第十三話:罠に次ぐ罠
「うわっ、何だ?」
風化してほぼ粉クズのようになった木屑の中に人骨が埋もれていたらしく、それが魔素の影響を受けてか徐々に組みあがっていく。
人骨はやがて形を成し、骸骨となって俺たちの前に姿を現した。
「死骨か。ちょうどいい。アーダル一人で戦ってみな」
「え! 僕一人でですか!?」
「なに怖気づいてるんだ。この程度の魔物、盗賊であろうとも倒せないようでは冒険者は務まらないぞ。案ずるな。何かあったら俺が助ける」
「わ、わかりました」
アーダルは小盾と手斧を構える。
構えた腕はどちらも震えていた。まともに魔物と対峙するのは今回が初めてなのだろう。
「よく敵の動きを見て深呼吸しろ。こいつはのろまで、意思の欠片も感じられない」
「はい……」
アーダルは何度か深く腹で息をし、改めて死骨を見据える。
死骨はゆっくりとこちらに歩いてくる。顎の骨をかつ、かつと鳴らしながら。
生者の気配を感知した魔物は、自らにない肉体を求めて虚ろな瞳をこちらに向けている。
いつの間にか、アーダルは冷静に魔物を観察していた。
どの瞬間に何処を狙うべきか。獲物を狙い定めた狩人の目をしている。
死骨が腕を振りかぶった。
「でやっ!」
アーダルの手斧が閃いた。
振りかぶった死骨の右腕を手斧が切断し、からんと床に落ちた。
返しざまに横薙ぎに手斧を振り、頭を首から斬ってすっ飛ばした。頭もカタカタと言いながら落下し転げ回る。
「やった!」
「まだだ気を抜くな!」
頭と腕を飛ばされた死骨はまだ動きを止めておらず、残されている左腕を振りかぶっている。
「!」
手斧を振り上げ、左腕も切り飛ばした後に残った胴体と下半身を骨盤から切断する。
こういった不死系の、特に骨人と言った類の魔物は頭を飛ばしたからと言って行動不能にはならない。
慣れていない冒険者がよくやる失敗で、骨人の頭を飛ばしてホッとした瞬間に剣で斬られたという話はよく酒場の話のタネに持ち上がる。
斬り飛ばした手足と胴体、そして頭を念入りに砕いてようやく死骨は行動不能となった。
粉々にしても長い時間を掛けて少しずつ元に戻っていくというのだから、不死の魔物と言うのは驚きだ。完全に存在を消滅させるには解呪するか、退魔の呪文を使うしかないらしい。
「はぁ、はぁ……」
「初めてにしては手際が良かった。よくやった」
「あ、ありがとうございます」
やはりあの男の息子だけはあるのか、油断しかけた以外は動きが良かった。
戦いの経験を積めばいずれは暗殺者や追跡者にもなれるかもしれないな。
戦いの後、念入りに礼拝堂の中を探索したものの魔物以外には何もなかった。
改めて隠し扉を探すために壁に両手を当てるアーダル。
壁の凹凸の微妙な違いを手触りで感じられる違和感だけで探し当てるのは、手先の感覚に優れた盗賊や忍者にしか出来ない。
迷宮をただ歩くだけなら実は盗賊は必要ない。
しかし、罠の解除や鍵の解除、隠された扉や道を探すためにはやはり盗賊が必要なのだ。
昔盗賊で今は戦士をやっている、と言うような変わり種の冒険者が居るのなら話は別なのだが、そういう存在は極めて稀だ。
「ここだ!」
微妙に壁の感触が異なる箇所を見つけたのか、その部分をグッと押すと凹みを見せ、壁の一部が上がり始めた。
祭壇の十字架が掲げられている壁が隠し扉になっていたようだ。
「何とか見つけられました」
「いいじゃないか。この調子で頼むぞ」
「はい!」
以前、盗賊の迷宮に潜った時は俺一人だけの探索だったので地図にはこの隠し扉は記されていなかった。
新たに妖精の地図には隠し扉と未知の行き先が記される。
通路の先にはもう一つ小部屋があり、その中には宝箱が鎮座していた。
誰も手を付けていない、まだ口が開いていない宝箱である。
「こいつも開けてみてくれ」
「わかりました」
宝箱の鍵自体は大したことが無いのか、すぐに開いた。
しかし罠が掛かっている可能性は十分にある。
わずかに宝箱の口を開け、中を伺う。
「クロスボウの罠が掛かっていますね。これも外します」
作った隙間に手を差し込み、弩の弦に掛かっている矢をそっと外す。
「これで宝箱を開けても大丈夫なはずです。開けます」
ゆっくりと宝箱を開けるアーダル。弩が作動する音がしたが、矢がないので弦のはじかれる音が響くのみ。
宝箱の中身と対面するが、入っていたのは人骨だった。
「何だ、骨か」
アーダルは露骨に肩を落とす。まあこんな時もある……?
「おい、その骨動いていないか」
「え?」
弩の罠だけではなく、もう一つ罠を仕掛けているとは宝箱を置いた奴の性格が知れない。
あっという間に骨は組みあがり、顎の骨をカクカクと鳴らしてこちらを向いた。
今度の人骨は刃が錆びた長剣と革盾を持っていた。
骨人のお出ましだ。
アーダルは咄嗟の事で反応できなかったのか、まだ固まっていた。
既に骨人は剣を振りかぶり、今にも錆びた刃をアーダルに向けて振り下ろそうとしている。
ようやく盾を構えようとしているが、間に合わないだろう。
俺はアーダルを蹴り飛ばした。
「うげっ」
蹴られたアーダルは横の壁に叩きつけられるが、長剣による斬撃は喰らわずに済んだ。
骨人が剣を空振って体勢を崩した隙を逃さず、俺は野太刀を抜いて頭から縦に一刀両断した。
流石にこうなると骨系の魔物とはいえ身動きは取れない。
念入りに骨を叩き潰し、骨人は活動を停止した。
アーダルが壁に手を付きながら起き上がり、こっちを睨みつける。
「痛いじゃないですか!」
「そうは言うがな、そのままほっといたらお主斬られていたからな」
「むぐっ」
「さて、ここには結局何も無かった。次の部屋に行こう」
小部屋の扉を出た瞬間、アーダルがはたと歩を止めた。
「どうした?」
「すいません、ちょっと用を足したくなりました……」
「その辺にすればいいだろう。誰も居ないぞ」
「それはそうですけど……やっぱり一旦小部屋に戻ってそこでします。ミフネさんは入ってこないでください」
「冒険者が小便で恥ずかしがってどうするんだ」
「いいから!!!」
「お、おう」
有無を言わせぬ強い口調に、思わず怯んでしまった。
小走りで小部屋に戻ったアーダルを、俺は扉の前で待っている。
一体この待ち時間は何なんだ。
よくわからない苛立ちが俺を支配しそうになる。
「ひゃああああああああ!」
「今度は何だよ!」
扉の向こう側から叫び声が聞こえた。
明らかに何かに襲われている証拠であり、ここでまごついているわけにもいかないので扉の中に入ると、木乃伊がアーダルにのしかかっていた。
どうやら壁の中に埋葬されていたようで、生者の気配を感知して動き出したのだろう。
乾ききった体の何処から力が出ているのか全くわからないが、アーダルの白い首元に歯を突き立てようとしているのを、必死に両手で抵抗している。
しかし木乃伊の力はアーダルの力よりも強いのか、徐々に首に顔が近づきつつあった。
「この野郎!」
野太刀を抜いて首を切断し、続けざまに四肢も切断して木乃伊は動きを徐々に遅くしてやがて止まった。
アーダルは木乃伊の残骸を除けて上半身を起こす。
息をぜいぜいと切らし、胸に手をあてていた。
目の前に魔物が迫りくる状況も勿論初めてだったのか、目を見開いて恐怖と戦っていた。
「大丈夫か?」
「な、何とか……」
その時、俺は気づいてしまった。
アーダルの洋袴が腰から少しずり落ちて尻が半分見えている事に。
「おい、洋袴ずり落ちてるぞ」
「え、あ、嘘!?」
慌てて履き直したアーダルの顔は真っ赤になり、俺をじっと睨んでいる。
「え、何で睨んでるの?」
「うるさい!」
閃光のように速い平手打ちが俺の頬に飛んで凄い音が部屋内に響き渡った。
なんで助けた俺が頬にもみじをつけられにゃならんのだ。
その上アーダルは何故か機嫌を損ねている。意味がわからない。
小部屋から出た後に何とかアーダルに機嫌を直してもらい、礼拝堂の扉からちょうど向かいにある部屋に俺たちは入った。
扉を開いた先には、遠くに次の階層に向かう魔法陣が見えた。
この迷宮は各層が階段ではなく、魔法陣同士で対応する場所に転送される事で次の階層に行けるようになっている。
しかし、その魔法陣までの道を罠がまたも阻んでいた。
真ん中を真っすぐ通る通路の他にも、左右にも通路が各所から伸びており、そこから開いている穴から豪雨のように矢が交差しながら飛び交っているのだ。
ちょうど通路の真ん中あたりには死体も見える。既に骨になっている。
矢の嵐を防ぐ為なのか、両手に大盾を持っていた。
死因は左右の通路からの矢ではなく、額に刺さっている弩の矢だった。
死体の足元には出っ張りがあり、あれを踏んだ事で魔法陣の後ろの壁から弓矢が射られるのだろう。
「左右だけじゃなく、真正面からも矢が飛んでくるとかえげつない罠ですね」
「強行突破は無理だな。やろうとすると俺たちも死体の仲間入りだ」
盗賊の迷宮と言う名前は伊達じゃなく、罠の種類はやはり豊富だ。
宝箱の二重の罠に常時発動している弓矢の罠、それ以外にも床に偽装された落とし穴など様々な罠がある。
しかし俺が来た時には罠はほとんど前に来た盗賊たちによって解除されていたはずなのだが。
薄々感じていたが、やはり迷宮の主が新たに現れた事によって罠も復活したのだろう。
弓矢の罠を観察しているとある事に俺は気づいた。
「なんだろうな、一番手前の通路だけ矢は飛んでないな」
少し左右の通路を覗いてみると、左の通路の方に鉄格子が降りていて、その先には何やらボタンがある。
「もしかして、アレが罠を解除する装置なんですかね?」
「かもしれないな。とりあえず鉄格子の鍵を探そうか」
迷宮は俺たちに言う。地下一階を改めてくまなく探索せよと。