外伝四話:遭遇
勢いよく部屋に突入した前衛の三人。
それを追いかけて後衛の僕たちも遅れて部屋に入る。
小部屋には灯りは点いておらず、周囲は闇に包まれてよく見えない。
僕たちが持っている松明の灯りのみでは、おぼろげに何かが居るのかがわかる程度だ。
迷宮に灯りも点けずに潜んでいるものは、大体は魔物と相場が決まっている。
冒険者たちであれば、暗い部屋に灯りもなしでうずくまっている事はほとんど有り得ない。
扉を蹴った勢いのまま、イサームはロングソードを抜いて闇に潜む「なにものか」にロングソードを振り下ろす。
「うおおおおおおおおっ!」
剣の一撃はなにものかの脳天をかちわった。
イサームが持つ左手の松明に照らされ、うすぼんやりとしか見えなかったものの姿が露わになる。
「ゴブリン、か」
ユリウスがぼそりと呟いた。
ゴブリン。小鬼とも言われるこの魔物は、人間の子供程度の大きさで集団で暮らしている。集団である事を生かして、見つけた獲物を囲んで戦うのを好む。
棍棒や短剣と言った程度の武器なら扱えるが、無造作に振り回すくらいしかやってこない。
力もなく、知能も低いので駆け出しの冒険者の相手としては適している。
実際単独のゴブリンだったら盗賊でも一人で退治できるくらい弱い。
だが油断してはいけない。
ゴブリンは悪だくみに関しては異様に頭が回り、時には子供のいたずらが甚大な被害を及ぼすように、卑怯な事を限りなく考えついて実行できるからだ。
とは聞いていたものの、こうやって不意を突いたら初心者でも一撃で倒せるくらい弱いっちゃ弱いんだよな。
残りのゴブリンたちは仲間がやられた事にうろたえて、右往左往してるし。
続いて突入したユリウスとルロフの奇襲も成功し、六匹居たゴブリンはあっという間に三匹に数を減らした。
三匹のゴブリンは部屋の奥に居たおかげで奇襲から逃れたものの、既に戦意を失いかけているように見える。
だからと言って魔物に情をかけてはいけない。
特にゴブリンは生き延びる為なら何でもやるし、命乞いにほだされて見逃したりなんかすると、背中に短刀の一刺しを喰らう事になる。
後から部屋に入って来たリースヴェルトも既に詠唱を始めている。
「ファイアアロー!」
リースヴェルトの周囲に火の玉が三つ浮かび上がる。
ゴブリンの一匹に杖を差し向けると高速で飛んで行き、ゴブリンの頭に着弾する。
焼かれたゴブリンは叫び声を上げ、その後倒れ絶命した。
続いてイヴェッテは手を組んで目を瞑り、祈りを捧げている。
「フォース!」
目を見開き奇蹟の名を叫んだ時、彼女の体がわずかに発光し、見えない衝撃波が発される。その衝撃の力はすさまじく、直撃を受けたゴブリンは壁に強かに体を打ち付けて悶絶する。
見悶えする間にイサームがゴブリンの胸を突き刺して倒す。
その間に僕は弓に矢をつがえ、最後に残ったゴブリンの頭を狙った。
狙い通りに矢は真っすぐ飛んで行き、目に刺さってそのまま後方に倒れ伏した。
最初の戦いは、あっけない程に簡単に終わった。
「初めての戦いだったが……思いの外上手くいったな」
イサームが剣を収めて言う。
武器を持っていた右手が震えている。戦いによる興奮だろうか。
「これも神の思し召しかも知れませんな」
「相手がスケルトンとかだったら、もうちょっと苦労してたかもしれないわね」
僧侶二人組も胸をなでおろしている。
そんな中ユリウスは、ゴブリンの持っていた武器を確認していた。
「棍棒以外にもダガーを隠し持っていたな。毒が塗ってある」
「そんな事を調べているのか?」
「魔物の習性と何を使うかは重要な情報だよ。油断していたら毒を喰らう事になる」
「ゴブリンなんかには何があっても負けないさ」
「そうやって慢心していると、いつか手痛いしっぺ返しを食らうぞ」
ふんと鼻をならし、イサームはユリウスから視線を外した。
相変わらずの二人。
そんな中、我関せずと言った感じでリースヴェルトは小部屋を歩き回っている。
「ちょっと、無造作に歩き回らないで。僕が部屋を調査するから」
「それは失礼。盗賊さんの大事なお仕事ですものね」
なんというか、この魔術師もつかみどころがないなあ。
戦いの最中は盗賊はよく役立たずで物陰に隠れていた方が良いと言われる。
でも、戦いが終わった後はむしろ僕らの仕事の時間だ。
何が隠されているだろう?
……しかし、ゴブリンたちは何も持っていなかった。
正確には、人間には価値が見出せそうな宝は無いという事だ。
ガラクタやゴミみたいなものはあったのだけども。
仕方が無いので隠し扉や棚が無いかを探ってみる。
松明の灯り片手だから暗くて仕方ない。
「……なんだか臭うな」
部屋を探っている最中、鼻につく臭いを感じた。
それは部屋の片隅から漂っており、元を辿っていくとそこには折り重なって積み上げられた死体があった。
「冒険者の死体かしら」
僕の背後からリースヴェルトが顔を覗かせる。
「僕らも一歩間違えたらこうなっているかもよ」
「怖い事言わないでくれないか」
僕の軽い一言にユリウスが返す。
迷宮と言う魔窟の中にあっては、僕らがこうならないという保証は何もないんだけどな。
リースヴェルトがハンカチで鼻を覆いながら僕に言う。
「この死体、何か持ってないかしら」
「うーん……流石に気が進まないな」
「まあ腐ってるものね。無理に探る必要はないか」
盗賊の迷宮で墓荒らしめいた事はやったけど、流石に今はそれをやる気にはなれない。
今の僕らには死体を漁ってまで宝を求める理由はないだろう。
なによりまだ助けられるかもしれないのだから。
そう思って僕は僧侶二人の方へ視線を送るが、二人は意図を察してか首を振った。
「肉体がここまで腐ってしまっては、寺院に送っても助けられませぬ」
「もう魂が戻れないからね。こうなると。天から魂を呼び戻して無から肉体を再生する奇蹟も昔はあったって聞いたんだけど、今には伝わってないし。出来るのは魂の安息を祈る事だけよ」
「わかった。じゃあせめて、彼らに祈りを捧げてあげて」
了解とばかりに、ルロフとイヴェッテはひざまずいて祈りを捧げ始める。
彼らが祈っている間に、僕は部屋の調査を続ける。
しかし、隠し扉も何もない、ここは正真正銘の只の小部屋だった。
「なんかこの死体、動いてない?」
じっと祈りの様子を眺めて何やらメモを取っていたリースヴェルトがそんな事を言う。
それを聞き、ルロフとイヴェッテは祈りを中断し目を開いた。
僕と戦士二人組も死体の方へと振り返る。
一番上に積まれていた死体がゆっくりと転げ落ちる。
そしてずるり、ずるりと一体、また一体と死体が起き上がり始めた。
「もう遅かったか」
既に迷宮を彷徨う亡霊が憑りつき、ゾンビと成り果てていたみたいだ。
「ルロフ、イヴェッテ! ディスペルをお願い!」
死体が動き出す光景にうろたえていた皆だが、僕が叫んだ事でハッと正気を取り戻して僧侶二人組は何とか祈りを始める。
ゾンビは既に抜け殻の肉体に亡霊が憑りついて動き出す魔物で、生者の気配を感じてより新しい肉体を求めている。
生物であれば急所を突いたり、出血を多量に流させる事で倒す事が出来るけど、既に死んでいるゾンビにはその方法は使えない。
確実に倒すにはどうするか。
物理的には四肢を飛ばしてさらに首を切って頭を潰せば、噛みついたり武器を振るう事は出来なくなるので一応倒したと言ってもいい。
燃やし尽くして消し炭にしたり、凍り付かせて砕くのもあり。
でもより確実なのは、やっぱり憑りついている亡霊を昇天させるのが一番だと思う。
僧侶が唱えるディスペルは、不死の魔物全てを昇天させる。
ディスペルが成功するかはどうかは僧侶の腕前に掛かっているけど、さてこの二人はゾンビに憑りつく亡霊たちをどれだけ昇天させられるだろうか。
「迷える魂よ。我が導きに従い、この世の執着から解き放たれ天の国へと参り給え」
ルロフとイヴェッテが祈りを完成させ、両手と重ねて前へ突き出すように構える。
すると彼らの手からは柔らかな光が発され、ゾンビたちを包み込んだ。
包み込んだ光は二体のゾンビを捉え、中身が抜けた死体はその場に倒れ込んだ。
光はそのまま天上へと向かい、亡霊は安らかな笑顔で天へと向かっている。
しかし残りの四体は光をすり抜けて前へと進んでくる。
冒険者のゾンビとあって、彼らは武器を持っている。
彼らは全て戦士らしく、剣二人と斧二人だ。
不用意に近づけば斬りつけられて傷を負うだろう。
「イサーム、なるべく四肢を細切れにして首も飛ばすんだ!」
「ユリウス、だいぶ難しい注文だぞそれは!」
イサームはロングソードを構え、ゾンビが間合いに入ってくるのを待っている。
じりじりと剣を持つゾンビの一体が近づいてくる。
「ここだ!」
戦士のゾンビが振りおろした剣を払いあげてのけぞらせると、イサームは駆け抜け様にロングソードを振るう。
まず武器を持っている腕を斬り落とし、首を飛ばす。
ゾンビは武器と視界を失ってそのまま棒立ちとなり、更に追撃の剣戟によって足も飛ばされてバラバラになった。
イサームは不用意な言動がとても多いけど、中々やるじゃないか。
頼りになるなぁ。
「やったぞ」
続いてユリウスも斧持ちのゾンビに向かって剣を振るう。
狙うは首筋。
ゾンビが横薙ぎに剣を振るうが受け流し、首を落とさんと下から振り上げる。
確かに剣は首筋に食い込んだ。
「!?」
しかし、ユリウスの剣は斬り落とすまでには至らない。
「骨に引っかかったか!?」
ゾンビは首に剣を喰い込ませたまま構わずユリウスに向かって、両手持ちで戦斧を振り下ろそうとする。
ユリウスは松明を持たずに左手には盾を持っており、盾で受けるもののゾンビは人体が無意識にかけているリミッターがない為か、常に馬鹿力で振るってくる。
盾と斧は火花を散らし、受けた盾はあまりの衝撃につい手放してしまった。
無手となったユリウス。
「くっ」
体勢を崩したユリウスに、無造作に戦斧を振り下ろそうとするゾンビ。
その時、横から炎が飛来しゾンビの頭に直撃し燃え盛る。
「大丈夫?」
リースヴェルトのファイアアローだ。
焦げた頭が地面に転げ落ち、火は体にも燃え移ってゾンビは動きを止めて倒れる。
残り二体。
僧侶二人はディスペルで消耗したのか、まだちょっと動けそうにない。
そして残った二体は動きがやたらと機敏だ。
イサームが前に立ってゾンビ二体の攻撃をさばいているが、攻勢には出られていない。
「こいつらやるぞ!」
ゾンビでも生前の技量というものはある程度反映されるのだろうか。
以前戦ったスケルトンでも、個体によっては技量に差があったからゾンビの場合でもその可能性はある。中には別の魂が入ってるとしても肉体が覚えてるのかもしれない。
疑問は尽きないが今はそんな場合ではない。
ゾンビたちは本能的な嗅覚で厄介な者を察知したのか、ユリウスとイサーム、ルロフとイヴェッテの隙間をすり抜けて真っすぐにリースヴェルトの元へと向かっていく。
「リース、逃げろ! 距離を取れ!」
ユリウスが叫ぶ。
リースヴェルトは既に次の詠唱を始めていた。
魔術というものはある程度の集中を要するものらしく、途中で中断してしまうと魔術の為に練り上げた魔力が暴発してしまうらしい。
だから詠唱を始めたら完了するまで止められないのだが、このままでは間に合いそうにない。
だから僕が彼女の前に立った。
「アーダル! 君では無理だ!」
イサームが叫ぶ。
「大丈夫。僕が守る」
僕はハンドアクスを構え、ゾンビの進路に立ちふさがる。
目障りと感じたのかゾンビたちが武器を振り上げた。
「そこだよ」
振り上げた腕をハンドアクスの一撃で切り落とし、もう一体のゾンビの斧は躱して横をすり抜け様に首と腕を刎ねた。
剣を失って呆けている方のゾンビに対しては後ろに回り込んで首を落とす。
ゾンビ二体はそのまま立ち尽くし、動かなくなった。
やっぱり鈍いな。盗賊の迷宮にいたスケルトンたちと比べるまでもないや。
懐に忍ばせていたエルフの儀式剣を使うまでもない。
「凄い腕じゃないか。どこで鍛えたんだ? 盗賊なのに」
イサームが驚きの声を上げた。
「ちょっと前に、色々あったんだ」
その時の迷宮探索の事を思い出せば鳥肌が立つ。
というか、あの冒険から日にちが全然経ってないのがびっくりする。
あの戦いの最中ではミフネさんについていくので精一杯だったけど、いつの間にか強くはなっていたようだ。
僕は全然大丈夫なんだけど、他の仲間の様子を見てみるといきなりの連戦で息が上がっている。
特に前に立ってゾンビの攻撃をしのいでいたイサームの消耗が激しいように思えた。
「そうだね。ちょっと休憩にしようか」




