう。魔物にならいくらでも、全力で魔術を放ってもいいでしょ? さっきファイアアローを撃った時、凄く興奮しちゃった。こんなに私は強いんだって思ったもの」
リースヴェルトはいつの間にか顔を赤らめている。
パーティの中では一番火力があって殲滅力はあるんだけど、万が一に混乱でもしたらちょっとヤバいかも。
素でもヤバいかもしれない。
「そういえば、ユリウスは?」
「……どうしても語らなきゃダメかい?」
「一応、ね」
「皆みたいに立派な理由じゃないよ。冒険者になったのも故郷では仕事が無かっただけの話さ。ある程度お金を貯めたらさっさと引退して、何か店でも開いてみたいよね」
うーん……ちょっとこれは、冒険者としては一番よく居るタイプだなあ。
イサームみたいに夢を抱いてるわけでもないし、ルロフのように使命感に溢れてるわけでもないし。
さっきの戦いを見てもあまり積極的じゃないし、戦士としてはどうなんだろうってちょっと思ってしまう。
ミフネさんはいざ戦いとなれば、命を捨てる勢いで戦っていた。
実際は捨てるつもりは毛頭ないかもしれないけど、それくらいの気概で毎回戦いに挑んでいたはずだ。
それを考えるとイサームは危なっかしいけど、確かに戦士の素養がある。
「そういえば、アーダルはどうなの?」
イヴェッテから興味津々に見つめられた。
「僕? 僕はね……」
僕が冒険者になったわけを語る。
イヴェッテと似たような理由を言う。女であるという事は伏せてだけど。
「ふむ。やはり故郷でじっとしているというのは面白くないよな。男であれ女であれ、自由に様々な所に行きたいという思いは同じはずだ」
イサームも僕の理由に同調する。
自由は、何よりも僕が求めているものだ。
僕は僕の為に、僕の意思のみで行動を決める。
冒険者となった理由を語り、自分の故郷を語れば後は話題は自然と湧いてくる。
少しは、即席冒険者パーティだけども絆を深められたかな。
当たり前だけど、それぞれの人にはそれぞれの人生がある。
僕はミフネさんの事を自然と思い浮かべていた。
彼のこれまでのいきさつは、ここに居る人たちと比べればあまりにも過酷で異質だ。
僕らの理由は、言ってしまえばそんなに大した理由ではない。
ただ、故郷が嫌だから、家を継げないから、お金がほしいから。
そんな理由で冒険者になっている。大多数がそんなものだけど。
僕らはいずれ冒険者を引退するだろう。
でも、ミフネさんは故郷を追われて家族を失ってここに流れてきている。
ミフネさんに冒険者を止める理由は今のところない。
これからも、老いたとしても続けていくつもりなのだろうか。
出来れば冒険以外の、何か目的を見出してほしい。
彼女がいるらしいけども、彼女が蘇ったら冒険者を辞めるのだろうか。
そんな事を考えていたら、僕の顔をリースヴェルトが覗き込んできた。
「どうしたの。黙りこくって難しい顔しちゃって」
「え? そんな顔してたかな」
「だめよ、悩み事は。額に変なシワ作っちゃうからね」
「あ、ああ。そうだね」
笑い顔を作って皆の話を聞いていたけど、やっぱり僕の頭にはミフネさんが居座っていた。
あの人には死んでほしくない。
僕の一番の願いだ。
何よりも僕の、僕の父の恩人でもあるのだから。
しばらく魔法陣で休んでいると、皆の顔色も良くなってきた。
体力が戻って来たのだろう。
ルロフとイヴェッテ、リースヴェルトの魔力も戻って来たようだ。
「これなら探索を再開できそうだね」
魔法陣を解き、僕らは再び立ち上がる。
ゆくぞ、迷宮の闇の先へ。




