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【完結】侍は迷宮を歩く  作者: DRtanuki
第二部:盗賊の迷宮編
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第三十一話:古王の剣舞


 古王が叫ぶと同時に魔法陣が両隣りに瞬く間に描かれる。

 魔法陣に光が宿り、発動するとそこから骨騎士スケルトンナイトが出現した。

 二体ともこれまで見て来たような骨人スケルトンとは違い、漆黒に染められた鎧に身を包み、血に塗れた長剣と髑髏の模様が描かれた金属盾を持っている。

 どうやら冥府から古王の近衛騎士を召喚してきたと言う訳か。

 死んでなお使役の道具とされるのは竜人の騎士や暗殺者でも見て来たわけだが、気分の良い物ではない。

 意思なき忠実な兵士は足早にこちらへと向かってくる。


「アーダル!」

「了解!」

 

 アーダルはすぐさまエルフの短弓に水晶の矢を二本つがい、発射する。

 矢はまるで意思を持つかのように空を切り、それぞれの骨騎士スケルトンナイトへと向かっていく。

 騎士は水晶の矢を斬り払おうと剣を振るが、矢はするりと剣の軌道から逸れて騎士たちの頭骨に的中した。

 瞬間、骨騎士スケルトンナイトはその体を塵へと変えて虚空へと消える。

 古王はアーダルが使っている弓を見て、乾いた顔を醜く歪める。


「レブナスの弓を持ってきておるのか。忌々しいエルフめ、死んでもなお余の邪魔をするか」


 どうやら地下二階で出会ったエルフの霊は、レブナスという名らしい。

 レブナスは恐らくこの冷酷無比な王にも諫言できるほどの度胸もあったのだろうか。

 故に王の不興を買い、魂を切り離されてしまったのかもしれない。


 骨騎士スケルトンナイトを倒して一安心かと思いきや、魔法陣が再度光を発し、次の骨騎士スケルトンナイトを召喚し始める。


「なるほど。どうやらあの魔法陣は骨騎士スケルトンナイトを自動で延々と召喚するようだ」

「倒してもキリがないですね、これは」

「ま、あの手の魔法陣は術者を倒せば大体効力を失うようになっている。魔力を供給しているのは術者だからな」


 だから俺が古王を倒せばよい。至極わかりやすい話だ。


「俺が王を倒すまで、お主は骨騎士スケルトンナイトをひきつけてくれ」

「わかりました」


 幸い空間は広い。骨騎士スケルトンナイトは同時に出てこれるのは二体までらしいので、逃げ回りながらなら大分時間は稼げるだろう。

 

「行くぞ!」

 

 俺は古王に向かって野太刀を構え、突撃する。

 古王は復活しきれていないのか、それとも魔法陣の制御のために魔力を使っているのか魔法を使ってくる様子は見られない。

 剣による攻撃しかしないのであれば、大分俺は戦いやすい。

 アーダルは俺たちから離れて距離を取り、骨騎士スケルトンナイトを挑発してひきつけている。

 これで俺と古王は一対一の状況を作りだせた。

 アーダルの方を少し見やれば、昨日飲んだ竜人の牙によって体の調子がいいのか、骨騎士スケルトンナイト二体を相手にしているにも関わらず、脇差と儀式剣で攻撃を軽快に捌いている。

 勿論牙の効果のみならず、この迷宮で何度も戦いの経験を積んで成長しているのもあるとは思うが、それにしても良い動きをしている。

 しばらくは目を離していても大丈夫そうだ。


 古王にあいさつ代わりの突きを繰り出す。

 古王は見切って体を半歩右に避け、血に塗れ錆びた大曲剣を振りかぶって叩きつける。

 それを俺も半身になって躱すと、剣の軌道には大曲剣から漏れ出た怨霊がぶわっと現れ、怨嗟を口にしながら剣にまた吸い込まれて消えていく。

 あの剣の中に、数え切れぬほどの霊が潜んでいる。

 勢いあまって地面に叩きつけた剣は衝撃でまたも霊が飛び出し、生者である俺を見つけると途端にこちらに向かって襲い掛かってくる。


「溌!」


 咄嗟に俺は霊気を巡らせ、怨霊を斬り祓う。

 霊は形を保てなくなり、虚空に霧散する。


「ほう、そんな力を持っているのか。道理でここまで進んでこれた訳だ」

「死者の巣窟には霊気の力はおあつらえ向きでな。お主も我が霊気で祓わせてもらう」

「余をそこらの死者と同じと思うなよ!」


 古王は大曲剣を横薙ぎに振り払う。

 野太刀で受け流す。竜人の騎士の膂力と比べれば元は人間なだけに、それほどではない。

 返しざまに刀を古王の喉元に突く。

 古王の喉にまで刀が届くと思われた瞬間、突如奴は姿を消した。


「何っ!?」

此処ここだ、間抜けめ」


 古王はいつの間にか俺の背後に立っており、下から大曲剣を振り上げる。

 咄嗟に前に転がって逃れ、距離を取る。

 一体消えたのはどういう理屈か。

 

「さては、空間転移テレポートの魔術か」

「ご名答。刀での攻撃しか出来ない割には頭は巡るようだ」


 暗殺者のイスマイルが背後を取られたのも、恐らくこれだろう。

 無詠唱で空間転移テレポートを使えるとなれば、相当厄介な相手だ。

 

「今度はこちらから行かせてもらう」


 古王は言うや否や、猛烈な勢いでの斬撃が始まった。

 古王の剣技は、一見すれば舞踊にも思えるほどの華麗な剣舞である。

 円の動きを基本としており、俺のような直線的な動きを基本とする剣術とはまるで趣が異なる剣術だ。

 回転しながら何度も斬りつけてくる、或いは一足飛びに下がったかと思えば一拍置いて飛び込み様の斬撃を繰り出したりと矢継ぎ早に、しかし不規則に来るものだから攻撃を差し込む機を見いだせない。

 俺は今まで戦ってきた相手の呼吸を読んで、戦ってきた。

 呼吸を掴み、相手の間を読めさえすれば勝つ事は容易だ。

 相手の呼吸に合わせて受けるか、或いは強引に連撃を繰り出して相手の間を崩したり、一瞬間を外して虚を突き、油断した所に一撃を叩き込む事も出来る。

 何とか古王の連撃をしのぎ切り、俺は一旦距離を離す。


「これを捌ききるか。中々楽しませてくれる」


 俺は肩で息をしているが、古王は全く疲れている様子を見せない。

 それはそうだ。相手は不死者なのだ。疲れるという概念がない。

 古王の剣技の呼吸が読めない。

 ゆらゆらと不思議にゆらぎながら、古王は歩を進めてくる。


「憤!」


 俺は霊気発動し、遠当てを繰り出す。

 だが俺の次に出す技がわかっているかのように、古王は衝撃波を大曲剣で受ける。

 わずかに古王が衝撃で下がっただけで、打撃を与えられたようには見えなかった。

 

「無駄よ。その程度の子供だましの技で余を止められると思うてか」

「ミフネさん!」


 背後からアーダルの叫び声が響き渡り、次いで水晶の矢が空を斬り裂いて飛来する。

 いつの間にか骨騎士スケルトンナイトを始末してこちらに向かってきたようだ。

 

「舐めるな小童が!」


 古王は気づき、大曲剣で矢を切り払おうとする。

 しかし矢は古王を避けるように軌道を変え、魔法陣の上を滑りながら地面に突き刺さった。


「むうっ」


 アーダルの意図に気づいた古王は顔を歪める。

 その手があったかと、俺は内心舌を巻かずにはいられなかった。

 魔法陣の図柄をかき乱された事により、描かれている召喚の術式が乱れて骨騎士スケルトンナイトの召喚が出来なくなったのだ。

 地面が土であるからこそ成せる技ではあったが、咄嗟の思い付きとしては上出来だ。

 慌てて魔法陣の修復を行おうと古王は詠唱を始めるが、そうはさせない。

 すぐに距離を詰め、俺は上段一文字斬りを繰り出す。

 またも、古王はゆらりとかげろうのように消えてしまった。

 今度は何処に出る?

 集中し、気配を探る。


「わぁっ!」

「小癪な邪魔ばかりしおって、お前から先に始末してくれる!」


 背後から悲鳴が聞こえた。


「しまった、そっちか」


 古王はアーダルの方へと転移しており、血に錆びた大曲剣を今にも頭に向けて振り下ろさんと構えている。

 このまま駆け出しても間に合いそうにないな。


「アーダル、儀式剣で触れろ! それだけでそいつは死ぬ!」


 俺が咄嗟に叫ぶと、古王は一瞬動きを止めた。

 アーダルも俺の声を聞いた事で恐怖で硬直していた体が解け、右手に持っていた水晶の儀式剣を古王に振るう。

 流石の古王も一撃で自分を成仏させる武器は怖いようで、過剰に距離を取って離れる。

 

「おのれレブナスめが! やはり自らこの手で縊り殺しておけばよかったわ!」

「文句ならあの世に行ってから付けてみたらどうだ? お主とレブナスでは行き先が違うだろうがな」


 古王の背後までようやく距離を詰め、俺は刀を振るう。

 無詠唱とはいえ集中は要するのか、今回ばかりは空間転移テレポートが間に合わず胴体を斬る。

 しかし浅い。致命傷とまではいかない。

 古王の体からは血が流れない。乾いた藁を斬った時に似た感触が俺の手に残る。

 ばっくりと開いた傷を見て、古王は明らかに苛立ちの色を隠せない。


「おのれ、おのれおのれ……! 下賤の者が王を斬るなど、万死に値する!」


 古王は何らかの詠唱を唱えたかと思うと、今度は何体かに分裂した。

 忍者の分身の術みたいな魔法を使うんだな。

 古王は合計で六体くらいには増え、俺を包囲しながら徐々に歩を進めてくる。


「お前はどれが本物であるかを見破れぬままに、切り刻まれて死ぬのだ」


 背後の一人から斬撃を喰らう。

 背中に野太刀の鞘を背負っていたおかげで斬撃は鞘にぶつかり、致命傷にはならない。

 次に両横から大曲剣の振り下ろしが同時に来る。

 前に逃れるが、そうすると前に居る古王の一人に近づく事になり、その古王から回転斬りを喰らう羽目になる。

 かといって自分から一人を狙い定めて斬りかかった所で偽物を斬ってしまい、本体の古王に打撃を加えられない。

 偽物は空中に浮いた布を斬るがの如くの感触で、それもすぐさま形を取り戻す。


「くそっ、どいつが本物だ」

「ミフネさん、首飾りですよ!」


 反射的に俺は全員の首飾りを確認する。

 よく見れば確かに、一人だけひときわ呪わしく血を吸いつくした色合いの赤い宝石を付けた首飾りを提げた奴がいる。


「貴様か!」


 霊気を込めた斬撃を今度こそ本物に叩き込む。


「ぐおぁああああああっ! 馬鹿な……」


 古王は真っ二つに分かれ、地面に倒れ伏した。

 斬った場所から上半身、下半身ともに徐々に体は塵へと変わっていく。

 

「しかしアーダル、よくわかったな」

「近くだとめまぐるしく動くから気づけなかったんでしょう。遠くからだとひときわ宝石が輝いて見えてわかりやすかったんです」

「さっきの魔法陣の狙撃といい、今日は随分と冴えているじゃないか」

「竜人の騎士との戦いの時、全然役に立てなかったじゃないですか。だからってわけじゃないですけど、今回は出来る限りやれる事はやろうと思って」

「いや、大いに助かった。これなら転職を推薦してもいい」

「本当ですか!?」

「ああ。もう少し経験を積んだら色々考えてみよう」


 俺の言葉を聞いて、アーダルは何か感極まって少し目に涙をにじませている。

 まだ終わりじゃないんだけどな。


「さて、問題はこの死体の処理だ」

「あー……、多分復活するんでしょうね」

「今までの例からすれば、大体保険は掛けているだろうな」

「となると、魂を込めた器を見つけるしかないんですけど、棺の中は遺体を保管していた

布しかありません」

「それなら、大曲剣か首飾りか金の腕輪のどれかに入っているんだろうが……」


 面倒だ、全部壊すとするか。

 古王と共に転がっている血に錆びた大曲剣をまず俺は叩き折り、次いで首飾りの宝石を砕き、金の腕輪はぶった斬ってやった。

 宝石と腕輪に関しては何も起こらないが、大曲剣を破壊した際には中から大量の霊が飛び出して来た。

 長きにわたって剣の中に居た霊の数は数える気も起らない程に居て、この広大な空間の大半を埋め尽くしてしまっている。

 霊が嫌いな奴がこの光景を見たら卒倒してしまうな、これは。

 勿論その中には、俺たちを見て肉体を奪おうと襲い掛かる奴も幾らかいたが、それらを斬ってしまえば後に残っているのは自我すら失せて目的もなく虚空を漂っている奴らばかりだ。


「あとはほうっておくんです?」

「残ってるのは無害だからな。宝を確保しに行くぞ」

「いよいよですね……」


 しかし、意外と苦戦する事なく古王を倒せたな。

 少し拍子抜けしてしまった。

 アーダルの成長のおかげなのか、それとも弱いだけなのか。

 これなら竜人の騎士の方がよほど強かった。

 何か引っかかるが、振り向いて確認しても死体は起き上がっては来ない。

 ともかく先を急ぐとしよう。 


 王の寝所の先にはまだ扉がある。

 扉を開けると、今度は土がむき出しのただ掘削しただけの状態の道が現れた。

 まだ拡張し整備するつもりだったのだろうが、先に金が尽きたか、あるいは王への忠誠心を持った部下がいなくなって放置されたのだろう。

 通路のどん詰まりに、果たしてゼフの隠した宝は存在した。

 大きな麻袋が二つ、無造作に転がっている。


「これ隠したって言えるのかなあ」

「滅多にこんなところまで人は来ないからこれで十分なんだろう」

「それはそうですが」

「さて、中身は何かな」


 袋の口を開けると、中に入っていたものは鉱石だった。


「鈍く青く輝いている……何かの原石ですかね?」

「おいおいおい、こいつは凄いぞ」

「何なんですか?」

「これは青灰輝石ミスリルって言う鉱石だ。こんなに大きいのは初めて見た」

「ミスリル!?」

「そんなキンキン声だすなよ、耳がやられる」

「す、すいません。でもなんで父はミスリルなんか手に入れられたんですかね」

「流石にわからん。だが青灰輝石ミスリルは魔力を武具に付与するには都合の良い鉱石だ。産出量は極めて少なく、取引の価格は非常に高い。これだけあればすぐにゼフを蘇らせることが出来る」


 アーダルはそれを聞くと、一筋の涙を流した。


「ようやく、父を現世に戻せるんですね」

「泣くのはまだ早い。冒険は地上に戻るまで、だぞ」

「はい!」


 青灰輝石ミスリルを回収し、さて地上に戻ろうかとした矢先に何やら騒がしい音が聞こえてくる。

 無造作に歩いている音に合わせ、誰かが喋っている。

 やたらと数が多い。


「ちっ、他の冒険者がやってきたか」

「大勢ですね。十数人は軽くいるんじゃないでしょうか」


 冒険者同士で争うのは日常茶飯事だが、今この時にやらなければいけないのは少しばかり不味いかもしれない。

 二人とも宝を入手して気が抜けていた所だ。 

 幸いな事に古王との戦いでは、それほど負傷する事はなかった。

 だが士気が下がってしまっている。

 逆にやってくる冒険者たちは戦意に満ちている。

 身を隠せそうな場所はない。

 

「腹をくくって戦うしかないか」

 

 アーダルが固唾を飲み、俺たちは細い通路から王の寝所の扉の前まで戻る。

 相手の数が多い場合は狭い所に誘い込んで、一対一の状況を作り出したほうが戦いやすい。

 そっと扉の隙間から王の寝所の様子を伺おうとした時だった。


「うわああああああああああああっ!」


 一人の絶叫が空間にこだまする。


「なんだ!?」


 次いで冒険者たちの叫び声が次々に上がる。

 何かと戦っているのだろうか?

 しかしあの場には古王が倒れているだけのはずだが。

 扉を開き足を踏み入れると、信じられない光景が俺の目の前に広がっていた。


「……宝を手に入れたようだな」


 倒したはずの古王が蘇っている。

 古王の周りには十数人の冒険者たちが倒れ伏しており、しかもどの冒険者にも傷一つついていない。

 一体どのような魔術を使ったのだ?


「全く貴様ら二人には感謝してもしきれぬよ。わらわの完全な復活に手を貸してくれたのだからな。しかも上物の魂まで態々やって来るとは運が良い。そう思わぬか?」


 妖しい笑顔をこちらに向ける古王。

 既に生者と等しい姿を取り戻し、肉体は瑞々しい張りを保っている。

 何より一番驚いたのは、生前の姿を取り戻した古王は見目麗しい女性であったのだ。

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