第八十四話:王の斡旋者
アスカロン廃城攻略後から一週間が経過し、ノエルの体の調子も良くなってきたと寺院の僧から話があった。
鍛冶屋のブリガンドからも頼んでいた物が出来上がったと言伝を貰い、まず俺とリーンハルトはブリガンドの店へと向かう。
店に入ると、いつになく鉄を叩く音が響き、鉄を熱する炉の熱気が伝わってくる。
「来たか。例の物だがようやく出来たぞ。全く苦労させやがって」
苦労したと言いながらも飄々とした口振りと笑顔で、ブリガンドは奥から品物を取り出した。
「これが竜骨の大槌だ」
竜の前脚の骨の一部を削りだし、大槌に仕立てた物。
長さは只人の平均女性の背丈くらいはある。
竜の骨は加工の甘い鉄よりよほど固く、粘り強い性質がある。
その癖に驚くほど軽く、長剣に加工したものでも腕力のない女子供が軽々と振り回せるくらいだ。
「いくら俺が竜骨の加工経験があると言っても、一週間でこれを作れというのは中々難題だったぞ。久々に腕の振るいがいのある仕事で楽しかったが」
竜骨をそのまま流用しているかのような武骨な作りだが、持ち手となる柄の部分は若干細く削られ、滑り止めの為に革が巻かれている。
槌の先端部分は竜骨を削り、トゲ加工を施している。
試しに俺が振るってみるが、片手でも軽々と振るえるくらい軽い。
木刀くらいの重さだろうか。
鍛冶屋の中庭に出て転がっていた岩を叩いてみたら、簡単に砕け散った。
「相変わらず良い仕事だ。これならノエルも難なく扱える」
「とはいえ、今まで使ってたのは単なるメイスだろう。長さが違いすぎるから、迷宮に潜る前に修練場で間合いの把握や取り回し方を覚えるべきだな」
冒険者時代は身の丈より二倍の長さがある戦槌や大斧を得物にしていたブリガンドの有難い言葉だ。
ノエルに伝えておこう。
竜骨の大槌を手土産にノエルの待つ寺院へと向かう。
そして時は現在に戻る。
ノエルに事情を説明し、依頼を受けてリーンハルトを仲間に入れる事を話すが……。
「冗談は止めてよね。多分寄生体の親玉が犯人だとは思うけどさ。依頼そのものを受けるのはともかくとして、その人と一緒に迷宮探索なんて嫌よ」
簡単に了承してもらえるとは思っては居なかった。
一般的な思考と感性をしていれば当然の反応だ。
しかし、俺は三人での迷宮探索は正直不安を覚えていた。
得体が知れぬとは言っても、忍者となったアーダルの苦無の一撃を捌けるのは実力がなければ出来ない事だ。
リーンハルトは必ず使える奴だと俺の勘は言っている。
「その顔、何だか見覚えがあると思ったらリーンハルトじゃない。長い事迷宮に潜って帰ってこなかったけど、気が触れてそうなったの?」
「確かにこの体の持ち主はリーンハルトなる男だったが、今は<我>が借りている」
そう言って、リーンハルトこと旧き神は顔の擬態を解除した。
その顔を見たノエルはぎょっとし、額を手で押さえる。
「なるほどそう言う事ね。地下四階の狂信者たちの御神体じきじきのお願いって訳。冗談だったら良かったわ」
「気が触れているわけでも冗談でもない事が分かった所で、納得頂けたかな」
「理解はしたわ。でも仲間に入れたいかと言うとそれは駄目。貴方には信用がない」
「信用?」
「そう。いざ依頼を達成したとして、貴方が信者たちをアスカロン廃城へ導く保証がどこにあるの? 邪魔者を排除して信者を取り戻したら、今度はわたし達に襲い掛かるかもしれない。大体、化け物の約束なんて信じられるかしら」
「そこまで言われるとは、いくら我と言えども多少は泣きたい気分になるな」
「大体、御神体ならあの信者どもをどうにかしなさいよ」
「声が届かぬ故いたしかた無かったのだ。できれば伝道者としてそこのソウイチロウを欲しいくらいだ」
「俺はお主の信者になるつもりはないぞ。万が一、約束を守らないなら斬るまでだ」
「本当に信用がないな」
眉根を寄せてうつむくリーンハルトこと旧き神。
信用があると思っているなら驚きだ。
普通なら気が触れたと思われる相手の依頼など受けない。
増してそれが神と謳うものならば。
そして俺ならば神の如き相手であろうとも、本領を発揮できない状態なら勝ち目はある。
パズズの時のように。
ノエルは大きなため息を吐いた。
「宗一郎、悪いけど新しい仲間を募集しましょう。依頼そのものは、受けてもいいけど。どちらにしろ寄生体の親玉は避けては通れないだろうから」
「我はそれでも構わぬ。それで彼奴に勝てると思っているのならな」
「どういう意味?」
ノエルが眉を顰めるも、リーンハルトは口元に笑みを浮かべるだけで答えない。
「確かに君達でも勝てるかもしれんな。可能性は限りなくゼロに近いが。我の協力あって初めて可能性は五分五分にまで引き上げられる」
「言うじゃない。尚更わたし達だけでやってやろうかしら」
いかんな。
売り言葉に買い言葉だ。
こうなると説得するような状況じゃない。
「その話はまた後にしよう。フェディン王に呼ばれているんだ。褒美の件でな」
そう言うと、ノエルの顔色はぱっと明るくなった。
「早く言ってよ、もう!」
そして俺たちは今、城の前に居る。
リーンハルトもついてきているが。
「何で着いてきてるの? 話は終わりよ」
「まだ終わっては居ないから着いてきているのだ」
「どちらにしろ貴方はここで待っててよね。一緒に来たら話がややこしくなる」
「致し方あるまい」
渋々ながら、城の前でリーンハルトは待つ事になった。
彼を後目に城へと入る。
謁見の間まで通されると、フェディン王が直々に俺たちを出迎えた。
浅黒い肌に彫りの深い顔、高い鼻。
額には長く悩み続けて来たのか、皺が深く刻まれている。
長い顎鬚は良く手入れされ、精悍な顔つきと相まって王の威厳とはこのようなものだと言外に伝えている。
「よくぞドラゴンゾンビの討伐を成してくれた。これは約束の十万ガルドだ」
跪く俺たちの前に、袋詰めの金貨が置かれた。
両手で抱えてようやく持てるかと言うほど詰め込まれた袋は、俺でも思わず頬がほころんでしまう。
アーダルはこれほどの金貨は見た事がないだろう、固唾を飲み込んで目を見開いている。
ノエルは俺よりも満面の笑みを浮かべていた。
「金貨以外にも、宝物庫の宝をそれぞれ一人に一つ与えよう。何を欲するか」
「俺は<白金の護符>を借り受けたいと願います。イル=カザレムに伝わる国宝かと存じますが、あれは是非とも迷宮探索においてあれば素晴らしい品物である故」
白金の護符は体力を徐々に回復させ、毒、麻痺、石化、睡眠、生命力吸収、即死攻撃を防いでくれる。
何でもイル=カザレムの初代エシュア王が迷宮で見つけ、護符の秘められた力を存分に使いこの地域の騒乱を治め、建国したらしい。
だが、護符は正しい目的の為に使用しなければ必ず持ち主に災いをもたらすだろう、と初代エシュア王は戒めの言葉を残している。
「残念ながら、今は白金の護符は無いのだ」
「無い? 一体どうして」
「我が城の宮廷道化師が、何を血迷ったか白金の護符を盗んだのだ。そして護符を手にしたまま、迷宮へと潜ってしまった」
「追っ手を差し向けはしなかったのですか」
「兵士を差し向けた所で、迷宮探索に慣れておらぬ。魔物たちに散々に追い散らされて戻って来るばかりよ。冒険者たちにもそれとなく道化師らしきものを見なかったかと聞いたが、地下五階まで進んだ者に聞いても見ていないとの事だった」
確かに、俺も迷宮に潜り始めてから道化師など欠片も見ていない。
道化師のような目立つ服装の奴など、見かけたら印象に残るはずなのだが。
「故にミフネよ。迷宮深部へ至り、もし見かけた場合は白金の護符を取り返してほしい」
「道化師は何年前に迷宮に入ったのです?」
「おそらく、十年は経過しているはずだ」
「それほどの長きに渡って迷宮に潜んでいるとなれば、もはや人としての精神は保っていないでしょう。魔物同然で説得などは通じず、倒すしかありませぬがそれでもよろしいでしょうか」
「元より国宝を盗んだ者は死罪と決まっている。今更盗んだ理由を聞く気にもなれぬ」
王は深いため息を吐いた。
「私はあの道化師を信頼していたのだ。裏切るような輩には未練など無い」
「しかと承りました」
宮廷道化師、か。
道化を演じられる程に芸に優れ頭が切れる者か、あるいは本当の愚者がやる仕事だったとは聞いている。
盗み出した道化師はどちらであるのか。
道化師はその立場から諫言や悪い知らせなどを伝える役目もある。
王が信頼していた、というからには様々な諫言をされたり、逆に相談を道化師にもしていたのだろう。
「そちらの二人は何を欲する?」
王が尋ねると、アーダルがおずおずと口を開いた。
「宝物庫に何が収まっているのかわかりませんので、見て見ない事にはなんとも」
「それはそうだな。話が終わり次第、皆を連れてゆこう」
王は改めて咳ばらいをし、肘杖をついていた姿勢から背筋を伸ばして俺たちを見据える。
「まず迷宮の隣に開いた大穴を利用して作っていた昇降機だが、ミフネが踏み込んだ地下六階までは完成した。それより下は君達の探索が進み次第、順次作っていく計画になっている」
「有難き話です」
魔物を排除しつつ一階ずつ降りていくよりも、間を飛ばして目的の階層に行けるならこれほど楽な事はない。
「迷宮の主を早く倒し、この街に平穏を取り戻してくれる時を待っているぞ」
「勿論でございます」
「君達は、迷宮が何故出来たかの由来を知っているか」
俺とアーダルとノエルはそれぞれ顔を見合わせたが、誰もが首を傾げた。
「さて、迷宮の由来までは誰も知りませぬ」
「まだイル=カザレムが建国される前、魔術の深奥を究めた魔術師が更なる研究の為に迷宮を建設したと私は聞いた」
「研究、ですか」
「そうだ。迷宮の主は魔術師の研究室に入り込んでいるらしいが、さてそこには何があるのだろうな」
「魔術師の研究しているものなど見当もつきませぬが」
「それを調べる必要もある。もし危ういものであれば、破壊もしくは封印せねばならぬだろう。未来につながる災厄の種は摘み取っておかねばならん。邪な心を持つ誰かが利用せぬとも限らんからな」
成程、そういう可能性もあるのか。
俺はすっかり迷宮の主さえ倒せば解決すると思っていた。
いや、主を倒したら俺の中に潜む鬼神も倒さねばならぬのだが、それは俺個人の問題だ。
「ところで、君達はアスカロン廃城を攻略した際は仲間を一人、新たに加えていたようだが見当たらぬな」
「ムラクでしたら、彼はアバシという戦士と共に南の大陸へ帰りました」
「そうか。サルヴィの迷宮深部探索に当たり、仲間は募っているのか」
「募ってはいますが思わしくないですね」
正確には一人の心当たりがあるが、仲間内で意見の相違がある状態だ。
曰く付きであろうとも、これから先の探索には是非とも手練れが欲しい。
何とかノエルを説得しないとな。
「そんな君達に紹介したい者が居る。迷宮探索の助けになるだろう」
王がまさか、俺たちに人材を斡旋してくれるのか。
それほどまでに俺たちに期待をかけているのか。
ありがたいと同時に、責任重大だ。
「では入ってきてくれ」
王が手を叩くと同時に、奥の扉が開かれて現れた人影。
それはひどく見覚えのある姿だった。
「彼こそがロード=リーンハルトだ。迷宮に潜って消息を絶っていたはずだが、今日になって城近辺に居るのを見かけたと報告があって連れて来た。彼の実力は折り紙付きだ。必ずや君達の力となる」
ノエルは渋柿でも齧ったかのような顔つきになり、俺とアーダルはお互いに苦笑いを浮かべるしかできなかった。
まさか王がリーンハルトと面識があり、なおかつ冒険者としての実力を認識しているとは。
この可能性は想定していなかった。
俺にとっては僥倖でもある。
王の紹介を無下に断るわけにはいかない。
しかも王の紹介となれば、それなりの実力者でなければ推薦は受けられない。
俺たちの実力と見合うはずだとの見込みがあるのだ。
ノエルもそれを分かっているので、口では何か言いたそうにしながらも文句は一言も上げなかった。
「リーンハルト家はこの大陸の北西のとある国にそれなりの領土を持っている。私とリーンハルトの父は貿易を行っていてな、その繋がりでリーンハルトはイル=カザレムに来たという訳だ」
当のリーンハルトこと旧き神は、状況を理解しているのかしてないのか、堂々と王の隣に立っている。
「我こそがリーンハルトだ。迷宮の深部を目指さんとする冒険者の皆よ、改めてよろしく頼むぞ」




