第百四話:報告と金属生命体
秘奥義を使った反動が収まり、体が動かせるようになるには三日を要した。
あくまで体が動かせるというだけで、万全になるには更に一週間は必要だろう。
肩を上下させ、腕を回し、爪先だけを地面に着けてぐるりと回す。
関節がごりごりと鳴り、軋みを感じる。
明らかに本調子ではない。
ではないが、エシュア王の所へ行くだけならひとまず問題はなかろう。
AztoTHを倒し、サルヴィの街が襲われるという憂いは無くなったので報告を上げ、王を安心させるのもまた冒険者の務めだ。
早速城へ赴く。
今回は俺一人で十分だ。
宿を出て街を歩く。
街はいつもの喧噪に溢れており、誰もが今にも魔物の襲撃があろうとしていたなどとは夢にも思っていないに違いなかった。
それで良い。
民が魔物に襲われる光景など、二度と見たくない。
城の門番に用件を伝えると、すぐさま謁見の間に通された。
エシュア王は俺が入るや否や、気だるげに椅子に座っていた状態から立ち上がり、出迎えてくれた。
「先日、簡単な報告は受けていたが改めてそなたから聞きたい。飛来物に乗ってやってきた寄生体と、その親玉を討伐したのはまことであるか」
「御意にござります、陛下」
うやうやしく膝をついて頭を下げると、エシュア王はほうと溜息をついて椅子に座った。
「まこと、御苦労であった。寄生体なるものの姿は私も確認したが、あれが次々と街の人々に寄生してしまったらどうなるものか、背筋が凍る思いであった」
「我らも無事に討伐でき、胸を撫でおろしております」
「それで寄生体の親玉とは、如何なる存在であったか」
どう答えるべきか、少しばかり迷った。
いや、ここは正直に言うべきだろう。
俺はもとより嘘は上手くないしな。
「飛来物からやって来た者は、AztoTHなる異世界の存在でした」
「異世界、とな?」
王の目が丸く開かれ、顎鬚を撫でつける。
「奴は自らを上位存在と呼んでおり、この世界を支配しようとしていました」
「上位存在、しかし神ではないと」
「その通りです。AztoTHは人智を越えた力を持っておりました。故に人より上と認識するのも当然でありましょう。そして何より、奴が乗って来た飛来物は宇宙船なるものでありました」
「宇宙船?」
「はい。奴は、我らの住む世界は星なるものであり、その外には更に宇宙なるものが存在すると。宇宙は空気すら存在しない過酷な場所で、宇宙に行く事が出来る船ともなれば、我らには想像もつかぬほどの技術を持っている事になります」
改めて言葉にしてみると、よく上位者など倒せたものと我ながら思う。
勿論、同じ上位者たる観測者の手助けがあればこそだが。
「宇宙船か。是非とも一度、詳細を知りたかったが先日の爆発で消失してしまったか」
「恐らくは」
「実に残念だ。それさえあれば」
王の言葉はそこで途切れたが、続く言葉は国を統べる者であれば誰しも思う事だろう。
圧倒的な技術に基づく武力さえあれば、最早周辺の国など敵ではない。
今はその技術を理解できずとも、所有さえしていれば何時か解析できる時が来る。
その時こそ、イル=カザレムを統べる王が即ち世界を統べる王となるだろう。
故に観測者は宇宙船を破壊した。
今のこの世界には過ぎたるものであり、また過ぎたる野望を抱く者が不用意に超技術に触れてはならない。
「しかしなぜ、宇宙船は爆発したのだろうな」
王は視線をこちらに向ける。
鋭い鷹のような目を。
「俺にはわかりかねまする。あれらの宇宙船の中を見ても、全く理解が及ばぬ所でした。想像になりますが、AztoTHが死んだ際に宇宙船を取られないようにするための措置と存じます」
ここだけは流石に嘘を吐くしかない。
まさか観測者リーンハルトが破壊したとは言えなかった。
俺の言葉に、エシュア王は顎鬚を撫でつけて頷く。
「敵方に渡るよりは、という訳か。確かに有りうる話だ」
片眉を上げる王。
「所で、例の信者たちはどうなった? もう一つの懸念事項であったが」
「リーンハルトが信者をまとめ上げ、神殿を去ったようです。他の冒険者が確認した時には既にもぬけの空だったとか」
爆発が起きた時に、既に観測者は信者を連れて南の廃城へ去っている。
観測者がこの世界に顕現している限りは、信者達も変な気を起こす事はないだろう。
観測者が気の迷いを起こしたらわからぬが。
「つまりリーンハルトは君達のパーティから抜けたのか」
「はい。彼もまた信仰に生きるようになった者です。俺が止めようとしても止められるものではありません」
「彼は戦力として心強い存在であったのだろう。代わりの人材の目途はついているのかね」
「今から探す所です。難航するでしょうが、今後の探索の為にも見つけなければなりません」
「もし見つからないようであれば、私に相談してくれ。迷宮探索に向いた人材を我が手勢から見繕おう」
「有難きお言葉」
とはいえ、それは本当に最後の手段だ。
出来る限りは自分で見つけたい。
「では、これにて謁見は終わりぬ」
王は立ち上がり、別室へと去った。
すると王の隣に立っていた大臣らしき中年の男が、俺に近づいて話しかける。
「先日の爆発により、迷宮を降りていくエレベータが壊れてしまってな。済まぬが利用はしばらく待ってもらえないか」
「直るまでにはどれくらいの日数が掛かりますか?」
「一週間~二週間と言ったところだろうか」
「我々も先日の戦いの疲労が残っています。休息にはちょうどいい」
仲間を探す必要もある。
次に迷宮に入るまで少し間が欲しい所だった。
城を後にし、俺はブリガンドの鍛冶屋へと足を向ける。
店の中に入ると、相変わらず金属を叩く音が聞こえてくる。
店の奥の暖簾の影から姿を現すのは、背が低く髭を長く蓄えてずんぐりむっくりした男だ。
手には身長の三倍ほどもある鉄の鎚を持っている。
「久しぶりだな、ミフネ。また何か手入れしてほしいのか」
「それもあるが、こいつを見てくれ」
俺は鞄から黒い金属の球を取り出して、机に乗せた。
ブリガンドはしげしげと眺めるが、首を傾げるばかりだ。
「なんだこりゃ、鉄か? それにしちゃ随分と滑らかな表面だが」
「挨拶してやってくれ」
俺が言うと、金属球は「こんにちは」という文字を表面に浮かべた。
それを見るなりブリガンドは大きく目を見開き、次いでこちらを見る。
「おいおい、一体こりゃ何の手品だ?」
「手品じゃない。こいつは生きているんだ」
「生きているだぁ? 馬鹿を言うな」
無理もないか。
俺も全く知らない状態でこれを見せられても、生きているなどとは思わないだろう。
せいぜい魔術によって疑似的に命を吹き込まれた物だとしか考えられないはずだ。
泥巨人の類がそうで、土を人型に成形し魔術による疑似生命を吹き込む事であれらは動いているとレオンに聞いた事もあった。
亜種に石巨人や鉄巨人も居るな。
だがそれらは、あくまで魔術によって記された通りにしか動けない。
生きているように見えて、そうではないものだ。
「じゃあ一丁、ぶっ叩いてみようじゃねえか」
ブリガンドは金属球をひったくるように取り、鍛冶台の上に置いた。
そして槌を両手で握り、振りかぶる。
「おい、止めろ!」
言うや否や、金属球は球の状態からいきなりウニのようにトゲだらけの姿に変貌する。
「うおっ!?」
ブリガンドは咄嗟に身を反らし、トゲの一撃を避ける。
鼻頭を掠ったのか、じわりと血が滲んでいた。
だが避けなかったら頭を貫かれていたかもしれない。
俺も机の下にしゃがみこんで躱すと、頭の上をトゲが掠める。
次いで店中から轟音が響き渡った。
背後を振り向くと、トゲが商品を置いている方にまで伸びてあらゆる物を貫いていた。
革製品は言うに及ばず、ブリガンドと弟子が鍛えた鋼鉄製の鎧や兜までもが羊羹に爪楊枝を突き刺すように。
トゲが外まで伸びなくて良かった。
店に他の客がいなかったのも幸いした。
もしこれで怪我人や死亡者が居たら、俺とブリガンドが責任に問われる所だ。
そして金属生命はトゲ状態から球に戻り、表面には文字を浮かび上がらせている。
「いきなりの暴力は止めてほしい、だとさ」
「ううむ……」
ブリガンドは槌を置き、頬をかく。
「どうやら意志らしきものはあるようだ。しかし金属生命体とは、やはり俺は聞いた事がねえ」
「お主でもわからぬか」
「ミフネ。一体どこからこんなものを拾ってきた?」
「先日サルヴィに落ちて来た飛来物があっただろう。そこからだ」
「天空から降って来た物のことなんか、俺がわかるかよ」
吐き捨てるように言われ、金属生命体を突き返された。
「叩いて熱して調べたい所だ。そうしなけりゃ金属の真の姿なんか見えてこねえ。だがそれも出来ないんじゃ鍛冶屋に分かる事は何もねえ」
「そうか。手間をかけてしまったな」
「それと悪いが、店を片付ける手伝いをしてくれ。商品が損傷したのは俺も悪いから金は取らんが、これだけ滅茶苦茶になったら商売が出来やしねえ」
振り返り、店の惨状を再度確認する。
嵐が店の中を通過したかのように商品は床に散らばり、穴が空いたり損傷してしまっている。
「これは酷いな」
「他人事みたいに言うなよ。お前が持ち込んだこいつのせいでもあるんだからな」
ブリガンドは金属生命体を叩こうと振りかぶったが、先ほどの光景を思い出したのかそろりと手を降ろして口を一文字に結ぶ。
金属生命体は、何も語らずただ机の上に佇んでいる。
何を思っているのか、その佇まいからは読み取れそうにはない。
やれやれ、一仕事しなくてはな。
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