第二十八話:竜人の騎士
竜人は正眼の構えを取り、こちらを見据えている。
俺も合わせて正眼の構えを取る。
図らずもまるで剣術の試合をしているかのような錯覚に陥る。
互いに振るう剣の型は違えども、俺たちは剣士なのだ。
故郷では決して見る事の無かったであろう、竜人の剣士ともなればまず戦える事、それ自体が稀有なのだ。
これが命を懸けた死合いでなければな……。
今度は竜人は全く動かない。
空気が張り詰めるが、観客たる骨人たちは戦いが動かないのに不満を示して騒ぎ始めている。
とはいえ、このままじりじりと待っていても仕方あるまい。
俺は踏み込んで上段から野太刀を打ち込む。
鎧を着ていた時は攻撃に対して特大剣を盾のように掲げて使っていた。
果たして脱いだ後はどうするのか。
「むっ」
野太刀の軌道を逸らすかのように、竜人は剣を繰り出す。
元より質量の大きな剣だ。川の流れに棹差すように特大剣を添えるだけでも、野太刀は想定している軌道から逸れていく。
刀を外に受け流した後、そこから体を捻り込んで回転斬りを仕掛けてくる。
俺は回転斬りをしゃがんで躱しながら、足払い斬りを仕掛ける。
しかし鋼の如き鱗に阻まれ、刀は金属との衝突音を発し弾かれる。
やはり姿勢を崩した斬り込みではこの男には通用しないか!
「甘いぞ!」
蹴り上げがしゃがみ込んだ俺の顎を襲う。
身を反らし、蹴りを躱す。鋭い爪先が顎を掠り、皮膚を裂いて血が零れ落ちる。
立ち上がった刹那、竜人は既に剣を振り下ろさんと構えている。
巨大な質量を持つ鉄塊を避ける暇はない。
ならば受ける。
受けるにしても真正面から受ければもちろん命は無い。
刃が完全に勢いに乗って来る前に、俺は野太刀の刃で剣を押し返すように横から力を加えて弾く。
力は正面から対する力に対しては頑強に対抗するが、横から力を加えられると容易にその方向に流れていく。
力を加えられて逸れた剣。
そのまま勢いあまって地面に特大剣が突き刺さる。
剣は刀身の半ばまで入り込み、ちょっとやそっと力を加えた程度では引き抜けそうもない。
「好機!」
斜めに突き刺さった特大剣の刀身を俺は駆け上がり、俺は跳躍する。
生半可に斬れない硬い鱗であるならば、その鱗ごと貫いてしまえばいい。
「兜割!」
高く跳躍し落下する勢いを利用して、刀を力任せに叩きつけるこの技で竜人の鱗ごと体を真っ二つにする。
人同士の戦場においては使う事のない荒々しい技だが、半ば人から外れている異形の相手なればこそ使うにふさわしい。
例え人が何人分にも及ぶ高さを誇る巨人であれ、硬い装甲に阻まれた大百足であれ、 これを喰らって死ななかった魔物は居ない。
竜人は避けるでも受けるでもなく、ただ立っている。
そのまま喰らうつもりならそれでも良し。
竜人は息を一つ、大きく吸い込んだ。
そして俺に口を向ける。
最初、何を浴びせられたのか分からなかった。
落下する俺に加わったのは得体の知れぬ圧力。
その次に耳をつんざく轟音。
最後に猛烈な風を喰らった。
それらを複合したものを浴びせられた俺は、地面に尻餅を着いた時に吹き飛ばされたのだと知った。
「竜の咆哮……!」
遠くから見ているアーダルだけが、竜人が何を繰り出して来たのかをはっきりと見ている。
竜の咆哮。
間近で喰らえばそれだけで命を狩り取られると言う恐ろしい叫びだ。
たとえ遠くであっても体が竦み、動かなくなる。
竜人も使えると言うのか。
立ち上がり体の調子を確認するが、ひとまずどこかを折ったとかそう言う怪我は無いようだ。
「道理で避けようともしないわけだ」
「この技とて竜本来のものと比べれば威力は落ちている。我は何故竜として生まれなかったのか、悔しくてならぬ」
竜人は舌打ちし、首を振った。
「俺はそうは思わぬよ。竜と人の子であるからこそ、独自の戦いが出来るものだ。剣術と竜の戦技の融合した型をこの目で見れるとは、人生なかなかわからぬものだ」
俺がそう言うと、竜人は目を見開き、剣と俺とを交互に見る。
「そう言ってくれるのはお前くらいのものだ……。行くぞ」
何かが吹っ切れたのか、竜人は突っ込んでくる。
鎧を着ていた時は直線的にしか動けなかったが、脱いだ事により更に機敏に動けるようになり、ジグザグに動いて的を絞らせない。
左か、右か? それとも真っすぐか?
「いいやっ!」
俺から見て竜人は右から突進し、叫ぶ。
下からの斬り上げ。
鎧を着ていた時よりも遥かに剣の運びも速くなっている。
かろうじて右に半歩、体を運ぶ事で剣戟を逃れる。
すぐさま持ち手を変えて振り下ろし攻撃を繰り出す。
片腕でも剣を振るえるのか。
今度は半歩避ける程度では躱せない。俺の動きを予測して剣を置いてきている。
野太刀で剣を受け流す。
続けざまにまた振り上げが来る。
受け流したが特大剣の勢いを殺しきれず、体勢を崩した俺を股から裂くような鋭い振り上げ。
だが、先ほどから俺は見ていた。
特大剣は刃先自体はそれほど鋭くはない。
元より斬るよりも叩き潰す目的で作られたように見える。
「ぬおおっ!」
故に、俺は剣の切っ先を踏んで、振り上げの勢いと共に背後に跳躍して逃れる。
跳躍したのを見て、すぐに竜人は振り上げた剣を左肩に乗せたまま、前に駆け出して来た。
俺が着地した所を横薙ぎで狙ってくる。
しゃがんで躱そうとかがむと、横から何かが迫って来た。
「同じ手で躱そうとは芸がないぞ!」
竜人の叫びと共に俺は何かと衝突し、壁際まで吹き飛ばされた。
鞭のような、しなりのあるもので殴られた感触があった。
そんな武器を持っていたか?
殴られた所をなぞってみれば、血が滲み出ている。
金属ヤスリのようなもので皮膚がこすられているような痕もあった。
「尻尾、か」
竜人にありて人にはない部位だ。
あまりにも剣技が見事なものですっかり存在を忘れていた。
改めて尻尾に注目してみると、彼の身長と同じくらい長い。
鞭のようにしなりつつ、棍棒の如き打撃の重さがある。
それでいて間合いも広いのだから性質が悪い。
しかし、距離が離れた事でようやく俺は奥の手を出せる。
「呼!」
呼吸を整え、霊気を体に巡らせる。
やがて霊気は野太刀にまで行き渡り、霊気を帯びた刀はうっすらと光を放ち始める。
遠当ての時は一時的に体に巡らせるだけで、武器にまで霊気を纏わせるには至らなかった。霊気を帯びた剣は更に斬る力も上がる。
何より、不死に対しては絶大な効果がある。
「それは聖闘気か」
竜人は霊気を見て、思わず顔を歪めた。
苦々しさ半分、嬉しさ半分の歪んだ笑み。
呼び名は各地で違えども、この力を使える者は各地に居るのだろうか。
「我がついぞ会得する事の無かった力を使いこなす者がいたとはな。不死となりて無為に時を過ごした訳ではなかったか。僥倖なり!」
竜人も体に闘気を纏い始める。
遠距離からお互いに睨み合い動かない。
動かない間に霊気のタメが整った。
「奥義の二、虚空牙!」
上半身を捻り、下段から上段へと野太刀を振り上げる。
狭い通路であればその一帯をズタズタに斬り裂いていく「かまいたち」が音もなく、音よりも速く敵へと向かう。
しかし竜人は特大剣を自分の前に構えたまま動かない。
「撥!」
虚空牙が襲い掛かる瞬間に竜人は吠える。
闘気が爆発的に膨れ上がったかと思うと、かまいたちは竜人を避けるかのように軌道を逸らして周囲へと散り、闘技場の壁に牙を突き立てる。
闘気を爆発させる事でかまいたちの軌道を逸らしたのか。
爆発させた事によって闘気は霧散したかと思ったが、そうではない。
彼の体には依然として闘気が纏われている。
竜人は剣を地面にわざと突き立てる。
「我もこのような芸当が出来るぞ」
そう言うと竜人は闘気を更に漲らせ、突き刺した剣に送り込む。
瞬間、地面が盛り上がり暴れだす。
盛り上がった地面はやがて蛇の如くうねりながら三つに分かれ、俺に向かってくる。
一つ目の地面を伝う衝撃破は真っすぐ俺に向かってくる。
俺は遠当てを一つ目の衝撃波に向けて発し、ぶつかり合うと衝撃波は闘気を蒸気のように霧散させて消えた。
「なるほどな。闘気を地面に伝わせて走らせる事も出来るのか」
「名付けて地竜撃とでも言おうか。さて残りの二つはどう避ける?」
なるほど確かに地面を潜る竜にも形容できる。
竜はうねり曲がりながら左右から俺に向かってくる。
挟み撃ちの形だ。
「地面を伝う技の弱点として、地面に居なければ効果が無い」
だから飛べばいいのだ。
俺が跳躍して避けると、二匹の地竜は衝突し霧散して消える。
「その程度の事、考えていないと思うか!」
竜人が闘気を漲らせ、剣を振るうと目の前の空気が歪んだ。
歪んだそれは凝縮された空気の圧力であると俺は瞬時に見抜く。
「溌!」
咄嗟に俺も遠当てを飛ばし、両者激突して虚空に飛び散る。
「お互いに遠い場所に居るようでは、やはり勝負はつかぬな」
「お主もそう思うか。やはり最後は鍔競り合うほどに近づかねば命のやり取りは出来ぬ」
「そうともよ。魔術師などはそうは思わぬだろうが、剣士たるもの敵に肉薄し、我が手の剣で命を奪らねば戦ったとは言えぬ」
言葉を交わし合い、俺と竜人は互いに口の端に笑みを作った。
最終的に命を取れればそれでよし、という価値観は俺たちには無い。
例え憎き相手であろうとも、命はこの刀で討ち取るものだ。
それを確かめる事が出来て俺は嬉しかった。
このような出会い方でなければ、もしかすれば俺と彼は仲間として一緒に冒険を出来たかも知れない。
ふと、竜人の騎士は剣を一時下げる。
「もう少しだけ、お前に語っても良いか」
「何をだ?」
「我が人生を。そしてこの国の滅亡の訳を」
「是非とも語ってもらいたい。お主ほどの剣士、どのような師に仕えて来たのか実に気になる」
竜人は、訥々と語り始める。
己の生きて来た道を。そして国の果てる末を眺めて来た瞳を俺に向けて。




