第二十七話:侍と騎士の一騎打ち
騎士の踏み込みは、はるか遠くの間合いからであった。
全身鎧を着込んでいる為か、動きはそれほど素早くはない。
ガチャガチャとうるさくかき鳴らされる鎧の音がここまで聞こえてくる。
鎧の騎士は特大剣を、下から振り上げる。
俺との距離がかなり離れているのに、何故。
「ぬうっ!」
瞬間、飛来するものがあり。
それは弾丸か何かか、と誤解するほどに轟音を鳴らしてやってくる。
野太刀で振り払うと飛来したものはあっけなく砕け散る。
土だ。
地面を特大剣で砕き、その一部をこちらへ吹き飛ばして来たのだ。
塊となって次々とやってくる土。
同時に土埃がもうもうと舞い上がり、眼前の視界は悪くなる。
既に騎士の姿は確認できない。
「上です!」
唐突にアーダルの叫び声が聞こえ、俺は反射的に背後に飛び退いた。
次いですぐさま、鉄の塊が俺の目の前に落下してきた。
いや、それは鉄塊ではない。
剣だ。
目の前で見ればより異様さが際立つ。
剣と見るにはあまりにも刃が分厚すぎ、只の人が振るうには大振りすぎ、そしてなにより人に向けるには必要以上な程に破壊力がありすぎる。
目の前の地面は大きく抉れ、抉れた土が周囲に散らばっている。
抉れた中心部には騎士が立っている。
「外したか。まあこの程度の攻撃を喰らうような輩では困るのだがな」
「いわば挨拶代わり、と言う訳か」
「その通り」
挨拶にしてはえげつないぞこれは。
「ちなみに、これを喰らった奴はどうなっている?」
「良くて真っ二つ、悪くてひき肉だ」
事もなげに言い放つ様子に、俺は改めて背筋を震わせる。
一撃たりとも喰らえない。
しかし、鎧を着込んで鈍重かと言う印象があったが、瞬発力が無い訳ではないようだ。
当然か。重い剣を持てる筋力があれば鎧を着こんでいても動きそれ自体は難なく行えると言うわけだ。
種族差を実感する。
俺は化け物の相手なら幾らでもしてきた。
この騎士よりも遥かに大きい魔物を幾らでも討伐してきている。
奴らは得てして力押しに終始し、動きも単純単調だ。
故に読みやすい。
力が有り余っていても、一撃を避ければ必ずこちらの一撃を入れられる瞬間が来る。
この騎士は違う。
剣の腕もあり、策を巡らせる頭もある。
ただでさえ規格外の武器を使ってくると言うのに、鍛え上げた剣の腕と回る頭を持っている相手とは戦った経験が無い。
刀を構え、俺は見に徹する。
相手の動きをもう少し見極める必要があった。
「用心深いな。ならば続いてこちらから行くとしよう」
特大剣を両手に持ち、顔の前に構えて刃の切っ先をこちらに向ける。
「ぬん!」
そのまま切っ先をこちらに向けて突いてくる。
何のごまかしも小細工もないが、故に無駄もない。
剣の切っ先がいきなり巨大化したように見える。
そのくらいの速さで、俺の胴を貫かんと言わんばかりに特大剣は襲い掛かってくる。
かろうじて身を捻り、野太刀で特大剣の勢いを逸らして逃がす。
野太刀がギャリギャリと悲鳴を上げる。
刀としては規格外と言われるほどに分厚く仕立てられたと言われる野太刀だが、それでもあの剣に対しては分が悪すぎる!
空を斬った特大剣を翻し、今度は大上段から振り下ろしてくる。
「憤!」
ずどん、だかべしゃん、だかわからないが、轟音が闘技場内に響き渡る。
もうもうと土煙が立ち込める。
多少大袈裟に横っ飛びして剣から逃れたのだが、大袈裟に避けるくらいのがちょうどいいようだ。
俺の立っていた場所の周囲はまたしても抉れている。
人にして三人分くらいの幅だろうか。
怖れをこらえ、俺は呼吸を整える。
剣筋は見た。
初撃には驚いたが、意外にも素直な戦いを仕掛けてくる男だ。
逆に言えば工夫を凝らす必要が無いと言う事だろう。
ただただ、基本に忠実に剣を振るえば良い。
それで当たれば、相手は斃れるのだから。
「ぬうっ!」
踏み込み、今度は俺が刀を繰り出す。
袈裟斬りを仕掛けるが、分厚い剣の刀身の背後に騎士は隠れ、阻まれる。
やはり盾代わりにも使われるか。
そこから騎士は剣を振るう代わりに前蹴りを繰り出す。
蹴りも蜥蜴人だからか、足の裏で蹴ると言うよりは爪で斬り裂くと言う感じに近い。
爪を横に踏み込んで躱し、左から横薙ぎに刀を繰り出す。
足さばきに対応できないのか、上半身だけをこちらに捻って剣を盾とするが、剣も間に合っていない。
鎧を抜いて肉を斬るつもりで刀を振るった。
しかし、金属同士の衝突音が鳴り響くだけで肉を斬った感触は無かった。
鎧までも分厚いか。
「その程度ではこの鎧は抜けぬ!」
叫び、身体ごと回転しながら特大剣を俺の胴を薙ぐように繰り出してくる。
地面に伏せるように躱し、剣が勢いあまってこちらに背後を晒す騎士。
ならば隙間を狙う。
首の鎧の継ぎ目目掛けて突きを繰り出そうと構えた瞬間、猛烈な特大剣の振り上げが来ようとしている。
背後を晒したのではなく、回転そのままの勢いを生かしてきたのか!
躱す暇がなく、野太刀を体の前に構えて防御するしかない。
果たして持つのか、刀。
刀と剣が衝突し、火花が見える。
その時、俺は宙に浮いていた。
「馬鹿な!?」
剣を受けて刀が持ってくれたのは奇蹟に近いが、状況は最悪だ。
体が浮いてしまっては攻撃を躱す事が出来ない。
落下してくる俺がちょうど良い高さまで降りてくるのを、今か今かと待っている騎士。
背中に特大剣を担いでいる構え。
そこから振り下ろしてくるのだろう。
そうはさせるか。
「呼!」
瞬間的に呼吸を発し、俺の体に霊気を巡らせる。
刀にまで霊気が果たして巡ってくれるか、考えている暇はない。
既に騎士は剣を振り下ろそうと腕に力を込めている。
「憤、破ッ!」
鉄の塊が来る。
刀までようやく霊気も巡る。
俺は野太刀を宙で構え、振り抜いた。
特大剣と野太刀がぶつかり合う。
「奥義、遠当て!」
ぶつかった瞬間に衝撃波が発生する。
剣と刀の間で行き場を無くした衝撃波の圧力は隙間から爆発のように拡散し、俺の体を吹き飛ばした。
「ぬおっ」
拡散した衝撃波は騎士にもぶつかるが、分厚い鎧と騎士自体の重さもあってか、彼はそれほど怯む様子はない。
俺は吹き飛ばされ、そのまま壁にまで衝突して背中を強かに打ちつける。
「ぐふぅ」
しかしこれで剣の一撃をまともに喰らわずに済んだ。
あのまま叩きつけられていたら俺の命は終わっていただろう。
騎士は剣を降ろしながらつぶやく。
「勢いを殺されてしまったか」
感心したようにうなずくが、もちろんこの技はそう言う風に使うものではない。
とっさの閃きで繰り出しただけだ。
しかしどうしたものか。
剣も鎧も分厚く通らぬとなれば、並みの一撃を繰り出しても意味が無い。
俺は野太刀の鞘を腰に提げ、打刀はアーダルに預けた。
そして鞘に刀を収め、居合の型を取る。
「ふむ。構えを変えて来たか。待つ姿勢には変わらぬようだが」
特大剣を背負うように構える騎士。
そのまま駆け、距離を詰めてくる。
一歩、また一歩と迫る騎士。
まだ、まだ待つ。
ギリギリまで待つ。
既に特大剣の間合いには入っている。
騎士は駆け抜ける勢いを利用し、剣を振り下ろさんとしている。
俺は居合の構えのまま、避ける。
横ではなく前に。
特大剣を最小限の動きで、掠るか掠らないかの所で躱す。
風圧が俺に襲い掛かる。
風は俺を殺しはしない。鉄塊が俺を殺すのだ。恐れてはならぬ。
騎士の横を抜けるように踏み込み、俺は野太刀を抜いた。
「ぐ、むっ」
騎士のうめき声が発される。
全身鎧は分厚い造りであったが、確かに刃は鎧を抜け、その身まで到達したはずだった。
しかし鎧の下の感触が、違和感にまみれている。
蜥蜴人の皮膚は鱗によって守られているが、その鱗を斬った感触ではなかった。
金属の如き硬い物に当たった感触。それも鍛え上げた鋼を思わせるような。
それに野太刀の刃が遮られたように思える。
「一太刀を我に浴びせるとは、やはりお前はつわものであるな」
満足そうに鎧の傷を撫でる騎士は、しかし鎧を見回して呟く。
「やはり鎧を着ていては満足に動けぬ」
耳を疑った。
あれだけ動きながら、まだ満足に動けないだと?
「ぬうん!」
騎士は体に白い闘気を漲らせたかと思うと、気合の掛け声を放って鎧を体から弾き飛ばした。
放った闘気は空気を震わせ、闘技場全体をも振動させている。
「この姿を見せたのは何時ぶりであったかな。生きている時であったか、それとも不死になっても見せる機会はあったかどうか……」
鎧の下から現れた姿は、明らかに蜥蜴人とは異なっていた。
額に二本の角が生えている。
牙は、口からはみ出すほどに鋭い。
そして鱗は、明らかに蜥蜴のものとは質感が違い、金属のような光沢を持っていた。
顎の下には逆さに生えている「逆鱗」がある。
間違いない。
「竜人……! 存在は知っていたが、見るのは初めてだ」
「当然だ。我らは数が少なく、故に迫害の危機もあった。人には到達するのが難しい山や森の中に生きていた以上、見た事のある者も少なかろうよ」
「竜を祖に持つお主が、何故竜狩りなどをしている?」
「我らは竜の気まぐれで生まれた存在よ。人である母は竜の血を、姿を忌み嫌い我を捨てた。父はもとより竜と人の混血である我など歯牙にもかけぬ」
自嘲気味に騎士は笑った。
「何故、人である母と交わったかと聞いた。その時は人間に興味を持ち、知りたかったからだと答えた。同時に、今や取るに足らぬ存在と分かったので興味を一切失ったと言い放ったよ」
だから斬り捨てた、と騎士は言った。
もしや、さきほどの大地の竜の軟膏も彼の父親の物なのであろうか。ふと脳裏によぎる。
「我は竜を、自分に流れる血筋が憎くてならぬ。故に竜を斬る。そう決めたのだ」
「人と友好的な竜も居ると俺は聞いた事があるが」
「そういうのも居るのかもしれぬ。だが我はついぞ会った事は無い」
「そうか」
「無駄話はここまでだ。我の枷を解いた姿を見せるのはお前で五人目と言った所か」
「それは光栄だ」
竜人の騎士は再び特大剣を両手に、今度は正眼の構えを取った。
闘気が体から発され、竜人の口には笑みがこぼれる。
いよいよもって体が震えはじめてきた。
半ば伝説的存在であった竜人が目の前に居る。
俺に剣を向けて。
「改めてゆくぞ、異国の侍よ!」




