第八十五話:リーンハルト、その実力
「長らくリーンハルトは迷宮より戻ってこなかったが、何があったのか教えてくれぬか」
王に尋ねられ、リーンハルトはきょとんとする。
何をしようとしていたのか、当の本人は既にこの世にいるかどうかも分からない。
旧き神がこの体を使っているのだから。
とはいえ、ここで怯むような精神の持ち主ではない。
「エシュア王。地下四階には狂信者たちが居る事は御存じですか」
「無論、知っておる。あ奴らも頭の痛い存在よ。今までは迷宮の中で比較的おとなしくしてくれているが、いつ街に来るかと思うと精神に良くないわ」
「彼らに異変があった事はまだ?」
「いや、既に知らせが来ておる。ユリウスとリースヴェルトなる冒険者が地下四階まで到達し、狂信者の神殿まで足を踏み入れたが、神殿はもぬけの空だったと」
居なくなって万々歳、と言いたい所だが王の憂鬱な顔つきを見るとそうは思っていない事を物語っている。
「隕石が墜落してから居なくなったのなら、何らかの関連があると見て間違いない。ミフネよ、君達も何かを見ておらぬか」
王は俺たちに視線を向ける。
「ドラゴンゾンビを追ってアスカロン廃城に入った時、奇妙なものを見ました。人間や動物、魔物に寄生する生き物です。それは寄生した対象の身体能力を大幅に底上げし、また体が傷ついても瞬く間に再生するという恐ろしい生き物です。ドラゴンゾンビは隕石が落ちたと同時に迷宮から逃げ出しました。隕石と共に奴らがやって来たと思って間違いないでしょう」
寄生体の事を告げると、王は更に険しい顔つきになる。
「迷宮の魔物に寄生していると考えて間違いなさそうだな。もし地上に上がってこられたら大変な事になる」
「我が迷宮にずっと居たのは、狂信者たちと話しを付け彼らを新たな境地に導こうとしていたのです。ようやく上手く行きつつあったのに、狂信者が居なくなるのは痛恨の極み」
王の顔つきが少し怪訝なものになるが、しかしあえて流したようだ。
「寄生体が狂信者に寄生して迷宮の深部へ移動としたと見て間違いないでしょう。深部に潜るにあたり、間違いなく寄生体との対決は避けられないと予測します」
「ならば、君達の戦力増強は急務と言えるな。早速宝物庫まで着いて参れ」
王の後を着いていくと、宝物庫の扉まで辿り着く。
兵士が扉の前に立って守っている他にも、大仰な錠前と数字を並べて解除する鍵、また文様が刻まれたくぼみがあった。
まず王は懐から錠前用の鍵を取り出して開き、さらに数字を合わせて二つ目の鍵も解除する。
そして三つ目の鍵を開ける為に、何の変哲もない金属板を懐から更に取り出してくぼみに当てる。
すると金属板にも文様が浮かび上がり、光を発して扉の最後の鍵が開いた。
宝物庫の分厚い扉が重苦しい音を立てて動き出す。
「中には今までの王が集めた極上の宝が揃っている。遠慮なく選んでほしい」
早速アーダルとノエルは宝物庫の中を物色し始める。
武器、鎧、盾、具足、装飾品が所せましと並べられている。
宝物ひとつひとつの説明を受けながら、どれを選ぼうかと目移りしている二人。
「あ、こんなものまであるんですね」
アーダルが手にしたものは手裏剣だった。
風車のような形をしており、顔以上の大きさがある。
「そのシュリケンは高名な忍者が使っていたとされるものだ。なんでもフウマシュリケンと言うらしい」
「僕はこれを頂きます」
手に取り、早速構えたり振ったりしている。
持って斬りつけるのにも使えそうだが、やはり手裏剣は投げてこそ真価を発揮するだろう。
「わたしはこれでいいかな」
そう言ってノエルが手に取ったものは、羽で飾り付けられた兜だった。
さながら戦乙女の被っているような兜は、しかし名は天使の兜と言う。
「何度か空間転移が使える兜か。魔術師が居ない我が一行には必要だな」
天使の飾り羽と異なり、何度でも使用可能だが時折破損してしまう可能性がある。
なるべく危機に陥ったか、無事に探索を終えた時に戻る時に使いたい。
そして俺も、一つ欲しいものが思いついた。
「この指輪を頂きたいのだが。人数分」
手に取ったのは赤い宝石がはめ込まれた指輪だ。
店でも売られているが相応に高い代物で、宝物庫に収められていても何ら違和感のないものだ。
「ルビーの指輪か。今現在の座標を示してくれる便利なものだが、割とありふれている代物でもある。それでいいのか?」
「俺は妖精の地図があるから必要ないとも言えるが、他の仲間には必要だろう。罠で散り散りになった時、自分の座標さえ分からぬ場合むやみに彷徨う羽目になる」
ひとつだけ、の約束を曲げてもらい人数分の紅玉の指輪を用意してもらった。
あるに越したことはない、備えあれば憂いなしだ。
王から褒美を賜った後、一度解散し探索に向けての準備をすることになった。
今回の目的は地下七階の探索。
一日で階層の全てを網羅できるとは思わないので、一週間分の保存食を確保する。
圧縮水筒を買い、その中に水を詰め込んだ。
そしていつもの毒消しの丸薬、麻痺治しの調合薬、石化解除の銀の針。
できれば蘇生の効果がある賢者の魔石や、傷を完全に癒し状態異常すらも治す世界樹の聖水、核爆撃滅を引き起こす巻物などが欲しいが、贅沢は言えない。
これらは貴重過ぎる代物で取引が中々なされず、半ば資産や宝物に近い品物だから仕方ないのだが。
しかし、道具は使ってこそ価値を発揮する。
大切に保管しているつもりで腐らせていては勿体ないと俺は思うがな。
武具をブリガンドの所へ出し、手入れをしてもらうと共にしばらく俺はノエルの武器の扱いに対する指導も行った。
大槌も扱った事がないわけではない。
迷宮に行くまでのわずかな間だが、みっちりと指導をした。
その結果、そこらに居る戦士三人を相手取っても難なくなぎ倒せるくらいの技量は身に付いたようだ。
竜骨の大槌あっての話ではあるが、近接戦闘の資質が全くない訳ではないのが改めて分かったのが収穫だ。
ノエルはこれで自分が前に出ても引けを取らずに戦えると鼻息を荒くしていた。
そして一週間後、俺たちは迷宮の前に集まった。
何だかここに来るのも大分久しぶりな気がしてならない。
迷宮の横に開いた大穴には、簡易的ながら昇降機が取りつけられている。
金属の柵で覆われた昇降機は階層に対応した釦を押す事で目的の階層に昇降する。
早速、地下六階へ降りていく事としよう。
「宗一郎、地下七階に行く前にまずはリーンハルトの実力を見るんでしょ」
「そうだな」
ノエルはあからさまな渋面を作って言う。
如何に王の推薦があるとはいえ、使えないと判明すれば仲間から追放するのは当然の権利だ。
そういう者を仲間に入れていると、こちらの身が危うくなる。
彼女は出来れば弱みを見つけて、追放する理由を作りたいのだろう。
しかしリーンハルトは満面の笑みを浮かべている。
「ノエルとやら。君は我の事が信用ならず嫌いなのは理解している。だが我は、必ずやパーティの力になる所をお見せしよう」
「自信満々で何よりだわ」
とはいえ、俺もノエルもリーンハルト本人の実力は実はお目にかかった事はない。
中身も今は違う。
アーダルの攻撃を止められるとはいえ、どれだけやれるのかは未知数だった。
全員が昇降機に乗り込み、地下六階へと降りていく。
穴の底は見えず、降りていくにつれ大穴に呑み込まれるような錯覚を覚える。
「内臓がこう、上に持ちあがるような感覚があって気持ち悪いですね……」
アーダルが呻いた。
空間転移を受けた時と少し感覚が似ているかもしれない。
あれはもっと意識もふわっと不確かになって、内臓が持ちあげられるどころではないのだが。
昇降機の階層を示す矢印が地下六階を指すと、乱暴に停止して扉が開く。
先に進み、横穴から無理やり開けられた鉄の扉に手を掛けて、地下六階へと入り込む。
早速、地下六階特有の冷えた空気が俺たちを出迎える。
隊列は俺、アーダル、リーンハルトが前に並び、後ろにノエルが控える形になる。
隕石が墜落した事で迷宮の形は変わっているかもしれぬ。
そう思って歩を進めると、明らかに変化が起きていた。
「天井と床に穴が開いてますね」
アーダルが上と下を指さして言った。
人がちょうど二人分くらい通れるような穴だ。
落とし穴と言うには偽装もされてなくて不格好すぎるし、天井にも穴が開いているのが気になる。
「恐らく、寄生された人々が穴を開けて階層を降りていったのだろう。奴らの身体能力なら造作もない事だ。俺たちもこの穴を使って降りられないか?」
尋ねると、アーダルは腰に提げていた鉤縄を手に取って試しに床に開いた穴から垂らしてみる。
「うーん、全然縄が短くて下まで届かないですね。そもそも下の階層がどうなってるか、暗くて見えないです」
一応、灯りの奇蹟は入る前に唱えてはいるのだが、それでも下を照らすには光量が足りないようだった。
「やはり俺たちは階段を使うしかないか」
横着できるならなるべくしたかったが、そうは簡単には行かないか。
地図を確認しながら降りる階段の位置を調べていく。
以前、地下六階はほぼ踏破したとは言ったがまだ探索しきれていない部分がある。
そこを埋めれば階段はあるはずだ。
「この分岐は北に行く。そうするとフォラス老人が居るから少し挨拶しに行こう」
「こんな所に住んでる人なんて居るの、宗一郎」
「ああ。なんでも迷宮の管理人を自負している。変わり者だが、間違いなく魔術師としては高名な御方だろうと俺は思う」
「迷宮に住んで正気を失わない人も居るんですね」
アーダルが言葉を口にした瞬間、空気が一変した。
冷えた空気と同時に、得体の知れぬ気配が忍び寄って来るのを背筋に感じる。
それは生者では到底持ちえない、死の気配。
「来るぞ、ミフネ」
リーンハルトが剣を抜いた。
同時にアーダルも風魔手裏剣を背中から取り出し、構える。
俺も打刀を抜いて正眼に取った。
足音が聞こえてくる。
ずるり、ずるりと引きずった足音は、生きた者ではない事を暗示させる。
やがて姿が見えるところまで出てくると、それらはぼろきれをまとった死者のような形をしていた。
傍目から見ればただの死者かに思えるがさにあらず。
屍鬼の一種と呼ばれるそれは、生者の魂を執拗に付け狙う忌み嫌われた魔物。
名は生命喰らいと呼ばれた。
「三匹か。どうするかな」
「我の腕前を見たいのだろう。特に後ろの女はな」
ならば目を見開いてご覧あれ、とリーンハルトがわざと叫んだ。
生命喰らいは声に反応して一斉にリーンハルトに襲い掛かる。
生命喰らいに噛みつかれると、一気に命を削られる感覚に襲われると聞く。
実際に生者の命の灯を吸っているとも言われ、あまりにも吸われすぎた人は死亡しても蘇生すら叶わないとか。
見かけたら全力で叩くべし、とよく言われている。
リーンハルトは胸元で十字を切ると、その手のひらを一匹の生命喰らいに向けた。
手のひらからは眩い光が発され、魔物の心臓を瞬く間に貫く。
「ぎ、ぎいいいいいいいいいいいいっ」
あっという間に生命喰らいの体は影も形もなく消滅した。
あれは確か退魔の聖光とか言ったか。
不死の魔物には絶大な威力を発揮する魔術だ。
「ふむ。体が覚えているとはよく言ったものだ」
「じっくりと手を見ている場合じゃないですよ!」
アーダルが叫ぶと同時に、次いで二匹の生命喰らいが同時に襲い掛かる。
しかしリーンハルトが竜牙剣の刃を閃かせると、既に二匹とも頭から縦に真っ二つに両断されていた。
地面に倒れた生命喰らいはうめき声をあげ、悶えたがやがてその体は塵になって消えていった。
俺とアーダルが手を下すまでもなかった。
剣を鞘に治めると、リーンハルトはノエルに振り向いて笑みを浮かべる。
「どうかな。君の御眼鏡に叶う活躍は出来ただろうか」
「……わかった。貴方が強いのは認める」
両手を上げ、流石に降参の意を示すしかないようだ。
「でも勘違いしないでね。貴方が万が一変な事しでかしたら、この竜骨の大槌で叩き潰すわよ」
「おお、怖いじゃないか。これはせいぜい背後に気を付けて歩かねばな」
肩をすくませ、リーンハルトは歩を前に進める。
確かに強い。
リーンハルト本来の実力がここまであるのなら、非常に頼りになる。
しかしそれでも、旧き神は寄生体の親玉に勝てるかは五分だと言った。
あれだけ強くてなお五分とはな。
不安と共に、興味も湧いてきた。
どのような強さを誇るのか、それを見てみたい。
通路を進み、老人が住まう部屋の前まで通りがかると、既に老人が立って待っているではないか。
「待っておったぞ、異国の侍よ。迷宮深部へ進むのであろう。ついてまいれ」




